第7章 新しい大会に向けて
第69話 取材の理由
「すいませんっす、先輩たち!」
あの強気の工藤が、目に薄っすらと涙を浮かべて、謝っていた。
試合後のことだ。
さすがに自分の一球で、試合が決してしまったことに責任感を感じているようだった。
そんな彼女に、先輩たちは、
「工藤ちゃん。そんな泣かなくても」
「気にしなくていい。勝負なんて、時の運」
羽生田も辻も、慰めるように優しい声をかけていた。
一時期は、わだかまりもあったように見えた彼女たちだったが、奇しくも工藤の一球で雰囲気が少しだけ変わったようにすら見える。
だが、負けは負けだ。
試合終了後、潮崎は懇意にしている中村と、個人的に何かを話しているようだったが、俺の興味はそれよりも、別のことにあった。
(潮崎のスタミナがな)
そう。スタミナがやはり問題だと思うのだった。
無理をすれば、彼女は9回を投げれなくはないし、投げさせたこともあるが、やはり終盤に球威が落ちてくる。
なので、今までは羽生田を継投に使っていたが、羽生田が抜ける今、代わりは工藤しかいない。
だが、今日の投球を見る限り、工藤も決して盤石ではない。
(せめて、あと一人、投手がいれば)
とも思うのだが、いないものは仕方がない。
あるものだけで何とかしなくてはならないのだ。
試合後、ミーティングの席で。
「ごめんなさい。お二人とも。お二人を甲子園に連れて行きたかったんですけど……」
エース兼キャプテンの潮崎が、引退する羽生田と辻に頭を下げていた。
「んなこといいって、潮崎ちゃん」
「そうそう。まあ、行けなかったのは残念だけど、仕方ないよ」
羽生田も辻も、顔は明るく見えたが、心の底では残念でたまらないのかもしれない。
ふと、彼女たちに聞いてみた。
「お前たちは、これからどうするんだ?」
「私は大学に行って、野球を続けます。スカウトもされましたし」
あっけらかんと呟く辻に、チームメイトも俺も驚いていた。
「そんな話、いつあったんだ?」
「夏大会の間ですけど」
「何で教えてくれなかったんだ?」
「聞かれませんでしたから」
そのやり取りを通じて、改めて、辻らしいと思ってしまった。必要なこと以外は、一切話そうとしない。
一方の羽生田は、
「私は、社会人のクラブチームに行くよ。知り合いから誘われてるし」
彼女もまた、あっけらかんとした表情で、事も無げに話していた。
「そうか。まあ、2人とも、俺の目から見ても、野球のセンスはある。がんばれよ」
そう声をかけると、
「ありがと。君たちもね。甲子園に行ったら、ちゃんと教えてねー。あ、それ以前に3月まではまだ高校にいるから、何かあったら呼んでね」
「私も。暇だったら、野球、教える」
羽生田も辻も、こうは言っていたが、同時にまだこの高校野球に未練があるのかもしれない、とも思った。
こうして、夏大会は終わり、展開は一気に早まる。
そこから先は、意外なことが連続した。
まず、羽生田の代わりにセンターを佐々木に、辻の代わりにセカンドを田辺に、と据えて9月から始まる秋季大会に、去年と同じように挑んだ。
結果。
また負けていた。しかも今回はさらにひどく、一回戦負けという
何なんだろう。
夏大会では、すごくいい試合をするのに、このチームは秋大会になると、途端に成績が落ちる。
モチベーションの問題なのだろうか。
確かに夏の甲子園に比べて、春の甲子園は地味かもしれないが、同じ甲子園のはずだ。
どうにも俺個人としては、納得がいかない。
そう思っていた9月下旬頃。
秋季大会も終わり、去年と同じように弛緩しきっている雰囲気が漂っていた、ある日の放課後。
「森先生。2-C 笘篠さん。放課後、校長室に起こし下さい」
ホームルーム中に、不意に校内放送が入った。
しかも、何故か俺と笘篠「だけ」が名指しで呼ばれていた。それも校長室に。
何か、明らかに不自然で、作為的なものを感じながら、俺は部室に向かう前に職員室から校長室に足を向けた。
途中、廊下でたまたま笘篠と遭遇した。
彼女も同じようなタイミングで校長室に向かっていたのだろう。
部活動とは違う、普通の制服姿の彼女を久しぶりに見たと思いながらも、声をかける。
「笘篠。心当たりはあるか?」
「はあ? あるわけないじゃん」
なんというか、素っ気ないというか、機嫌が悪いように見えた。
そう思っていると、
「まあ、あれだね。私があまりにも可愛いから、野球メディアから取材が入ったとかじゃねーの?」
不機嫌そうに見えた彼女は、急に表情を明るくさせ、おどけたようにそう言ってきた。
相変わらず、性格がよく掴めない奴だと思ったが。
まさか、この時の笘篠のセリフが、将来を予見しているとは思ってすらいなかった。
二人して、校長室に入ると。
「まずは秋の大会、ご苦労様。残念だったね」
秋山校長が、杓子定規に定型文的な慰めの言葉を投げかけてきた後、俺たちをソファーに座らせて、いよいよ本題に入った。
「今日、2人を呼んだのは他でもない。メディアから取材依頼が入ったんだ」
「えっ? マジ?」
俺より素早く反応していたのは、もちろん笘篠だ。自分の何気ない一言が、まさか現実になるとは予想していなかったのだろう。
「ああ、マジだ」
校長は、驚きの表情を隠しきれない笘篠に、笑顔を見せながら続けた。
「どうもそのメディアは、監督の森先生と、チーム一の美少女の笘篠さんに目をつけたらしくてね」
その一言に、さすがに笘篠の表情が緩んだ。
というより、にやけきっただらしない顔になった。
「ね、聞いた、聞いた? カントクちゃん。チーム一の美少女だって。いやー、やっぱわかる人にはわかるんだなあ」
「いいから黙って聞け」
さすがに、少しウザく思えて、俺が制すると、
「いや、まあ、笘篠さんの気持ちもわかるけどね。まあ、君は色々な意味で目立つから、目につきやすいんだろう」
校長は何とも言えないような、戸惑ったような苦笑を浮かべていた。
「それで、校長?」
「ああ。急だが、取材は明日、入る。私も詳しくは知らないのだが、どうも新しいアマチュア野球の大会が開かれるとか言ってたかな。どうもそれに参加して欲しいみたいな話だったと思う」
「詳しくは聞いてないんですか?」
「ああ。だが、これはチャンスだぞ」
「チャンスですか?」
「うん。だって、君。我が校は来年には廃校になる予定だぞ」
言われて思い出していた。
昨年の秋に男子との野球で勝って、廃校は「1年延期」になったが、裏を返せば、1年しか延期になっていないから、来年の春には、我が校は廃校になる。
「それを、アマチュアとはいえ、大々的な野球大会に呼ばれるんだ。そこである程度、活躍すれば、もう世間的に廃校なんて、させられなくなるだろう?」
その一言に、一理はあるが、そんなの無理、だろう、と俺が内心、思っていると。
「さっすが校長! 私もそう思っていたんだよ。任せて! 野球界一の美少女の、この私が大活躍して、廃校なんて救ってやるわ!」
思いっきり吠えていた。笘篠が。
というか、こいつは校長に対して、敬語は使わないし、やたらと調子に乗っているように見えるのだが。
元々、お調子者だが、いつの間にか「チーム一の美少女」から「野球界一の美少女」にすり替えているし、困った奴だ。
そう思っていたら、
「おお、頼もしいね、笘篠さん。頼んだよ」
校長は校長で、ノリがいいのか、笘篠の言葉遣いに、まったく気にも留めずに、乗り気になっていた。
俺は笘篠を連れて、溜め息を突きながら、校長室を後にした。
「お前なあ。いくらなんでも調子に乗りすぎだ」
校長室を出たところで、そう釘を刺すと、
「何、悠長なこと言ってんの、カントクちゃん。大会で活躍すれば、廃校がなくなるんだよ。もっとテンション上げなよ!」
笘篠は、何かのスイッチが入ったかのように、明るく振る舞っていた。
(校長が「チーム一の美少女」なんて言うから)
それが取材するというメディアが言ったことか、それとも校長が「盛って」言ったことかはわからなかったが、とにかく笘篠は、やる気になっていた。
いや、やる気になりすぎて、調子に乗っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます