第48話 エース対決

 新学期。工藤の加入によって、少しずつ「変化」が出てきた女子硬式野球部。彼女のたっての希望で、練習試合を組むことにした。


 結果的には、この練習試合の相手にとっては「かわいそう」なことになるのだが。

 相手は、小川中央高校・ときがわ高校の連合チームである「小川・ときがわ連合」となった。


 この少子化の時代。前世紀末から続く少子高齢化の波により、児童数が減少しているため、1校では野球部自体が成り立たなくなり、連合するチームが多い。

 男子でさえ数が少ないため、女子はなおさらこういうことが起こるのだが、連合チームの常として、互いが集まる練習時間をなかなか持てないため、大抵は強いチームにはならない。


 この試合、俺はエース対決を見定めるため、1~4回を潮崎、5~8回を工藤、そして最後の9回を羽生田に、それぞれマウンドに立たせることにした。


 また、試合前に、工藤が言い放った一言がきっかけになった。

「なんで4番にこんな低打率の人を入れてるんすか?」

 清原のことだ。


 彼女は確かに、一発長打タイプで、長打率が高いが、打率や出塁率は低い。常々、危惧していたことだが、俺は彼女に改めて言われ、この試合、清原を初めて4番から下げてみた。

 また、スタメンも調整した。


1番(中) 羽生田

2番(二) 辻

3番(一) 吉竹

4番(右) 笘篠

5番(三) 清原

6番(遊) 石毛

7番(左) 平野

8番(捕) 伊東

9番(投) 潮崎


 硬式野球経験者で、俊足の羽生田を1番、出塁率の高い吉竹を3番、三振の少ない笘篠を4番、秋のマラソンでがんばっていた平野の打順を約束通り上げた。


 選手たちの反応は、悲喜こもごもだった。

「初めてクリーンナップですわ」

 勝ち気な性格のお嬢様、吉竹が大袈裟に喜び、


「やっと私が4番ね。まったく遅いよ、カントクちゃん」

 チーム一の目立ちたがり屋の、不思議少女、笘篠や、


「監督。約束通り、打順を上げてくれましたね。ありがとうございます」

 一番非力で、経験値の少ない平野も喜んでいたが、当然ながら、


「なんであたしが4番じゃねえんだよ?」

 4番を降格させられた清原は途端に不機嫌になっていた。


 ともかく、試合は始まった。


 先攻は我が校、後攻は小川・ときがわ連合。

 初回から我が校の新スタメンが機能する。


 1番の羽生田が四球で出塁し、すかさず盗塁を決め、2番の辻が手堅く送りバントを決め、1アウト3塁。


 相手校のピッチャーは、サイドスローの右投手だったが、スライダーとカーブくらいしか武器がなかった。


 3番の吉竹がセンター前ヒットで早くも先制。4番の笘篠はいきなりライトスタンドに2ランホームランを叩き込み、序盤で3-0となる。


 そして、「エース対決」が始まる。

 潮崎は、相変わらずの「のらりくらり」とした、変化球主体のピッチングで、緩いカーブとフォークをコーナーに投げ込み、決め球に遅いシンカーと速いシンカーの2種類を使い分け、次々と打者を翻弄し、ゴロに打ち取っており、4回までの投球で、打たれたヒットは相手チームの4番の1本のみ。四球は1つだった。


 5回表。

 1番からの新構成によるスタメンが初回と同じように機能し、2点を追加し、5-0となり、その5回裏から工藤がマウンドに上がる。


 そのピッチングスタイルは、潮崎とは真逆で、ストレート主体で強気にどんどん押していく。


 一見すると、ゆったりとした投球フォームから繰り出される最速120キロ近いストレートは、ノビがあり、癖のあるムービング・ファスト気味だから、相手バッターの芯をことごとく外す。


 さらに、有効なのがフォークで、ストレートと同じ投球フォームから繰り出され、速いスピードのまま打者の手元でストンと落ちる。

 そのため、相手にしてみれば、ストレートと思っていたのに、急に落ちてバットは空振ってしまう。


 あっという間に三振の山を築いていた。

 その投球スタイルも堂々としており、相手のインコースに強気に速球をぐいぐい投げ込んでいく。


 傍から見れば、こちらがエースと思われても仕方がないかもしれない。恐らく相手チームもそう思っただろう。


 だが、俺は見逃さなかった。

 彼女は、やはり制球がいまいちだった。6回裏だった。四球こそ潮崎と同じ1度だったが、コントロールが乱れ、甘く入った高めのストレートをセンター方向に運ばれた。


 打球はセンターとライトの間くらいに伸びていく。右中間を抜ける長打コースになると思った。


 だが、ここで思わぬ形で工藤が救われることになる。

 羽生田だった。

 不動のセンターにして、俊足・強肩を誇り、広い守備範囲を有する彼女は、ライトの笘篠が出遅れる中、一気にライト方向まで走り、腕を伸ばして、走りながらこれをキャッチしていた。


 ファインプレーだ。恐らく羽生田でなければ抜けていただろう。


 だが、それでも工藤はお礼すら言わずに、頭も下げずに、そのまま淡々と投げ込んでいた。


 結果的には潮崎と同じく1安打、1四球のみ。奪三振は、潮崎の2に対し、工藤は4と多かったが。

 9回は羽生田が無難に打ち取る。8回にも6番に入った石毛のソロホームランが生まれていたため、最終的に6-0で勝ちとなった。



 試合後。

「どうっすか、監督サン。やっぱあたしがエースっしょ?」

 いつもの偉そうな態度で、ドヤ顔を見せてきた工藤。


 対する潮崎は、おとなしく情勢を見守っているようだった。

 二人を並べて、俺は判定を下す。

 他のメンバーが見守る中、俺が下した決断は。


「やはりエースは潮崎だな」

 だった。


「はあ? 何、言ってるんすか? あたしの方が三振多かったじゃないすか」

 当然ながら、工藤は納得していないようだったが、もちろん俺には確固たる理由がある。


「工藤。お前の投球は悪くはない。だが、まだ制球が甘い。それに6回に外野に運ばれただろ? あれは羽生田じゃなければ確実にツーベースになっていた」

「んなもん、屁理屈っすよ。運の問題じゃないんすか?」

「屁理屈でも運でもない。野球の試合では、特に高校野球においては、たった1球が勝負を分けることになるんだ。そういう意味じゃ、潮崎の方が確実性が高いということだ」

 整然とそれらを並べ立てて説明するが、工藤は、


「……まあ、いいっす。いずれエースの座はもらいますから」

 それだけを告げて、彼女は足早に立ち去って行ってしまった。


「何よ、あいつ。マジで生意気ね」

「一回、潰して根性入れ直してやろうか」

 笘篠と清原から、共に不満の声と、物騒な声が漏れていたが。


 意外な人物が、それを否定していた。

「私は工藤さん、悪くないと思う」

 辻だった。


 普段、自分からはほとんど話さない、おとなしい子なのだが、彼女には彼女なりの理論があるらしい。


「なんでだ?」

 気になったので、問うと、


「野球って、結局、投手と打者の真剣勝負なんです。ああいう強気な性格の子の方がピッチャー向きです。潮崎さんには悪いけど」

 はっきりと辻の口からそう漏れていた。

 いわば、考え方としては、俺と辻は同意見だったのだ。


「そうですね。それに、どちらかというと『慣れ合い』でやっていたウチのチームにはいい刺激になると思います」

 今度は伊東までもが、そんなことを口に出したから、現在のエースは、


「ちょっと、梨沙まで。私、立場ないじゃん」

 不服そうだった。


「ごめん、ごめん。でも、唯は別の意味でいいピッチャーだよ」

 懸命にエースを持ち上げる伊東の姿が、少し痛々しいようにも見えた。


「でも、なーんか愛想ないよね。せっかく私がファインプレーしたのに、お礼もないしさ」

 ムードメーカーで、工藤の危機を救った形になった羽生田にとっては、当然ながら、面白くないのだろう。


「野球に愛想なんていらないよ。勝てればいい」

「まあ、辻ちゃんは確かに愛想ないけどね」

 羽生田の一言に、辻が突っ込み、羽生田が笑いながら応じる。なんだかんだで、この二人の3年生は息が合っている、いいコンビでもあった。


 だが、この「工藤」の加入によって、チーム内ではわずかながら「ほころび」が生まれ、そしてそれが広がることになろうとは、俺は思いもしなかったのだが。

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