第63話 サブマリン VS 猛打(後編)

 1対1の接戦は終盤へと向かう。


 7回は、両軍投手が奮闘し、お互いに譲らずに四球を与えただけで打ち取っていた。


 8回表。

 9番の潮崎からの打順。

 やはり凡打でファーストゴロに倒れる。本当にバッティングに関しては、潮崎はダメだった。


 ところが1番の吉竹の打順。


 それまで好投していた、聖毛学園の山田の制球が、突如乱れたように見えた。

 少なくとも、低めを突く投球で、ほとんど我が校に、バッティングをさせていなかったはずのボールが、枠を外れており、吉竹が四球で出塁。


 しかも続く2番の笘篠にも四球を与えて、ノーアウト一・二塁となり、さすがに相手校は伝令をマウンドに送って、キャッチャーと内野陣が集まりだした。


 球数はまだそれほど多くなかったから、交代はないだろうと予想していた。

 結局、マウンドの山田に声をかけて、鼓舞するだけでグラウンドに散っていく、相手ナインたち。


 3番の辻を迎える。

 これまで3打数2安打1打点。彼女の父が命じた「3安打以上」まで残り1安打。


 進化したサブマリンと、元・プロ野球選手の娘のアベレージヒッターとの三度目の真剣勝負が始まった。


 1球目はさすがにボールを与えることを警戒した山田が、チェンジアップを放つ。

 辻は対応していたが、予想していた球と違ったのか。タイミングが合わずに空振り。

 2球目は速いストレートが膝元に入ってくる。球速では、去年より明らかに速い120キロ以上は出ていた。

 対応できずに見送ってストライク。早くも追い込まれていた。

 3球目は左バッターの辻からは外に逃げる速いシンカー。確実にバットを止めてボール。

 4球目は逆に低めのスライダー。身体に向かってくるような球を見送ってボール。

 5球目はストレートだったが、わずかに外れている。辻はしっかり見極めてボール。


 ついにフルカウント。

 二人の息詰まるような熱戦はまだ続いていた。

 6球目。膝元付近にスライダー。当てたが、その瞬間に辻が足元から崩れるように倒れていた。


「辻先輩!」

 ナインが心配そうに見守る。自打球だった。

 野球では、これが一番痛い部類に入る。


 足元のシューズ付近に当たったようだ。

 幸い、足を抑えていたものの、間もなく立ち上がって、再び問題ないようにバットを構えたので、俺は胸を撫で下ろす。


 7球目。低めの、しかも外に逃げる遅いシンカー。このコースでは打ったところで、当たりは飛ばないだろう。かろうじてファールしていた。

 8球目。山田は、いい加減に倒れて欲しいと思ったのか、ストレートで勝負に出た。


 だが、速い。渾身のストレートが浮き上がるようにホームベースの下から上に伸びるように上がってくる。


―カン!―


 綺麗な金属音が響き、打球はセカンドへ。ゲッツーコースだ。だが、大きくバウンドしており打球が高い。セカンドがジャンプするもわずかに頭を越えていた。


 それを見ていた俊足の二塁ランナー、吉竹が一気に三塁に走る。打球はてんてんと外野に転がり、ライトが前進してくる。


 その間に一塁ランナーの笘篠も二塁に到達。


 ライトがようやくキャッチした時には、吉竹はすでに三塁を蹴っていた。

 ライトがホームベースにボールを投げる。


 笘篠は三塁へ、辻は二塁へ。

 本塁に滑り込む吉竹。鋭い返球が飛んでくる。タイミング的には、ほとんどギリギリに見えるような際どいプレーになった。


 アウトかセーフか。固唾を飲んでナインが見守る中。

「セーフ!」

 球審が両腕を大きく水平に開いていた。


 タイムリー2ベースヒット。2-1と勝ち越しに成功。

 しかも、これで辻は4打数3安打2打点を上げており、チームの打点を一人で稼いでおり、猛打賞になっていた。


 おまけに彼女の父が指示した「3安打以上」をクリア。


 ナインが大喜びで吉竹を迎える中。

「辻の奴、すごいな。中学時代もあんな感じだったのか?」

 彼女をよく知る、羽生田に声をかけると、


「そうだよー。調子いい時の辻ちゃんは、『手がつけられない』くらい打つんだよ。だから言ったじゃん。辻ちゃんは『アベレージヒッター』だって」

 ようやく彼女の一言で、改めて辻を見直していた。


 これまで、どうも好不調の波が激しく、あまり打たないイメージが強かった辻だったが、今日の彼女は、まさにアベレージヒッターにふさわしい、面目躍如の活躍だった。


 前回の試合では羽生田、そして今回は辻。

 これが「最後の夏」になる3年生の活躍で、チームは一気に活気づいていた。



 これで試合の流れがようやく傾いてきたと思った。

 ところが。


 8回裏。

 相手校は9番からの打順。

 その9番を打ち取った後、1番の巧打者、湯上谷にしぶとくライト前ヒットを打たれる。


 2番の打席。

 湯上谷が出塁し、2番を迎えたことで、意外な展開を見せることになる。


 湯上谷が俊足だということを考えた上での伊東の指示だろう。

 2番を迎える中、伊東は俺が思ってもいなかった「戦術」を披露し、相手を「罠」にかけた。


 バントシフトを敷くように、サードとファーストが前進した。

 当然ながら、バントシフトと思った相手側は、俊足の湯上谷が大きくリードする。


 次の瞬間、セカンドの辻が素早く一塁のベースカバーに入り、ピッチャーの潮崎がクイックモーションから、キャッチャーのサインを見て、牽制球を一塁に送った。


 完全に虚を突かれる形になった、一塁ランナーの湯上谷が慌てて帰塁するが。

 それより早く、辻がボールをキャッチし、アウト。


「ピックオフプレーか。よく覚えたな」

 俺の中では、まさに想定外の動きだった。


「何ですか、それ?」

 野球に関しては、まだまだ詳しくはない、佐々木が聞いてくる。


「要は投手と捕手と野手が連携して、ランナーを罠にはめて、牽制球でアウトを取るという戦術さ。ただ、相手の虚を突くから、1試合で1回くらいしか使えないけどな。それでも、なかなかの高等技術だ」

「へえ」

 佐々木が妙に感心したような声を上げる中、潮崎は2番バッターを簡単にショートゴロに引っかけさせてチェンジ。



 そして、9回裏。聖毛学園の最後の攻撃。

 それまで潮崎の打たせて取る投球術に翻弄されていた相手校は、3番の強打者、愛甲からの好打順だった。

 

 そして、その愛甲にまたも捕まる。

 内と外を使い分け、コントロール勝負で、相手を巧みに翻弄するように投げていた潮崎。


 だが、さすがにボールに慣れてきたのか。それとも読んでいたのか。フォークボールを狙われて、レフトのライン際まで運ばれる2ベースヒットを打たれた。


 ノーアウト二塁と得点圏のピンチで4番。一打出れば同点どころか、逆転サヨナラ負けもあり得る。


 さすがにここで4番を迎え、俺は敬遠を指示する。

 ノーアウト一・二塁。


 5番が打席に入る。その日の、この5番に対して、潮崎は四球を与えた以外は完璧に抑えていたのだが。


 3球目のストレートを弾き返された。

 打球は右中間へ。破られると、確実に二塁ランナーが還ってきて、同点になる。


 センターの羽生田とライトの笘篠が追うも、これは破られる。

 と思っていたら、その笘篠が泥臭く走っていた。決して俊足ではない彼女。


 打球を追うが、正直、ギリギリのタイミングで、もし落とせば逆にさらなる長打コースになって、一塁ランナーまで還ってくるかもしれない。


 だが。

 まるで打球に対して、足から飛び込むように彼女はスライディングしていた。

 そのままフィールドを滑るように走り、グローブを手前に差し出すようにしていた。


「アウト!」


「おお!」

 球場が湧いていた。見事なスライディングキャッチでアウト。

 打撃では、最近、不調ながらも守備では見せる笘篠。相変わらず目立っていた。

 

 近くまで追っていた羽生田が、大きな声を上げる。

「笘篠ちゃん! セカンド!」

 二塁ランナーが飛び出していた。同時に一塁ランナーも。


 それを察知した笘篠が二塁カバーに入った辻にボールを送る。


「アウト!」

 3番の愛甲が帰塁するも、わずかに間に合わずにアウトが宣告されていた。


 ダブルプレーで一気に2アウト。


 最後の6番バッターを迎える。

 ここまで来ると、潮崎は安心しているように見えた。


 その日の潮崎は、いつもよりも四球が多かったが、これは相手校が、しっかりボールを見てきているということだった。


 それを逆手に取ったのか。

 すでに90球以上投げていた潮崎は、それでもまだ体力的には余裕があるようだった。


 ランナーが一気にいなくなったことで、気が楽になったのか。珍しく工藤のように、強気に直球主体のピッチングを披露。


 相手は変化球を予想していたらしく、タイミングが合っていなかった。

 結局、3球目にツーシームを引っかけて、セカンドゴロ。


 最後は、辻が確実にキャッチし、一塁に送ってアウト。

 ついに試合終了となった。2-1の僅差で勝利。


 これで初の準決勝へと駒を進めることになった。

 だが、準決勝の相手は、「あの」高校だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る