第8章 プリンセストーナメント

第75話 開会式前の邂逅

 そして、あっという間に11月末。

 プリンセストーナメントが開催されることになった。


 場所はお台場スタジアム。2050年に築かれた、最新鋭のスタジアムにして、両翼100メートル、中堅120メートルの大きさを誇る。


 最先端技術を使った、超精密な広角度カメラ、巨大なオーロラビジョン、そして選手に優しい、スポーツ科学に基づいた人工芝。まさに21世紀の新しいスタジアムだった。


 千葉マリンスタジアムのように、海沿いにあり、浜風が特徴的な球場でもあった。


 世間的には、女子野球ということで、注目度は低かったものの、テレビやネットで配信されることもあり、世の中の「野球好き」にはそれなりに注目に値する試合になるようだった。


 試合日程としては、9日間ほど。


 その間、土日を除いてほぼ毎日試合が組まれ、平日はナイターまで使って、行われるという。


 早速、初日の開会式の日。土曜日の午前8時には球場入りした我がチーム。開会式は同日の午前10時だったから、2時間も早かった。


 当然、早めに来て、球場の雰囲気、他のチームの雰囲気を確認するのと同時に、事前にミーティングをしたかったという、俺の意向もあった。


 球場内の選手控え室には、すでに多くのチームが入っていた。

 見たことのない社会人野球のチーム、六大学野球で有名なチームから、見覚えのある高校野球チームまで、全32チームが全国から集まる、アマチュアとはいえ、大々的な大会だった。


 他のチームに聞かれることも避けたいため、俺は一旦は球場に入った彼女たちを外に導き、球場の外れ、ほとんど海に近い部分の木陰まで来て、俺は彼女たちに尋ねていた。


 この2か月半あまりの間、チームの司令塔の伊東と、マネージャーの鹿取が、対戦相手について、色々と調べてくれていたからだ。


 彼女たちによると。

「高校では、甲子園常連校の大阪府代表、大阪応印おういんと沖縄県代表の沖縄城学じょうがくが手強いですね」

 これは鹿取が調べてきた情報だった。


 毎年のように、甲子園に出場している、女子も男子も強いと評判の名門校の大阪応印。もちろん選手層が物凄く厚いことでも知られていた。

 そして南国一と言われる全国区の速球投手がいることで注目をされている沖縄城学。こちらも要注意だという。


「大学では、名門の帝峰ていほう大学と、朋明ほうめい大学が要注意です」

 一方で、司令塔の伊東は大学野球チームを調べてくれた。


 帝峰大学も朋明大学も、共に大学野球を代表するような強豪チームだ。選手層も厚く、すでに今年のドラフト上位の選手がいるという。


 最後に、

「社会人野球では、武上たけがみ電機と、三穂さんほグループが有力候補です」

 こちらは、元・マネージャーの平野が調べてくれていた。

 武上電機製作所。日本どころか、世界的に有名な電機会社で、巨大なグループ企業だから、金があり、豊富な資金力をバックに、有力な選手を抱えているという噂だった。こちらも今年のドラフト上位の選手がいるらしい。


 三穂グループは、日本を代表する金融機関を抱えている、大きなグループ会社で、こちらも社会人野球では上位と言われる強豪チームだった。


「はあ。これは勝てるのか?」

 溜め息混じりに俺が呟いたのを見て、俄然、強気な瞳を向けてきたのは、ウチのリードオフマンだった。


「監督さん。あなたがそんな弱気でどうするのですか? 勝つんですよ。相手が上位だからと言って、怖気づく必要はありませんわ」

 吉竹だった。

 この強気なリードオフウーマンは、時として頼りになることを口走る。


 一方、

「当たり前じゃん。何のために私ら、キツい練習してきたんだっつーの。任しときな、カントクちゃん。私がクリーンナップとして、バリバリ打ちまくって、活躍してやるから」

 相変わらず、お調子者で、妙に明るい声を上げて、上から目線ながらも、笘篠が励ましてくれるのだった。


「で、1回戦の相手は?」

上武じょうぶ学院。群馬県の高校ですね」

 清原の問いに、手元の資料を見て、答える鹿取。


「上武学院? 強いのですか?」

「まあ、群馬県では強いと言えば強いんですが、全国的にはそれほど強豪校というわけではありませんね」

「なんだ。じゃ、余裕じゃないっすか」

 石毛、鹿取、そして工藤が声を上げる中、笘篠が心なしか、表情を曇らせているのが、俺の目の端に映り、ふと気になっていた。


「どうした、笘篠?」

 そう声をかけると。


「上武学院。まさかあいつが……」

 彼女は、どこか上の空だった。先程までの元気がないようにも思える。何か、心配事だろうか、と思っていると。


「お姉ちゃん」

 不意に彼女の背後から声をかけた人物がいた。


 全員の視線がその子に注がれる。


 背の低い笘篠よりも、さらに低い、身長150センチ程度の、小柄な体格で、特徴的な白と水色のラインの入った、ユニフォームを着ていた。


「げっ、うみ

 声をかけられた笘篠が、明らかに動揺したような表情で彼女を見ていた。


(お姉ちゃん? 妹か)

 笘篠に妹がいることは知らなかったが、確かに容姿は似ていた。特に目元がそっくりで、笘篠を少しだけ小さくしたようなで、姉に似て可愛らしい容貌をしていた。

 違うのは、髪型くらいで、ウェーブのかかったロングヘア―の姉に対し、セミロングで、ぎりぎり肩にかかるくらいの長さしかなかった。


 ところが、

「まさか、一回戦でお姉ちゃんのチームと当たるとはねえ。マジ受けるわ。絶対潰してやるから。覚悟しておいてね」

 その口からは、可愛らしさの欠片かけらも感じられない、悪意に満ちたような鋭い言葉が飛び、その視線は敵意に満ちていた。


 そして、言われた立場の姉は、

「それはこっちのセリフだ。お前にだけは負けねえ」

 こっちはこっちで、売り言葉に買い言葉。敵意をむき出しにして、対抗していた。


「私より後から野球始めたくせに、偉そうなんだよ。女子高生野球アイドル? 野球ナメてんの?」

「何だと、この野郎。こっちこそ潰してやる」

 たちまち、一触即発の雰囲気が漂い、周りの部員が何とかなだめていた。


「じゃ、試合楽しみにしてるから。せいぜいあがくことね」

 その、海と呼ばれた少女は、そう言い残し、姉をからかうように去って行った。


 当然、残された俺たちは、事情を彼女に聞いていた。

「ああ。妹だよ。正真正銘の。私より早く、中学には野球初めててさ。高校は、野球が強いっていう群馬県の上武学院に、野球留学みたいな形で入ったんだ」


 知らなかった。だが、知らないのは、俺以外も同様で、他の部員たちも突然の、彼女の告白に戸惑っているようだった。


 しかし、

「クソ生意気な妹だよ、全く。けど、これで1回戦は絶対、負けられなくなった。カントクちゃん。わかってんだろうけど、私を3番に起用すること。絶対、打って、あいつより活躍してやるから」

 いつになく、強気で、闘志の籠ったような瞳を向けて、訴えてくる笘篠。


 この笘篠天、海姉妹の間に一体何があったのか、何故こんなに仲が悪いのか、それは部外者の俺には知る由もなかったが、それでも彼女がきっかけで、笘篠(姉)が燃えて、いつも以上に力を発揮してくれるのなら、俺としては歓迎すべきことでもあった。


「わかった。とにかく、まずは1回戦、勝つぞ」

 俺の号令に、部員たちは静かに応じる。


 プレイボールは直前だった。

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