第31話 ライバル(後編)
8回表、1アウトランナーなし。
打席に迎えるのは、再び中村遥。
俺は勝負させる。
潮崎と伊東のバッテリーは、さすがに警戒したのか、先程とは違う「攻め」を見せる。
先程は、右バッターの中村に対し、バックドア気味の低速のシンカーを投げて打たれていた。
初球は、右打席の胸元から鋭く曲がる高速シンカーから入った。相手がのけぞるようなボール球だ。これで内角に意識を集中させた上で。
2球目は、対角線上の外角に緩いスローカーブを入れてタイミングを狂わせる。中村は思わずバットを振ってしまったのか空振り。
3球目は、内角の低めにフォークボール。
―カン!―
ストライクゾーンギリギリに入った、その球をそれでも中村は打ち返して、一塁線にわずかに切れるファールを放つ。
打球が、ファールゾーンの壁に当たり、すさまじい音を立てていた。
(恐ろしいスイングだ)
改めて見ると、この中村のバットは、通常よりも重い物のようだった。
しかも、その重いバットを軽々と振り回していた。
さらに言うと、彼女の打ち方は、一見力任せに見えるが、まるでバットをしならせるように振り回している。
決して、力だけで持っていくわけではない、ホームランバッターとしては、理想形に近い綺麗なスイングを描いていた。
カウントは1ボール2ストライクと追い込んでいる。
4球目。再び内角の、今度は低めに高速シンカー。ストライクからボールに入り、鋭く変化するも、中村は見極めてボール。
5球目。外角の低めにツーシーム。わずかに外れて、中村は振らずにボール。
ついにフルカウントになる。
二人の攻防はまだ続いていた。
6球目。内角にフォークボール。だが、潮崎の球の中では、変化が少ない球だ。
再び打撃音が轟く。
大きく弧を描いた球が、レフトのポール際まで伸びていた。
「ファール!」
わずかにファールだったが、危ないところだった。
中村は狙っていたのだろうが、フォークにわずかにタイミングがズレていた。
7球目。再び外角に逃げる緩いカーブが入るも、それを強引に叩きつけて、三塁線にファール。
そして、運命の8球目。
内と外を投げ分け、緩急をつけた勝負をしていた潮崎の球は、ストレート。それが内角に入る。
変化球主体の彼女が、珍しくストレートで勝負に行っていた。それが伊東の判断か、潮崎が望んだのかは、わからなかったが。
それでも、ノビのある直球で、直前の緩いカーブとの緩急はついている。
しかも、内角球は体が自然と開くから、打者にとっては、非常に打ちづらい球だ。
―バキン!―
すさまじい打撃音が、フルスイングした彼女のバットから響いた。左足を軽く上げて、タイミングを取り、バットを木のようにしならせたバッティングだった。
中村は打った後に、完全に振り切っており、バットを放り投げていた。
ボールの下からすくい上げるように綺麗に打った打球は、今度はセンター方向に伸びていた。
しかも、もうこの時点で、中村は勝ち誇ったように笑顔を見せて、見上げており、歩いてすらいなかった。
打球は、ぐんぐんセンター方向に伸びていき、空に綺麗な放物線を描いている。センターの羽生田が懸命に走るも、フェンス際で見上げていた。
無情にもそのままバックスクリーンへ吸い込まれるように当たっていた。
「うぉおー! 中村!」
「最高!」
その芸術的とも言える、2打席連続のホームランに、三塁側は大騒ぎになっており、すでに試合に勝ったかのように、はしゃぐ声、嵐のような歓声に包まれる。
中村はようやくゆっくりとダイヤモンドを一周して、ホームに還ってきて、次のバッターとハイタッチをしていた。
2-1。得点としては、わずかに一点差だが、2打席連続で完璧に打たれたホームランといい、残りイニングといい、あまりにも衝撃的な内容だった。
続く8回裏。
西崎の球威は未だ衰えず、それどころかさらに磨きがかかったかのように伸びてきており、しかも下位打線の7番からの我がチームは、完全に「手も足も出ず」の状態で、三者連続三振を喫して、ついに西崎の奪三振数は、13個になる。
9回表。
マウンドに向かうのは、潮崎。
「大丈夫か?」
一応、最後になるかもしれないマウンドに向かう前に、彼女に声をかけるが。
「大丈夫です。きっちり抑えてきます」
その表情は明るく、楽しそうで、まだまだ投げたりないようにも見えた。彼女本来の「楽しんで」投げる姿勢が
俺は、安心してマウンドに送り出した。
そして。
「ストライク、バッターアウト!」
いつもは打たせて取るピッチングが身上の彼女の投球だが、その回はボールが走っていて、制球も良く、さらにシンカーが冴えていた。
6番、7番、8番を連続で三者三振。
「すごいです、潮崎さん!」
「ナイピ!」
ナインが還ってきた彼女に声をかける。
まだ、諦めていないナインは、9回裏、最後の攻撃に入る。
打順は1番、吉竹からの好打順だった。
西崎に苦しめられ、セーフティーバントの出塁のみで、しかも盗塁を失敗していた吉竹。
左打者の彼女から見れば、外側から向かってくる外角のスライダーを逆らわずに振り抜いていた。
「ショート!」
打球は詰まりながらもショート方向に伸びていく。
アウトかフェアか、ギリギリの、だが面白い打球になった。
ショートがグローブを伸ばすも、ギリギリで届かずにフェアに落ちて、ヒット。
「吉竹ちゃん!」
「ナイバッチ、愛衣ちゃん!」
最後の最後にヒットを打つ彼女。やはり初心者とは思えないセンスだった。
2番の辻。
この状況ではあるが、ノーアウトで、次のバッターが笘篠であることを考慮して、俺はバントのサインを出す。
初球からバント。
だが。
バントが上手いはずの辻が、珍しく「しまった」というような表情をしていた。
真っスラ気味のストレートに詰まった打球が速い勢いでファーストに打ち上っており、ファーストが難なく掴んでいた。
しかも飛び出した吉竹も捕まって、アウト。
一気に2アウトでランナーなし。完全に追い込まれた我がチームのベンチが暗いムードに包まれる。
ついに追い込まれた形になり、3番の笘篠。
その笘篠は、「当てる」ことには天才的センスを見せていたが。
それでも、今日の西崎の投球は、彼女を上回り、簡単に2ストライクまで追い込まれていた。
1球外した後、ついに投じられた外のスライダーに空振り三振。
終わったと思ったが。
「走って! 天ちゃん!」
「笘篠、走れ!」
ベンチからナインが叫ぶ。
キャッチャーがボールを後逸していた。
守備が固いチームだったが、初めてのパスボールだった。つまり、「振り逃げ」だ。
笘篠が慌てて、一塁に走る。
ようやく拾ったキャッチャーが一塁に送球するも。
「セーフ!」
2アウト一塁。
そして、ここで4番の清原。試合はまだわからなかった。
今日の清原は、西崎のスライダーに苦戦して、2打席連続で三振を喫している。
どうなるか、と思ったが。
初球は外ギリギリのスライダーを見送ってボール。
2球目は、緩いカーブが内から外に入るが。
―ブオン!―
すさまじい風音が聞こえるようなスイングだったが、空を切ってストライク。
3球目は、内角の高めにストレート。もちろんあの変化する真っスラ気味の球で、球速は115キロを計測していた。
―ガキン!―
無理矢理な形で、窮屈ながらもスイングした清原の打球がライト方向に伸びるが。
「ファール!」
一塁側スタンドに入った。
1ボール2ストライクと追い込まれる。
そして、4球目。
内角低めに鋭いカットボールが入る。西崎の決め球だ。
―キン!―
それでも芯を捉えたような打球音と共に、ボールが強烈なスピードでショートとセカンドの間を飛んでいく。
(抜けた!)
これは長打コースだ。
と思った。
ところがショートの相手選手が、この難しい当たりに反応し、思いっきり横っ飛びにジャンプしており、
「アウト!」
飛び込んで、ほとんど曲芸のような形でアウトを取っていた。
守備に関しては、やはりレベルの違いが出ていた。
試合終了。1-2。最後の最後に意地を見せたものの、こうして試合は幕を閉じる。
彼女たちの「夏」は終わった。同時に、それは廃校が現実味を帯びてきて、彼女たちの「目標」が失われた瞬間でもあった。
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