第49話 綻びと希望

 工藤の加入によって、チームはいい方向に進むことを期待していたのだが。

 現実には、逆に作用してしまった。


 それが顕著に現れることになったのは、春季大会の後だった。


 その日、夏の甲子園大会県予選のシード権を争う、春季大会が開かれた。ここで優秀な成績、少なくともベスト8程度の成績を治めれば、夏の予選ではシード権を獲得でき、有利に働くのだが。


 ここでベスト8を決める一戦で、我が校は強豪で、何度も対戦している浦山学院と当たった。


 試合は、3-2の優勢で進み、9回裏の浦山学院の攻撃。

 2アウトランナー二・三塁で、エースの潮崎からスイッチしていた工藤が投げていた。


 その工藤が打たれたのは、外野への飛球。


 センターの羽生田、ライトの笘篠が追いかけるも、両者がぶつかって、落球。その間に三塁ランナーが還って同点。


 さらに、流れの悪さが加速した。


 2アウト三塁で、4番の3年生、大島がレフトへの飛球を上げる。


 レフトへ大きな飛球が上がるが、レフトを守る平野がまさかの落球でエラー。三塁ランナーが還ってまさかの逆転サヨナラ負けになる。


 勝利まであと一歩というところだった。



 試合後。

「あれは私が捕る球でしょう、羽生田先輩!」

「いや、あの場合は、私でしょ!」

 珍しく、語気を荒げて、笘篠と羽生田が言い争いになっていた。


 さらに、

「平野。てめえ、なんてところでエラーしてんだ? ナメてんのか。てめえのせいで負けたんだぞ!」

「ご、ごめんなさい」

 一方で、エラーによるサヨナラ負けが納得いかなかったのか、清原が平野に食ってかかっていた。


 どうにも工藤の加入以降、チームの結束が緩くなったというか、ギスギスしているように俺には感じるのだった。


(さすがにこれはマズい)

 そう思った俺は、ひとまず興奮している選手たちを落ち着かせる。


「やめろ、お前ら」

 と告げた後、


「他人のミスを責めるな。野球は9人でやるもんだ。誰か一人が悪いわけじゃない。そんなんだと甲子園なんて行けないぞ」

 だが、そう落ち着かせるつもりで言った一言に、彼女が言葉尻を突いてきた。


「なんなんすか、このチーム。バラバラじゃないすか? アホらしい。勝てるわけないじゃないっすか」

 当然、工藤だった。


 だが、俺には彼女にも言いたいことが山ほどあった。

「工藤。お前はいちいち突っかかりすぎだ。チームの和を乱すな」

 さすがに鋭い口調と目つきで、そうたしなめると、彼女は渋々ながらも黙った。


「みんな、どうしちゃったの。去年みたいな団結がないよ」

 チームリーダー、キャプテンの潮崎は、悲しそうな目つきでそんな彼女たちを見て、呟いていた。


 俺は溜め息を突いた後、

「仕方がない。合宿をやる」

 と、前々から思っていたことを口に出した。


「合宿ですか?」

「ああ。夏の県予選までに、お前らのチームプレーを何とかしないとな。これじゃ、工藤の言う通り、連携がバラバラだ。野球は、チームプレーが命だぞ。相手を責める暇があったら、自分が上手くなって、ちゃんと連携を取れるようにしろ」


 俺の鶴の一声で、合宿は決まり、県予選が行われる7月初旬前、つまり6月の土日に短期だが、行うことになった。


 時間もなかったので、場所は学校。

 だが、学校側に許可を取り、校舎に泊まり込んで、2日間、野球漬けになってもらうことにした。


 目的は、もちろん「チームプレー」の強化。

 なので、マネージャーの鹿取にも手伝ってもらい、二人一組の練習メニューを組んだ。


 主に守備間の連携を強化するためだ。

 ファーストの吉竹にはキャッチャーの伊東と。

 セカンドの辻にはショートの石毛と。

 サードの清原にはレフトの平野と。

 センターの羽生田にはライトの笘篠と。

 そして、ピッチャーの潮崎には同じくピッチャーの工藤と。

 残りの1年生コンビ、佐々木と田辺にも組んでもらう。


 ちょうど12人で、偶数で割れるから、これを基準に守備連携を強化する。

 同時に、2日目は、相手となる選手を適宜、入れ替える。


 とにかく、即席でもいいから、彼女たちには、きちんと「連携」を取ってもらわないといけない。


 また、泊りがけでというのは、もちろん野球以外でも親密になって欲しいからという意図もあった。


 こうして、合宿が始まった。


 合宿を見ていると、俺にはなかなか面白いことがわかった。


 それは、佐々木と田辺だった。


 共に新1年生で、佐々木は中学時代にはバレーボール部のエースだったらしい。田辺はソフトボール部のレギュラーとして活躍していた。

 つまり、二人とも運動神経は良かった。


 ある意味、先輩の平野や潮崎よりいい動きをしていた。


 佐々木は、長身で羽生田に似ている部分があったが、意外と足が速く、守備範囲も広いし、肩も羽生田ほど強肩ではないが、及第点だった。


 一方、田辺はソフトボール経験者の強みか、抜群のセンスを持っており、「内野ならどこでも守れる」と本人が言っていた通り、本職のショート以外にもセカンドも機敏な動きをするし、ファーストもサードもやらせてみたが、問題なかった。


 おまけに、オープンスタンスから繰り出すバッティングも、堅実というか、無駄のない動きで、長打こそ少ないものの、ミート力には確かなものがあった。


 俺は、練習の合間に彼女たち二人に声をかける。

「お疲れ。二人ともどうだ?」


 彼女たちは、まだ入ったばかりの1年生ということもあるが、元々がしっかりしたスポーツ経験者だからなのか、真面目に受け答えをしてくれた。


「お疲れ様です、監督。野球って難しいですね」

「そうですね。思った以上に苦戦してます」

 佐々木と田辺がそれぞれ答えるが、


「そうか? 佐々木は守備範囲広いし、田辺も守備は上手いし、バッティングにもセンスあるぞ」

 素直に褒めると、彼女たちは頬を緩めた。


「でも、外野は思っていた以上に動き回るので、大変ですね」

「ソフトボールの球と違って、小さいので打ちづらいです」

 それぞれ二人が感想を言っていたが、俺にはある意味では、彼女たち二人が一番の収穫に見えた。


 夏の大会後に引退する3年生、羽生田と辻。

 それぞれの後継者には二人は申し分ないし、鍛えれば、野球センスが開花しそうだ。


(自分でスカウトした工藤以外にも、優秀な二人が入って助かった)

 個人的にはそう思っていたし、夏の予選では、佐々木は足が速いので代走として、田辺は守備固めとしても、代打としても使えると思うのだった。

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