第66話 ホームラン対決(前編)

 ついに迎えた、彼女たちの二度目の夏の大会の大一番。

 埼玉県大会準決勝。あと二つ勝てば、甲子園出場が決まる。


 場所は、昨年と同じく、さいたま市営大宮球場だった。初のベスト4入りを果たし、意気揚々と試合に臨みたい、と思ってはいたが、現実はそう甘くはなかった。


 試合前に、挨拶もそこそこに俺は、マネージャの鹿取が記載していたスコアブックを睨んでいた。


(打たない)

 それが一番の問題だった。


 特にチームにとって、最も重要な得点源になるはずの4番が。


 この夏の県予選。最も打率が低かったのは3番の笘篠で、.105。2番目に低かったのは4番の清原で、.111。

 おまけにこの二人は、ホームランも1本も出ていなかった。クリーンアップがこれでは話にならない。


 逆に、最も活躍したのは、辻で、打率は.450。特にここ数試合は毎試合のように安打を放ち、打点を挙げていた。


 ここは思いきって、打順を組み替えて、イチかバチかの勝負に出るしかない。

 そう考えた俺のスタメンオーダーは。


1番(一) 吉竹

2番(捕) 伊東

3番(二) 辻

4番(中) 羽生田

5番(遊) 石毛

6番(右) 笘篠

7番(三) 清原

8番(左) 平野

9番(投) 潮崎


 苦肉の策だった。

 一発のあるスラッガーの清原を思い切って、7番まで下げる。もはやクリーンアップですらないが、仕方がなかった。

 清原もまた、自身のスランプに気づいていたので、文句は言わなかった。


 4番には本来、清原に次ぐ長打が期待できる石毛を据えるべきだが、彼女はプレッシャーに弱く、4番にすると打たないため、5番に固定。打率は.222と低かったが、それでも笘篠や清原よりマシだった。


 そして、4番には、4回戦で3ランホームランを打っていた、羽生田を置く。本来なら、長打力があまりない彼女を置くべきではなかったが、妥協するしかなかった。


 最も、これで奇しくも高校入学以前の「野球経験者」が2番から4番まで揃う形にはなり、本来ならこれがオーソドックスな形なのかもしれない。


 1番の吉竹は、打率こそ低かったが、出塁率が高いため、四球で出塁できることを期待してのことだった。


 いずれにしても、辻以外は、全然打っていない状態で迎える準決勝。


 下馬評では、もちろん圧倒的に春日部共心が有利とされていた。


 その春日部共心のメンバーは、主軸に関しては去年とあまり変わっていないように見えた。


 巧打者の松永、エースの西崎が共に2年から3年に。4番を打つ中村が1年から2年に進級したためだが、それ以外のメンバーは、ほとんどが3年生に固定されていた。


 中には、去年は見ていなかったメンバーも出場していた。


 試合開始直前。俺は清原をベンチ前に呼び、アドバイスを送る。

 それは、一か八かの賭けだった。


「ボール球を思いきり打て」

 そう告げると、さすがに清原の表情が曇った。


「はあ? 何言ってんだよ。正気か?」

 当然だろう。彼女の反応は正常だ。


 だが、俺にはちょっとした、期待があった。


 つまり、彼女にはひょっとしたら、「悪球打ち」の才能があるのではないか、と。


 振り返ると、彼女は極端な内角球に、沸点が上がり、そこからホームランにしていたことがあった。


 明らかなボール球をホームランにしたことはなかったから、ある意味での「賭け」だった。


「どうなっても知らないぞ。三振しても、文句言うなよ」


「言わないさ。俺の責任にしていい」

 どうにも、長期的なスランプに陥っている彼女に対して、かなり思いきって決断したが、これが吉と出るか、凶と出るか、全くわからなかった。


 そんな中、ついに運命を決する一戦が始まる。

 天気は曇り空。観客は、この注目の一戦に比例して、高校野球にしてはかなりの人数が入っており、マスコミも来ていた。


 先行は武州中川、後攻は春日部共心で試合が始まった。


 まず、マウンドに立つのは、エースの西崎沙織。細身で長身、モデル体型でありながら、えげつない投球をするピッチャーだが、その姿には、昨年以上に「風格」のようなものを感じる。


 何よりも、異常なくらい落ち着いて見えて、高校生らしくない。


 そして、あっという間に1回表が終わっていた。

 1番吉竹はスライダーを引っかけて、サードゴロ。2番伊東は三振。3番辻はインコースに切り込むカットボールで詰まらされてライトフライ。

 あっさり三者凡退に終わっていた。


 1回裏。

 マウンドに上がった潮崎は、いつも通りに見えた。

 緩急自在の2種類のシンカー、遅いカーブと、直後に見せる球との球速差で相手打線を翻弄。


 1番を三振、2番をセカンドゴロ、そして3番の松永には粘られながらもショートゴロに打ち取っていた。


 初回の立ち上がりは、両者共に上出来だった。


 だが、試合はまだ始まったばかり。


 2回表。

 立ち上がりが悪いという西崎を攻める我がチームは4番の羽生田から。

 だが。


 真っスラに変化するスライダー気味のストレートに簡単に追い込まれて、最後は見逃し三振。


 5番の石毛。クリーンナップを担い、一発長打もある彼女だったが。

 初球のストレートを見逃し、2球目のカーブをカットし、同じく2ストライクと追い込まれる。


 1球外した後の4球目。

 フォークボールだった。

 恐らくは石毛が読んでいたのだろう。


 救い上げるようにして、バットを振り抜いた。打球はショートの頭上を越えて、レフト前ヒット。

 長打にこそならなかったが、ようやくヒットが生まれる。


 最も、その後の6番笘篠、7番清原がやはりまだスランプ気味で、あっさりとスライダーに引っ掛かり、凡退に終わる。

 さすがに、コントロールがいい西崎。期待したような悪球は来なかった。


 2回裏。

 春日部共心は4番の中村から。


 昨年の対戦時に、2打席連続ホームランを浴びていた潮崎。

 二人のライバル対決が、再度同じ舞台で実現する。


 特徴的な、狭いスタンスでバットを上段に構え、足を軽く上げてタイミングを取るバッティングフォームで待ち構える中村。


 潮崎と伊東のバッテリーは、ランナーがいないこともあり、勝負に行った。


 外角のツーシームから入る潮崎。ボールは外に大きく逸れていた。彼女にしては珍しいコントロールミスに見えた。


 2球目は、内側に滑るようにカーブ。中村が見逃してボール。

 3球目はストレートだったが、外に外れてボール。


 一気に3ボールとなり、明らかなボール先行。制球が乱れているように見えた。

 4球目。遅いシンカーを足元に近い部分に放つが。


―キン!―


 高い金属音を残して、振り抜いたバット。


 だが、打球はライト線のファールゾーンに消えた。

 5球目。

 高速シンカーを胸元に近い部分に投げていた。


 普通なら打ちづらい内角の球だ。


 だが。


―カン!―


 綺麗な金属音を残して、打球はぐんぐんレフト方向に。

 中村は完全に振り抜いていた。

 その態勢のまま、バットを放り投げていた。


 結局、多少の風があったことも手伝って、そのままレフトスタンドへ打球は消えた。


 ホームラン。

 またもや、中村に打たれていた。


 0-1。昨年と同じように中村によって、得点を奪われる形になっていた。

 試合は続く。

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