第46話 才能の片鱗
冬。この季節は、高校野球で最も「イベント」が少ない。
春は、選抜甲子園や春季大会があり、夏は県予選大会に甲子園大会、秋は秋季大会に、明治神宮野球大会がある。
冬はそれらがない。
なので、みっちり練習に充てるにはいい季節だった。
ちなみに、明治神宮野球大会は毎年11月頃に行われるが、そもそも秋季大会の成績が良くなければこの大会には参加できないので、我が校にとっては、関係ないのであった。
俺は、この間、部員たちを鍛えると共に、スカウト活動も遅まきながら開始した。
高校野球では、名門や強豪と呼ばれる高校では、どこもやっているが、中学生の中から、将来有望そうな野球経験者を見つけて、翌年に入学、ひいては部への参加を打診する。
この辺は、ある意味、プロ野球と変わらないくらい、スカウト活動を熱心にやる高校もあるくらいだ。
もっとも我が校は、夏にはベスト8の好成績を残していたが、それ以降はさっぱりだったし、せいぜい秩父第一高校の男子野球部に勝ったことくらいしか「話題」がない。
どうしたものか、と思った。
俺は、渡辺先生に部員たちの強化訓練を任せて、スカウトに出かけることにした。
生徒たちはきっと嫌がるが、「ノックの鬼」の彼女のお陰で、最近、部員の足腰は着実に強化されてきていた。
念の為に「二遊間の強化」、「バックホームの強化」、「捕手の強肩対策」を重点的に指示しておいた。
向かったのは、秩父市内のとある中学校。
俺の中では、そんなにめぼしい情報もないし、野球関係者とも付き合いがそれほどなかったから、コネや情報源はなかったのだが。
秋山校長が、有望株の中学生女子がいると教えてくれた。
秩父市内、西武秩父駅にほど近い、秩父中央中学校。ただの公立中学校で、小さな秩父市内のど真ん中にある中学校だったが。
ここで、その日、軟式野球の練習試合が行われるという情報を校長から教えてもらったのだ。
そして、ここでその「才能」と直面する。
中学校のグラウンドに、許可をもらって入り、グラウンドの端の小高い土手のような部分から試合を眺めていると。
校長から教えてもらったその子がマウンドに立っていた。
身長は155センチ程度。シャギーボブヘアーが特徴的で、釣り目がちな目が、まるで猫のように見える。
そして、猫のように俊敏だった。
「速い」
思わず呟いていた。
小柄な体格ながら、ゆったりとした、一見脱力したような投球動作から、リリースの瞬間に力を爆発させているように見えた。
その手から投げられたボールの速さは、潮崎をはるかに上回り、羽生田にも劣らないだろう。女子としてはかなり速い部類に入る。
しかも
野球では、左腕のピッチャーというのは、それだけで貴重な戦力になる。その上、彼女は速球を主体とする投手で、三振を奪える能力がある。ウチの部にはいないタイプだった。
スリークォーター気味の投球フォームから繰り出す速球にはノビがあり、よく見ると打者の手元で小さく動いていた。
球種は、その癖のあるストレートと、スライダー、フォーク。
見ていると、投球を内と外に投げ分け、対角線上に投げ入れる「クロスファイヤー」を有効に使い、次々に三振を奪っていた。
さらに、フォークが思ったよりも変化する上、速球とあまり変わらない速度から変化するので、打者が対応できていなかった。
しかも、マウンド度胸が並みでなく、打たれても堂々としており、というより「強気」に見えた。
マウンド度胸も抜群で、相手のインコースに
「
校長から提供された資料にある通り、この学校の3年生。つまり、来年春には高校に入る。
性格的には、見たところかなり
こういうスカウトの時は、大抵、相手の「性格」も見て、チームに馴染めそうとか、明るいとか、元気がいいとかも見て、総合的に判断するらしいが。
むしろ俺には彼女が「有望」に見えた。
要するに、あの性格は「ピッチャー向き」なのだ。
ピッチャーというのは、
そのことを俺は経験として、知っていたし、実際にそういうピッチャーには何人も会ってきた。
試合が終わった後、許可を取って彼女と対面してみると。
「はあ。なんすか?」
不機嫌そうな態度で答えを返してきた。見た目通りの生意気そうな態度だった。
(これは面白い)
俺は逆にわくわくしていた。
つまり、この手の性格の悪さなら、逆に他の高校のスカウトの目に引っ掛かってもスカウトされない可能性がある。
ならば、言い方は悪いが今のうちに「
「君、工藤さんだよね。来年、ウチの高校に来ない? 一緒に野球やらないか?」
軽くスカウトしたつもりだったが、その子は、その特徴的な釣り目で、俺が渡した名刺を睨みながら、
「武州中川高校っすか? ってか、めっちゃ弱いところっすよねえ。あたしはもっと強いところで野球やりたいんで」
と難色を示していたし、遠慮の
まあ、これもある程度は予測の範囲内だ。そもそも埼玉県内に数ある強豪校の中では、明らかにウチは浮いているし、たまたま勝っただけのようなものだし、部員数も圧倒的に少ない。
「でも、君のあのストレートは素晴らしいよ。多分、回転かかってるよね?」
俺がすぐに気づいたことに、彼女の目は驚きの色を見せて、眉を少しだけ動かしていた。
「そうっす。ムービング・ファストっす」
それを聞いて、納得した。ムービング・ファストボール。日本では古くから「
ただの直球ではないと思ったが、彼女の才能の片鱗を見るには十分だったし、中学生の球とは思えないほどだった。
「ウチは小さい学校だから、君みたいな才能を持っていれば、すぐにエースになれるんじゃないかな」
少し盛りすぎなくらいに褒めてやったら、さすがに「才能」という言葉に反応したのか、彼女は少し考え込む素振りを見せ、
「うーん。まあ、気が向いたら考えてもいいっす」
相変わらずの強気で、偉そうな態度で、渋々ながらも答えを返してきた。
(やっぱダメか)
ウチのような小さな高校では、なかなかスカウトも上手くいかないし、将来有望な生徒も来てくれないのか。
その時は、そう思った。
だが彼女こそが、後に「波乱」をもたらすことになるのだ。
なお、渡辺先生に頼んでいた「鬼の特訓」は、意外にも功を奏していた。
「二遊間の強化」は、セカンドの辻とショートの石毛が、以前にも増して連携プレーが出来るようになっていた。
「バックホームの強化」は、センターの羽生田以外の肩を強化する目的があったが、ライトの笘篠、レフトの平野も以前よりは、少しだが肩が強くなってきていた。
「捕手の強肩対策」は、あまり肩が強くない伊東に課した課題だが、根が真面目で、堅守を誇るキャッチャーの伊東は、渡辺先生から「肩甲骨の強化」と「キャッチ後のスローイングの俊敏さ」のコツを教わったらしい。
なんだかんだで、渡辺先生は厳しいが、その分、確実に教えていた。
もしかしたら、俺より教えるのが上手いのかもしれない。
生徒たちからの評判は、今でもあまり良くなかったが、それでもきちんと強化をしてくれるのは、正直、助かっていた。
年が明けても訓練は続き、少しずつだが、着実にパワーアップする我が校の女子硬式野球部のメンバーたち。
そして、あっという間にまた春がやってくる。
二度目の春が来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます