第73話 アベレージヒッターへの道
2人のホームランバッターへの指導が終わった後。
次の2人のための対策を考えていたところで、都合よく「助っ人」となる人物が久しぶりにグランドに姿を現した。
「森先生。プリンセストーナメント対策ですね。任せて下さい」
渡辺先生だった。
去年秋の、地獄の特訓以降、どことなく距離を置いていたのだが、性格はともかく、彼女の「指導力」には、一目を置く部分があった。
ついでに言うと、元・ソフトボール選手で、打率が高かった、と本人が言っていたのを思い出して、俺はふと提案していた。
つまり、「吉竹と笘篠の打率を上げて欲しい」と。
ホームランバッターの次は、アベレージヒッター。野球なら当然、そこに帰結する。
だが、俺にはいかにして、安打を稼げばいいのか、という確固たる指導方法は浮かばなかった。
石毛と清原の場合も、聞きかじった程度の知識を実践したに過ぎなかった。
「喜んでお手伝いします」
彼女はそう言って、その日の放課後に、吉竹と笘篠をベンチ前に呼び出した。俺も興味があったから、彼女がどんな指導をするのか、見てみたい気持ちもあって、付き合った。
すると、いつものような「怖い」渡辺先生とは少し違う一面が見られることになった。
「吉竹、笘篠。お前ら2人は、バッティングフォームが崩れている。だから打てないんだ」
彼女には珍しく、非常に冷静な声で呟いた。
「んなこと言ったって、どうすりゃいいんですか?」
「黙って聞け」
早くも鋭い口調で、生意気な笘篠を制するかのように声を発し、彼女は続けた。
「いいか。野球ってのはな。転がせば転がすほど有利になるんだ」
何を言い出すかと思うと、彼女は面白い「独自の理論」を語り始めた。
「フライなら一度の捕球でアウトになるが、ゴロなら捕球して、送球して、また捕球。つまり3度のエラーの機会がある。高校野球ではエラーが起きやすいから、狙ってゴロ打ちをする方が有利になる」
なるほど。一理はある、と思った。フライであっさりアウトになるよりも、ゴロ狙いでエラーを期待した方が、結果的には塁に出れる確率は上がる。
「つまり、何が言いたいんですか?」
せっかちなのか、笘篠が不満そうに表情を歪めていたが、渡辺先生はそれを無視するかのように続けた。
「打ち上げずに、『叩きつけろ』。グラウンダーで野手の間を抜けるようなヒットを狙うんだ。そのためには、大振りせずに、コンパクトなスイングを心掛けろ。お前たち2人はどの道、長打力がない。その方が塁に出る確率は上がる」
「わかりましたわ」
「まあ、口で言うのは簡単ですよねー」
吉竹は納得していたようだったが、笘篠は依然として、憮然とした表情を浮かべていた。
「夏の予選で打率1割だった奴が偉そうに語るな」
それを鋭く一瞥し、渡辺先生は、2人をバッターボックスに向かわせた。
練習を中断し、潮崎をマウンドに上げ、キャッチャーは伊東が務める。審判役は渡辺先生が務めた。
今回は、ホームラン狙いではないので、野手を全員入れて、試合を想定した形で、実践的にやることにした。
球数は、前回と同じように30球に制限する。
俺はベンチから見守る。
最初に吉竹がバッターボックスに入る。
そこからは、「面白い」展開が見られた。
練習前に直に教えていた、渡辺先生の指導なのか。吉竹のバッティングフォームが普段よりも安定しているように見えた。
そこから、ひたすらコンパクトにスイングし、グラウンダーのヒットを狙う戦いが始まった。
潮崎の球は、変化球が多く、しかも緩急がついていて、打ちにくい。
それを懸命に食らいつき、30球のうち、5球を内野安打、3球を外野へのヒット。俊足の彼女は、特に内野へ叩きつけるようなゴロを打った場合、足の力で一塁へのヒットになることが多いから、これは有効な手段だった。
終わった後、ベンチに戻ってきた吉竹に感想を聞いてみた。
「少しですが、感覚は掴めましたわ。内野に上手く転がせば、私の足なら内野安打に出来ます」
力強い言葉だった。
次に笘篠が打席に立つ。ピッチャーは変わって工藤。この2人もどこか、わだかまりがあるような間柄だった。
いつものように、力みのない、足を少し開いたオープンスタンスで右打席に入る。
夏の県予選では、打率を1割台にまで落としており、活躍が出来ていなかった彼女。
打席に立ちながらも、よく見ると渡辺先生から、小声で何かを言われているらしく、その都度、フォームを微妙に変えていた。
10球近くも、三振やフライで凡打を築いていた彼女。
ところが、11球目から、突然、打ち始めた。
プロ野球選手にも、当然「スランプ」はある。プロの場合、それをいかに練習や試合の中で「修正」していくかが、スランプ脱出のカギになるし、バッティングフォームを崩している場合、そこから修正するのは並大抵のことではない。
笘篠の場合、元々、頭がいいという部分もあったのだろう。
彼女個人としては、渡辺先生には「思うところ」があるような態度だったが、それでも小声で指導していた彼女の言を素直に聞いて、実践したのかもしれない。
右に左にそしてセンター方向に。
コンパクトなスイング、そして一切の無駄のないような綺麗なスイングで、野手の間を抜けるようなクリーンヒットを連発。
遠目で見ていても、わかるような「芯」を捉えた辺りがほとんどだった。
(ようやく戻ったか)
俺自身、彼女が調子を落としており、本来のバッティングフォームから崩れていることは、感じていた。
それがようやく、本来の、いや本来以上かもしれない、コンパクトにして、無駄の感じられない、綺麗なバッティングフォームに戻っていた。
しかも、「叩きつける」ような打撃を指導されていたが、実際には、野手間を猛烈なスピードで抜けるような、速度の速いライナー性の当たりが多かった。
この辺り、バットの芯を捉えることが出来るようになった証拠だろう。
結局、30球中、16本もヒットを連発した彼女は、いつも以上に明るい表情でベンチに戻ってきた。
「どうよ、カントクちゃん? 天才アベレージヒッター、復活じゃん」
いつもの、偉そうなお調子者の彼女の笑顔だった。
性格や態度はともかく、この笘篠が、アベレージヒッターとして復活できるかどうかで、これからの試合や、プリンセストーナメントでの成績が変わる。
俺はそう思うくらい、彼女の実力を重要視していた。
「あまり調子に乗るなよ。あと、渡辺先生にちゃんとお礼を言っておけ」
締めるところは、締めねばと思い、そう口にしたが、
「えー、メンドい。大体、あのオバさん、嫌いなんだよね」
と、あっけらかんとした表情でケタケタと笑っていた。
その背後から、
「聞こえてるぞ、笘篠。誰がオバさんだって。殺すぞ、てめえ」
いつの間にか、戻ってきたのだろう。仁王のような恐ろしい表情を浮かべ、目を吊り上げている渡辺先生が、背後から笘篠の後頭部を思いきり鷲掴みにしていて、俺にはたまらなく恐ろしく思えた。25歳と、まだまだ若いはずの渡辺先生が、年齢以上の「鬼」に見えた。
「痛い痛い! 悪かったですって、お姉さん」
「今さら遅せえんだよ。てめえだけグラウンド10周追加でもいいんだぞ」
「だからごめんって言ってるじゃないですか」
なんだかんだで、この2人を見ていると、俺は自然と笑みが漏れていた。実は、仲がいいのかもしれない。
とにかく、ようやく6人の指導を終えた。残るは4人だった。
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