第71話 ダブルエースへの道
すでに、高校野球としてのイベント、秋季大会には負けており、来春の甲子園出場は絶望的だったし、11月に開催される明治神宮野球大会でさえも、この成績では出場はない。
ということで、奇しくも昨年と同じように時間があった。
俺は、まずプリンセストーナメントを勝つために、チームの司令塔の伊東の意見を参考に、「改革」に着手する。
手っ取り早く、ピッチャーから取り組んだ。
自分自身が、元・ピッチャーで一番指導がしやすいという理由もあったが、この二人がチームの「軸」になると考えていたからだ。
ある日の放課後の練習時。
二人を呼び出した。
夏の大会の敗戦までは、潮崎・工藤・羽生田と三枚のカードが使えたから、戦術に幅が出来ていたが、これから少なくとも来春までは「二人」で回さないといけない。
そこで、俺が真っ先に提案したのが、これだった。
「これからダブルエースで行く」
真っ先に反応し、きょとんとした顔で目を丸くしていたのが、潮崎だった。
「ダブルエース?」
「ああ。本来なら、エースは潮崎だが、お前はどうもスタミナがない、ということが夏の大会を通じて改めてわかった。だから、エースは二人で行く」
そう告げると、現エースは、明らかに不服そうに、口を尖らせた。まあ、これも予測の範囲内ではあったが。
「何ですかあ、それ? 私、納得いきません」
彼女には、珍しく怒ったように、表情を変えた、というか紅潮させていたが、すぐに反応したのは、俺ではなかった。
「先輩。そう言うセリフは、スタミナつけてから言わないと、説得力ないっすよ」
無論、工藤だった。
「残念だが、工藤の言う通りだ。スタミナという点だけ見れば、お前より工藤の方がある」
「……むぅ」
何とも言えない表情で、まさに「ぐうの音も出ない」状態の潮崎に構わず、説明を続ける。
「考えてみれば、高校野球はトーナメントが主流だし、プロと違って、5回まで投げて、勝利投手になるという『勝ち星』にこだわらなくていい。だから、2人で協力して、継投していく方が、効率的だと思ったんだ」
「なるほど。監督サンの言うことには一理あるっす」
むしろ、不満たっぷりの潮崎より、工藤の方が冷静で、協力的な態度に見えた。
「まあ、言いたいことはわかりますけど。でも、どっちが先発になるんですか?」
潮崎はまだ納得が行っていないようで、「先発」にこだわっていた。
「それは、試合状況や、お前たち二人の調子を見て、判断を下す」
「ええー。何ですか、それ?」
未だに文句を垂れている潮崎に対し、
「うっす。わかったっす。つまり、プロで言うところの、『ショートスターター』とか『第二先発』みたいなもんすね」
工藤が言いたいことは、プロ野球で言うところの話だが、実は俺の考えていた戦術とは少し違う。
プロ野球、あるいはMLBではよくオープナーと呼ばれる先発が、1~2イニングを投げ、その後でショートスターターや第二先発と呼ばれるピッチャーが継投していくという方式があるが。
「いや、お互いに4、5回投げてもらう」
俺の中での戦術は、あくまでも「2人」を対等に利用する戦術。
だが、もちろん、これは絶対ではない。
「ただ、調子を見て使うと言ったように、どっちかが極端に打たれたり、試合を壊した場合は、即交代すると思え」
この思いきった戦術が、果たして試合で生きるかどうか。俺は内心、不安ではあったが。
「何だか納得いかないですけど、まあいいです」
「あたしもっす。本当なら、絶対的エースがいいっすけど、あたしは試合に出たいので。出なきゃ、感覚が鈍るっすから」
2人は、渋々ながらも納得してくれたように見えた。
試しに、伊東にも判断を仰ぐと、
「いいと思います。次の試合で試して下さい」
あっさり彼女は了承していた。
次の練習試合。
早速、この「ダブルエース戦術」を披露する。
その日は、先発を潮崎にし、4回まで投げさせ、5回からは工藤に替えた。
内心、俺としても半信半疑だったが。
結果としては、成功だった。
潮崎は、抜群のコントロールを生かし、ストライクソーンとボールゾーンのギリギリの境目で勝負し、変化球主体のピッチングで打たせて取る。
それに苦戦した相手チームが、4回くらいからようやく、潮崎の球に慣れ始めた頃。
今度は、真逆の速球派で、ぐいぐい攻め込んでくる工藤を投入する。
バッターというのは、一巡や二巡しないと、相手ピッチャーのことを攻略できなかったりするのだが、2人を同試合で使うことにより、この「巡」の回数を減らせるという効果が生まれた。
それ以上に面白いことが起こり、
「工藤さんにだけは負けない」
「先輩には負けないっす」
表立って言葉にはしていなかったが、明らかに2人は、互いを意識しており、ライバル関係になって、互いに相手に勝つため、相手よりいい投球をすることに「燃えて」いるように見えた。
(よし。これをさらに強化していけば、トーナメントでも勝ちやすくなるだろう)
そう思うと同時に、俺は細かい点で、2人の投球の弱点を探り出し、その改善点を2人に伝授し、少しでも勝つための勝率を上げることに意識を砕くことにした。
同時に、それは何かと「いがみ合う」仲の悪い2人のエースを、野球を通して、成長させて、切磋琢磨させる、という目的もあった。
まずはピッチャーの改善は及第点だったが。
だが、このチームが勝つには、まだまだ問題が残されていた。
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