第62話 サブマリン VS 猛打(中編)

 3回まで、四球以外のランナーを一人も出していなかった潮崎。

 その日の潮崎は一段と「冴えて」いた。


 彼女は5回まで相手打線をヒット1本に抑える好投を続ける。


 6回表。

 先頭の潮崎は、やはりバッティングには期待できずに三振。


 1番の吉竹も凡打で倒れた後、2番の笘篠。


 ここのところ、当たりがない彼女。一種の「スランプ」に陥っているくらいに、俺には見えた。


「天ちゃん!」

「かっとばせ!」

 相変わらず、三塁側のスタンドから、彼女を応援する私設応援団みたいな連中が旗を振って、声援を送っていた。


 どうなるか、いやこの先、笘篠をどうしようか。そんな思いで見つめていると。


 5球目。

 ようやく本来の彼女の打撃を取り戻したかのように、遅いシンカーを捉えて、押っ付けるような形で、レフト前ヒットを放っていた。


 続く3番の辻。本日の第3打席だ。

 その日の辻は、やはりいつもとは違って見えた。


 なんというか、気迫すら感じるような真剣な目で、相手ピッチャーを睨みつけるように、打球を追っていた。


「羽生田。辻は中学時代、アベレージヒッターって言ってなかったか?」

 ベンチで声援を送る彼女に声をかける。


「そうだよ。今日の辻ちゃんは、まさにそんな感じだね。多分、ボールが『よく見えてる』はずだよ」

 軽快に答える羽生田。


 そう。野球選手の野手には、時折こういうことがある。

 普段は、見えないし、なかなか当たりが出ない。でも、好調の時は「ボールがよく見える」。そういう時は、どんな球でも打てる。と、本人も思うものだ。


 話をしている間に、辻は3球目のストレートを捉えて、ライト前ヒットで出塁。

 2アウトながら一・二塁のチャンスになるが。


 続く4番の石毛は、やはりシンカーに翻弄されて三振。どうも勢いに乗り切れていないというか、やはり山田の攻略に苦戦していた。


 一方で潮崎の投球内容は良かったのだが。6回裏の聖毛学園の攻撃。

 9番からの下位打線だった。

 9番は、緩いスローカーブとツーシームで翻弄し、凡打に打ち取るも、続く1番バッター。


 初回と3回こそ抑えていたが、この1番が厄介なバッター、湯上谷ゆがみだに紗弓さゆみという2年生だった。

 ポジションはセカンド。


 俊足、好守、巧打のスイッチヒッターで、どこでも守れる器用さを持つ、ユーティリティープレーヤー。


 長い髪を背中で縛って、左打席に立つ。


 彼女にも、いつものように変化球主体でコーナーを突く投球をしていたが、粘られた上に、際どいコースを見極められて四球を与える。


 2番バッターの2球目。相手の1番、一塁ランナーがスタートを切る。

 潮崎のクイックモーション、渡辺先生の守備練習で強化していた伊東の肩を持ってしても、防ぐことができず、二塁はセーフ。


「足、速えっすね!」

 今日は投球予定がなく、ベンチで俺の傍に座って、試合を眺めていた工藤が思わず叫ぶくらい、確かに足が速かった。


 2番バッターは、直球とシンカーで翻弄して、ゴロに打たせるものの、それがセカンドの辻とファーストの吉竹の間くらいに転がる。


 辻は、難しい打球ながらも、何とか追いついて、これを一塁に送る。湯上谷は三塁に達して、一気にピンチになっていた。


 2アウト三塁で、3番の愛甲を迎える。


 去年の練習試合でも、この愛甲に打たれていた。

 その聖毛学園の最も警戒すべき、3年生にして主将の愛甲ゆかりが左打席に入る。確かスイッチヒッターで、広角に打ち分けられる能力を持っていたが、体つきが去年よりもがっしりとしていた。


 恐らく筋トレで鍛えたのだろう。その分、彼女は長打力が上がっていた。


 初球は、左バッターの愛甲の外から内に入る緩いスローカーブ。彼女がバットの先に当ててファール。

 2球目は、対角線上の胸元にストレート。


 愛甲は、これを体を斜めに傾けながらも、鋭く振り抜いていた。


ーカキン!―


 小気味いいくらいの、快音を残し、打球は大きく右中間を破っていた。内角の難しい球を、外野深くまで持っていくそのパワーは恐るべきものだった。


 三塁ランナーの湯上谷がホームに還ってきて、1点を還されて同点。


 まだまだ試合はわからなかった。


 試合の流れをどちらとも掴めないまま、意外な投手戦となった試合は、終盤へと向かって行くことになる。

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