第67話 ホームラン対決(中編)

 2回裏に、いきなり4番の中村にホームランを打たれたことで、動揺したのか、その後、5番・6番に連続安打を浴びて、ピンチを招いた潮崎だったが、後続を何とか抑えて、その回は1失点に抑えていた。


 3回表。

 1番の吉竹がボールを見極めて、四球で出塁。やはり、選球眼という意味では、貴重な戦力で、出塁率が高かった。


 3球目に、相手の隙を突いて、盗塁に成功。

 2番の伊東で、得点圏にランナーを置く、絶好のチャンスが回ってくる。

 その伊東は、相手の投球配分を読んでいるかのように、しつこいくらい見極めて、フルカウントの3-2から、カーブを狙い打ちして、ライト前ヒットで出塁。


 ノーアウトで一・三塁という、同点のチャンスを演出する。


 ところが。


 3番の辻、4番の羽生田、そして5番の石毛がいずれも、ストライクゾーンからボールゾーンに逃げるような軌道を描く、西崎の変化の鋭いスライダーに空振り三振。


 西崎は、ピンチを背負ってから、逆にギアが上がったかのように、球威が増しているように見えた。

 改めて、手強い相手だと認識する。


 西崎の快投に、球場内は沸き立っていた。

 一方で、準決勝の大舞台とはいえ、我が方はチャンスに凡退で静まり返っていた。


 3回裏、春日部共心の攻撃。

 1番からの好打順だったが、1・2番を打ち取り、3番の松永を迎える。


 昨年も、この巧打者の松永に打たれていた潮崎だったが、彼女はさらに成長していた。

 広角に打ち分け、リストが柔らかく、選球眼も良くなっていた。


 潮崎の得意球の低速シンカーを狙い打ちして、レフト前ヒットで出塁。

 ここで4番の中村を迎え、俺は敬遠を指示する。


 2アウトで一・二塁。

 一打出れば、追加点を取られる。


 続く5番。まだクリーンナップが続いており、しかも強豪校だ。全然油断は出来ない場面だったが、この時の伊東の配球が見事だった。


 相手の得意コースをデータで、外角高めと研究していたため、逆の内角低めで勝負し、潮崎は寸分の狂いもなく、そこに投げ込んでいた。


 ファーストゴロでチェンジ。

 お互いにチャンスを掴みきれないまま、回は4回表に。


 4回表、武州中川高校の攻撃。

 6番の笘篠からだった。


 かつて、驚異的な努力と、動体視力でアベレージヒッターとして、才能を開花させたかに見えた彼女だったが、この2年目の夏は、散々な結果に終わっており、打率は1割台。


「天ちゃん!」

 相変わらず、彼女の私設応援団のような、笘篠応援団が声援を送る中、バッターボックスに入った笘篠。


 この時ばかりは、目つきが違って見えた。

 通常は右バッターに対しては、カーブやフォークでカウントを取り、決め球に内角に切り込むスライダーを使う西崎だったが、初球からスライダーを放っていた。


 笘篠は、まるでそれを待っていたかのように、無理矢理な体勢から鋭くバットを振り抜いていた。


 綺麗な打撃音と共に、打球は二遊間を抜けて、ヒットに。

 ようやく久しぶりに生まれた会心のヒットに見えた。


 そして、7番の清原を迎える。

 かつて4番に据えながらも、今大会では全くと言っていいほど、打たなかったため、ついに7番にまで下げた清原。


 試合前に俺が言ったことを、彼女自身は半信半疑だったらしいが、実践してくれた。


 もっとも、これはある意味で「賭け」であり、普段の清原ならこのようなことを命じることはなかった。


 西崎の速いストレートと、鋭く変化するスライダーにたちまち2ストライクまで追い込まれていた彼女。


 1球外角のボール球で外した後、4球目。

 ボールがすっぽ抜けるように内角に入ってきた。


 西崎には珍しい失投だった。

 しかも、それが清原の顔面近くに行っていた。


「あっ」

 と、部員の誰かが驚いたような、小さな声を上げる。

 球場も騒然とする、と思われたが。


「うらぁ!」

 滅茶苦茶、不利な体勢にも関わらず、体を外側に持っていって、清原は

思いっきりフルスイングしていた。


 打球は、一直線にレフト方向へ。

 低い弾道の、そして超高速のライナー性の当たりだった。


 外野フェンスに当たるか、スタンドに入るか、非常に微妙な当たりに見えたが。


「うそっ! 入った!」

 ベンチにいた潮崎が、驚嘆の声を上げていた。


 そして、何よりも清原自身が一番驚いていた。

「清原さん!」

「裕香ちゃん!」


 ダイヤモンドを一周して戻ってきた、清原をナインが盛大に迎える。


 得点は2-1と逆転に成功。


 春日部共心のキャッチャーと内野陣が、西崎の周りに集まっていた。

 西崎自身も、さすがにこの失投と、それを狙った無茶苦茶なホームランに驚いているようだった。


「やったぜ、監督!」

 清原が、満面の笑みで俺に笑顔を見せるが、俺は、


「ああ」

 とだけ言った後、


「次は、外のボール球を狙え。ただ、これはこの試合しか使えないと思え」

 と釘を刺しておいた。


 何故なら、清原がスランプに陥っている今だからこそ、もしかしたら使える、と思った、いわば「苦肉の策」だったからだ。


 通常の状態の清原なら、わざわざ不利な悪球打ちをしなくても、ホームランに出来るはずだ。俺はそう思っていた。


 4回裏。

 下位打線にも関わらず、潮崎が打たれた。

 6番を打ち取った後、7番・8番にフォークを狙われ、連続ヒット。

 やはり、彼女の球種では一番変化が少ないフォークが狙われた。


 この状況で長打が出れば、一気に同点になる。

 9番バッターには、遅いカーブを狙われて、打球はサードへ。


 だが、深いところに飛び、ゲッツーは狙えず、清原はファーストに投げて、2アウトながらランナー二・三塁とピンチになる。


 やはり、そこは強豪校。下位打線であっても、確実に狙ってくる。

 しかも打順は1番。


 一気にピンチになる。

 しかし、ここで意外な選手が活躍することになる。


 1番はさすがに長打狙いだった。

 外野にさえ飛ばせば、そしてフィールドに落ちれば確実に1点、いや2点は入る場面だ。


 もちろん、それがわかっている潮崎・伊東のバッテリーは、低め中心の配球で、引っ張りを警戒し、外野に飛ばさないようにする。


 ところが、この1番は、流し打ちが上手いバッターだった。

 追い込んでから、低めの高速シンカーをライトに運んだ。


 鋭いライナー性の当たりで、落ちれば確実に点が入る。

 というよりも、もうこれは無理だ、と諦めた。


 だが。

 一瞬、何が起こったかわからなかったが、球場が歓声に包まれていた。


「おおっ!」

 その歓声の先にいたのは、グローブを掲げた笘篠だった。そのグラブにボールが収まっていた。


 低いライナー性の難しい当たりを、ライトの笘篠が鋭く反応。

 運よく、ライトの守備位置に割と近い当たりに飛んでいたのが幸いしたが、それでも速いスピードで低い軌道で飛んでいたし、普通に走ってもまず追いつかないはずだ。


 だが、笘篠の動体視力と反応の鋭さはさすがだった。

 あらかじめ予測していたかのように、滑り込むようにして、打球に飛び込み、スライディングしながら捕球。

 アウトにしていた。


 同時に、これは厳しい守備指導をしてくれた、渡辺先生のお陰でもあった。彼女の性格の難はともかく、彼女のお陰で守備力はチーム全体としても上がっていたのだ。


 打撃ではともかく、守備では相変わらず、目だって、いいところを持っていく彼女。


「笘篠さん!」

「天ちゃん! ナイス!」

 チェンジしてベンチに戻る笘篠に、ベンチとスタンドの私設応援団両方から、歓声が飛んでいた。


 試合はようやく中盤に入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る