第43話 決着
予想以上に激しい点の取り合いになり、一点差を争うゲームになった、この「運命」を決めるような一戦は、ついに延長戦に入る。
試合は、高校野球の地方大会、甲子園の試合形式と同じく延長15回まで。13回からはタイブレーク制になる。
羽生田のスタミナがどれくらい持つか、という問題もあるので、俺としては13回より前には終わらせたい。
というよりも、タイブレークになれば、ランナーを背負った状態になるから、恐らく力が弱いこっちが不利になる。
10回からは試合が、再び膠着状態に入る。
さすがに、ここまで来ると、我がチームの実力を認めたのか、相手の秩父第一高校の男子たちも、目の色を変えて、真剣に試合に臨んでいた。
替わった相手のピッチャーは、それなりにスピードボールを持っていたし、こちらの羽生田もまた、いつも以上に調子がいいようで、ツーシーム気味のストレートにノビがあり、カーブやスプリットもキレが良かった。
結局、試合は12回表まで進む。
延長に入ってから、ずっと三者凡退に抑えられてきた我がチーム。
その回の先頭バッターは5番の石毛からだった。
石毛はいつものように、神主打法で打席に入っていた。
そして、初球のツーシームを捉えた。恐らくは彼女の「理論」でもある、剣道の「間」を使ったのだろう。
タイミングがバッチリ合っていた。
―キン!―
綺麗な快音が響く。
打球はセンターへ上がる。
(これは行ったか)
と思ったが。
不運なことに、風向きが延長に入ってから変わっていた。先程までの内野から外野に吹く風とは逆に、センター方向からホーム方向になっていた。
その風に押し負ける形で、戻され、フェンス手前で落ちて、センターフライ。
「惜しい!」
と、叫ぶ潮崎。溜め息を漏らすベンチのナイン。
続く6番の羽生田。この日の彼女はどこか「違って」見えた。
野球選手には、誰しも「調子」というのがある。辻のように好不調の波が激しい奴もいるが、大抵誰でも調子がいい時と、悪い時がある。
この日の羽生田は、それが「好調」の日だったようだ。
守備はもちろん、打撃でも見せていた。
恐らく球がよく見えていたのだろう。
あまり長打を打たない彼女が、思いきりフルスイングしていた。
打球はライト線に大きく上がるフライ。
だが、その打球の行方は、丁度ライト線のファールライン際に伸びていた。相手のライトが追い付こうとするも、そのグラブをすり抜けるように、フェアに落ちた。
長打コースになり、俊足の羽生田は一塁ベースを蹴って、二塁へ。ツーベースになった。
「ナイバッチ!」
1アウトながら、ランナー二塁。恐らくこれが最後のチャンスだろう。
そう思われる中、打席に向かうのは7番の伊東。
その伊東が、いつも通り、冷静に見える眼鏡の奥で、静かに何かを決断するかのように、一人頷いて打席に入って行った。
1球目は高めのボール球。見送ってボール。
2球目は、一点して真ん中のフォークボール。落ちるのを予測していたのか、見送ってボール。
3球目は、内角低めのツーシーム。
難しい球だった。
―カン!―
珍しいくらいに、伊東のバットから快音が響いていた。
だが、打球には勢いがなく、レフトにふらふらと上がるフライになっていた。
(捕られる)
と思っていたが、ここでも「風」が味方となる。
レフトへ上がった当たりが、強い風に流されて、サード方向へ。サードとレフトが追いかける。
微妙な当たりだったが、それがレフトの手前に落ち、ポテンヒットになる。
しかも羽生田は、まるで予測していたかのように、思いきり走っていた。
三塁ベースをすでに蹴っていた、羽生田。
慌てて返球するレフト。
レフトから鋭いバックホーム返球が飛んでくる。
タイミング的には、難しいと思われたが。
滑り込む羽生田、ブロックする相手キャッチャー。恐らくタイミング的には普通ならアウトだろう。
だが、
「セーフ!」
見ると、相手のキャッチャーが落球していた。
運も味方につけた彼女たち。相手のエラーも誘っていたのだろうか。
5-4となる。
「羽生田さん、ナイス!」
スタンドから阿波野の声が聞こえてきた。
「GOGO、武州中川!」
「勝てるぞ!」
三塁側スタンドは、この一撃に大盛り上がりで、歓声とブラスバンド演奏が交錯し、興奮の
8番の潮崎と9番の平野は倒れるものの、ついに1点を勝ち越した。
12回裏。
マウンドに上がる羽生田。
最後の最後まで、彼女は「調子が良かった」。
同時に、相手は7番からの下位打線だったことが幸いした。
「ストライク! バッターアウト!」
先頭の7番を速いツーシームで追い込み、スプリットで空振り三振。
8番をスプリットで詰まらせてキャッチャーフライ。
そして、9番バッター。
伊東のリードもあったが、初球からスプリットを投げ、今度は対角線上にクロスファイヤーになる形で、ツーシームを投げ込んで、一気に追い込んでいた。
4球目だった。
最後は、カーブが相手の外角からボール気味に切り込んで行った。
直前の速いツーシームとは緩急がついた、緩いカーブだった。それは恐らく潮崎から学んだものだろう。
タイミングを狂わされた相手バッターが、それでもバットを振った。
打球はセカンドゴロ。
守備の名手の辻が、簡単にボールをさばき、一塁へ。
ヘッドスライディングを敢行した9番だったが、判定は。
「アウト!」
試合終了となった。
「よっしゃ、勝ったで!」
スタンドから、自分のことのように喜ぶ中村の声が聞こえてきた。
「ありがとうございました!」
整列して、挨拶をするナイン。
明らかに気落ちしている、秩父第一高校の男子の姿が特徴的だった。
試合終了後。
俺は、テレビ局からインタビューを受けていた。
「女子が男子に勝つなんて、すごいですね」
「いえ。彼女たちの努力の
相手は、地元のローカルテレビ局か、ケーブルテレビの人間かと思ったら、全国規模の有名なテレビ局だという。
ということは、この放送も全国に流れているのか。
俺が思っていた以上に、注目を浴びているようだった。
「これをきっかけに、女子野球の新しい大会が開かれるかもしれませんが、参加はしますか?」
そんなことは初めて聞いたのだが。
「検討します」
とだけ答えを返しておいた。
そもそも彼女たちが参加できるかどうかもわからないし、高校野球では各種の大会があるから、忙しいのもある。
インタビューを終えて、球場の外に出ると。
「なんで女子に勝てねえんだよ。てめえら、真面目にやってたのか?」
球場の外の一角で、叫ぶ声が聞こえてきた。
見ると、秩父第一高校の男子硬式野球部の主将、原が部員たちに怒気をぶつけていた。
ある意味、あれはあれで部員たちがかわいそうな気がするが、俺には口を出す資格はないだろう。
そう思い、スルーしようとしたら、
「やめて下さい」
それを見て、近づいて、突っかかって行ったのが、潮崎だった。
「あん? 部外者が口挟むんじゃねえよ」
いきなりその、原に物凄い視線で睨まれていた潮崎だったが、彼女がひるんだ様子はなかった。
「何、言ってるんですか? 一緒に野球をやるという意味では、部外者じゃありません。仲間です。私たちもあなたたちも、一生懸命野球をやった。だからいいじゃないですか?」
「んなこと、てめえに言う資格あんのかよ? 仲間だあ? 何、甘いこと言ってやがるんだ? 野球なんてもんはなあ、お遊びじゃねえんだ」
すっかり頭に血が上っているのか、原は煮えくり返るような思いを、彼女にぶつけてきた。
「野郎……」
それを見て、血の気の多い清原が突っかかろうとしていたから、俺は渋々止めに入ろうとしたのだが。
「原。もういいだろ。彼女の言う通りだ」
意外な人物が、原を止めていた。篠塚だった。チームメイトであり、3番を打っていた彼。彼の打撃にはやられており、いっぱしの高校球児だった。
それどころか、苦手なコースも、その逆も打たれたのだ。
「篠塚。てめえ」
「俺たちは、真剣勝負をして負けたんだ。素直に、彼女たちを認めろ」
鋭い目線を、主将の原に向けていた。
しばらく二人は睨み合うかのように、無言で対峙していたが、やがて、
「ちっ」
明らかな舌打ちをして、原は一人、足早に立ち去って行った。
「すまなかったね」
その篠塚が、礼儀正しく、潮崎に頭を下げていた。
「いえ。私は気にしてません」
「君たち、強いね。まさか俺の球があそこまで打たれるとは思ってなかった」
今度は桑田が声を上げる。相手のエースピッチャーだ。
「あなたたちも強かったです。いい試合でした」
潮崎の代わりに、いつの間にか傍に来ていた伊東が返していた。
「秩父第一と合併したら、面白いチームになっていたと思うけどなあ。それでも君たちは母校を救ったんだ。おめでとう」
篠塚に祝福の言葉まで投げかけられていた。
「そうそう。ウチにも女子野球部があるからね。いずれ対戦するかもしれないね」
桑田まで、彼女たちにそんな情報を与えていた。
秩父第一の女子硬式野球部。当たったことはないが、いずれ対戦するかもしれない。
あの原という男は、どうもいけ好かないし、他の部員の連中の中にも俺たちをバカにしている奴らがいたが、少なくともこの篠塚や桑田はしっかりと彼女たちを認めてくれた。
それだけでも価値のある試合だと思うのだった。
こうして、廃校の危機は去った。だが、それは結局、「一年延期」という事態になっただけであり、廃校自体がなくなったわけではなかったのだが。
それでも、ひとまず「男子」との対決を見事に制した彼女たちの成長を、俺は誇らしく思うと同時に、また来年もこの学校で、そして彼女たちと野球ができるということに安堵と、期待を胸に抱くのだった。
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