第72話 ホームランアーチストへの道
プリンセストーナメントに向けて、チームの改革に着手することになった、俺だったが。
さすがに一人一人、いちいち見て回るのも面倒に思えたので、2人ずつのペアで指導することにした。
要は、「似たような」悩み、というか「共通項」のある2人をペアにして指導した方がやりやすいからだったが。
最初の2人、エースの潮崎と、1年生ピッチャーの工藤に続いて、2組目。今年夏の予選大会で、俺が最も「危機感」を持った、その2人は。
清原と石毛だった。
放課後。他の生徒とは別に2人を呼びよせた。
第二グランドのベンチ前に呼びよせ、2人を俺の横に座らせた。
「お前たち、2人とも。夏の予選では全然ホームラン打ってなかったな」
開口一番、そう呟いた俺の一言に、不満そうに顔を顰めたのは清原だった。
「何、言ってんだ、監督。準決勝で2本も打っただろうが」
だが、俺は当然、納得などしてはいなかった。
「あれは、俺が悪球打ち狙いの指示を出したからだ。言わば『苦肉の策』だ。本来、そんなことをしなくてもお前はホームランを打てる」
そう告げると、さすがに清原も、バツが悪そうに黙ってしまった。
「申し訳ありません」
一方の、清原とは正反対なくらい、素直で純粋なところがある石毛は、しょんぼりしてうなだれていた。
だが、こうしていても始まらない。
俺は、ベンチに座ったまま、腕組みをし、持論を展開することにした。
「ホームランってのはな。見た目以上に大きな効果があるんだ」
「というと?」
珍しく、あの清原が食いついてきたので、続ける。
「考えてもみろ。野球で1点を取るのに、ヒットだと何度も打たなければならないし、下手したら、4本ヒットを打たないと、1点入らない」
「んなことわかってんだよ」
「まあまあ、清原さん」
せっかちな清原を、石毛が苦笑しながらなだめていた。俺は続ける。
「それに、たったの1振りで1点、上手くいけば一気に4点も入る。要するに、ホームランは、心理的に相手に与えるダメージが大きい」
「だから、そのホームランをどうやって打つか、って話だろ?」
「そうだ」
ようやく本題に入ることにする。
「清原、石毛。ホームランを打つ時のスイングの軌道って、意識してるか?」
そう尋ねると、2人は深く考え込んだまま、無言になってしまった。仕方がないから俺が続ける。
「石毛。去年の聖毛学園との練習試合で石毛が打ったホームラン。覚えてるか?」
「はい」
「あれが、ある意味、『理想』のホームランに近い。つまり、ボールを下から捉え、上に向けてアッパースイングで、すくい上げるようにして打つ。そうすることで、ボールを『点』ではなく『線』で捉えるようにできるから、ホームランになりやすい。要はバレル率を上げることだ」
「バレル率? 何だそりゃ?」
「初めて聞きました」
「まあ、俺も詳しくは知らんのだが、要は打球速度と打球角度の最適な組み合わせのことだ。メジャーリーグなどではよく使われるホームランバッターの指標らしくてな。打球速度が上がれば上がるほど、このバレル率の角度は上がる」
「つまり、どういうことだ?」
「相手のボールに対し、スイングで下からすくい上げて、いかに綺麗な角度で打球を打ち上げられるか。それがホームランでは重要になるということだ」
「なるほど。わかりました」
石毛は、かつて剣道の経験を生かして、アッパースイングで綺麗なホームランを打ったことがあるが、最近はその「基本」を忘れていたのだろう。深く頷くように、自分に言い聞かせるように呟いた。
「んなこと言ったってよ。それが出来れば苦労しねえだろ」
一方の清原は、心では納得していないようだった。表情が固いことがそれを物語っていた。
「まあ、口で言ってもわからないかもだから、実践してみろ」
俺は、立ち上がり、潮崎と工藤を呼んだ。
丁度、投球練習をしていて、肩を作っていた2人が駆け寄ってきた。
「2人はそれぞれのピッチャーからホームランを打つことを目指せ。そして、潮崎も工藤も、絶対に手を抜くな。真剣勝負でやれ」
そう厳命すると。
「わかりました」
「面白そうっすねえ。清原先輩。相手になって下さいっす」
潮崎が頷く横で、不敵な笑みを浮かべた工藤が、清原に宣戦布告するかのように、鋭い眼光を向けていた。
思い返してみれば、工藤が入部した時に、最初にぶつかっていたのが清原だった。
あれから色々とあって、わだかまりは消えたように見えたが、かえって今度は「ライバル」として、燃えているのかもしれない。
俺に異論はなかったから、潮崎―石毛、工藤―清原ペアで、真剣勝負をさせることにした。
他の部員の練習を止めて、一旦ベンチ前に集めて、説明すると、部員たちは面白いものが見れると思ったのだろうか。
喜んでマウンドを譲ってくれた。
キャッチャーを伊東が務め、念のためにその後ろに審判役として俺が立ち、勝負が始まる。
まずは潮崎対石毛。
石毛は、かつてアッパースイングで綺麗なホームランを打ったように、本来の調子を取り戻せば打てるはず、と俺は思っていた。
何球か続けさせたが、なかなか調子は戻らず、潮崎の変化球に空振りしていたり、当たっても外野フライが多かった。
そこで、俺はタイムを取って、石毛を呼び、「耳を貸せ」と言って、近づいてきた石毛の耳元で、一言呟いた。
勝負は20球を越えていた。初めから30球まで、と厳命していた勝負。まだ1本も石毛はホームランを打っていなかった。
21球目。
例の特徴的な神主打法から繰り出されるアッパースイング。潮崎の球は外角に逃げるカーブだった。
―キン!―
目の覚めるような、金属バットの高音が秋の夕空に映えた。
綺麗な放物線を描きながら、引っ張った打球がレフト線へ伸び、スタンドイン。
見事なホームランだった。そこから調子を上げた石毛は、残り9球のうち、3本のホームランを放って、終了。
終わった後。キャッチャーマスクを外した伊東に、
「何を言ったんですか、先生。怪しいですね」
と冗談交じりの笑顔で尋ねられた俺は、
「簡単なことだ。時間距離を算出し、剣道の試合で面打ちすることを思い出せ、と言っただけだ」
と返した。
石毛自身は忘れているようだったからだ。かつて、彼女は剣道の経験を生かし、相手ピッチャーとの「間合い」から時間距離を算出し、さらに「剣道の面打ち」の経験を生かして、スイングしてホームランにした、と言っていた。
彼女自身が、剣道の「面」の動きをすると、バットが可能な限り、最短距離を通過して、インパクトの瞬間を捉えることが出来る、と言っていた。
それを思い出させただけだった。
ようやく、石毛の顔に安堵の笑顔が戻っていた。
続く工藤対清原。
最初からわだかまりがあった2人。
文字通りの「真剣勝負」になっており、白熱した雰囲気が感じられた。
工藤は、その性格の通り、強気にがんがん内角を突いてきており、清原の体に当たりそうな勢いで、彼女がのけ反ることもあった。
「ちっ」
その度にいちいちイライラしている清原は、20球近くを勝負し、まぐれ当たりの1本のみをかろうじてホームランにしていただけだった。
仕方がない。俺はまたもタイムを取り、今度は清原を呼び、同じように耳打ちすることにした。
彼女の場合は、石毛よりもさらに単純だ。
「ボクシングで強いパンチを打つ時みたいに、軸足に体重を乗せて、足を踏み出せ」
だった。
俺は、元投手だから、それほど詳しくはなかったが、それでも清原の今のスイングにはどこか、足りないと感じていた。
それが、この「軸足」だったからだ。
ホームランを打つには、当然ながら「力」がいる。だが、力みすぎても打てない。
要はインパクトの瞬間だけに力を集中できれば、改善するかもしれない、と思ったのだ。
20球を越えた辺りから、ようやくホームランが出始めた。
何かを掴みかけたのか、彼女はインパクトの瞬間に力を発散し、腰を捻りながら、ボールをすくい上げる、アッパースイングを連発。
工藤の球が軽々とレフト、ライトのスタンドへと放り込まれ、他の部員から歓声が上がっていた。
監督という立場、とはいえ、打撃理論に関しては、そこまで詳しくはない俺には、それくらいしか出来ない。
結局のところ、バッターは自分自身で弱点を見つけ、それを自分の力で克服していかないと、なかなか打つことが出来ない。
それでも30球中、後半に持ち直し、石毛の3本を上回る5本のホームランを叩き出した清原。
ようやく、何とか2人のホームランバッターの復調の兆しを確認できたように思えた。
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