第28話 超高校級

「ありがとうございました!」

 試合は7-6と僅差で勝利し、我が校は創部以来初の準々決勝行きを果たすことになる。


 すでにこの時点で、ベスト8入りを果たしている。

 初心者が半数以上で、人数もギリギリの女子硬式野球部のまさかの快進撃だった。


 相手の花崎実業は、古豪とはいえ、強豪校。

 しかもこれで3年生の夏は終わる。

 主砲で、4番の3年生、藤井ことりが泣いていた。彼女の夏は終わったのだ。


 それを横目に見ていた潮崎が、

「これで彼女の夏が終わるんだね。何だか寂しいなあ。もう少し対戦したかったなあ」

 と呟いていた。


 彼女にとって、せっかく当たる有力なライバルたちが、ほとんど3年生だから、一度の対戦で終わってしまうのが寂しいようだった。


 その気持ちはわからなくもない。

 潮崎自身が、野球をどちらかというと「楽しんで」やっている節がある。「好きこそ物の上手なれ」を地で行く彼女らしい。


「いやー、それにしても勝ててよかったー」

 羽生田が嬉しそうに口に出していたが、


「お前は、ちょっと打たれすぎだ」

 満塁ホームランまで打たれていた彼女にそう返すと、


「ごめんごめん。でも、あのバッターはマジですごかったよー。それに私、ちゃんとタイムリー打ったじゃん」

 相変わらず、緊張感のない明るい声が返ってきた。落ち込まないムードメーカーな彼女は貴重だが、どうも反省してないようにも見える。


 だが、それでも投手としては二人しかいないのが現状だ。

 出来れば、もう少し三振が取れる、速球に強みがあるピッチャーが欲しいと改めて俺は思うのであった。



「お疲れ様でした。いい試合でした」

 試合後に、相手チームの堀監督と挨拶を交わす。


「いや、奇跡的に勝ちましたよ。ハラハラしました」

 と俺が緊張と共に投げかけると、彼女はある有名なセリフを引用した。


「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、ですよ」

 それは、かつて活躍した名捕手にして、名監督のあの人の言葉だった。


「ありがとうございます」

「次も楽しみにしてますね。それと、これはプレゼントです」

 そう言って、彼女が渡してくれたのは、一冊のノートだった。


 そこには、それまで花崎実業が戦ってきた相手高校のデータが載っていたが、すごいのは、それだけでなく、埼玉県内の有名な高校の女子野球部のデータまでもが詳細に記載されていた。


 これを有効に使えば、甲子園への道が近くなる。

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げ、彼女に礼を言って、別れた。



 だが、その次の相手は。

「ここで迎えるは、4番の中村」

 準々決勝までは、中1日という日程だったが、その日の別の試合が気になっていた部員たちが、学校に戻り、部室に戻るとすぐにネットで動画を見ていた。


 それは、4回戦の別の試合。この試合の勝者が、次の準々決勝の相手となる。

 試合は、春日部共心かすかべきょうしん高校対埼玉境さいたまさかい高校との一戦。

 どちらも、強豪校として知られているが、特に春日部共心高校の4番がすごかった。


 身長が174センチ、大柄な体躯で一際存在感を放つバッターで、狭いスタンスでバットを上段に構え、足を軽く上げてタイミングを取るのが特徴的なバッターだった。


「あ、この方。ニュースで見たことありますわ。確か、超高校級と騒がれていたスラッガーで、中村遥なかむらはるかさん、だったかしら」

 その吉竹のセリフの直後。


 1アウト一・二塁の場面で。

「打った! 大きい!」

 その中村がバットをフルスイングしていた。アナウンサーが興奮気味に大袈裟なくらい声を張り上げる。


 しかも、中村は打った直後にそのバットを豪快に放り投げていた。

 すでにホームランを確信したかのように、勝ち誇った表情を見て、

「何、こいつ。カッコつけてんじゃねーよ」

 笘篠が画面の向こうに対抗心を抱くように、口汚く罵っていたが。


 そのバットのスイングスピードは恐ろしいほどに速く、そして正確にバットの芯でボールを捉えていた。

 まるでピンポン玉を打ち返すかのように、打球はぐんぐん伸びてスタンドイン。

 球場が歓声に包まれていた。


 その打ち込みの速さ、正確な打撃力と長打力。

(これはマジでヤバい)

 かつては一応、高校球児として甲子園にも行ったことがある、ピッチャー出身の俺の頭が警鐘を鳴らしていた。

 あれは、間違いなく本物の「スラッガー」だ。


「これは手強いですね。恐らく、大島さんや藤井さんよりも実力は上です」

 冷静な判断力を有する伊東が、いつになく難しい顔をしていた。

 彼女はこの大会の予選で対戦し、いずれもホームランを打たれてきた、浦山学院の大島、花崎実業の藤井よりも脅威とみなしていた。


「しかも、まだ1年なんですって。怖いですよね」

 今度は、平野が呟くが。


「中村さんか。早く対戦してみたいなあ」

 1人、潮崎だけは、キラキラと目を輝かせて画面を見つめていた。


 今まで、強打者で言えば、2年生や3年生ばかりと対戦してきた彼女。ようやく訪れるようとしていた中村という「ライバル」の出現に、燃えると共に心を躍らせているようだった。


 そして、その中村がいる春日部共心が5-2で埼玉境を破り、準々決勝に進出。


 しかも、明後日の対戦相手となった。


 春日部共心は、昨年の夏の埼玉県予選優勝校だった。毎年のように勝ち上がる甲子園常連校にして、強豪で、女子硬式野球部の部員は100人以上もいるらしい。

 おまけに、積極的に外部からも人を呼び込んでいるらしく、この中村という選手も、関西からの野球留学組だという。


 そこで、残り1日は、その春日部共心対策として、先日貰い受けたデータが記載されたノートを参考に、対策を練るためにも練習をした。


 春日部共心の試合を想定し、ケースノックをする。

 そして、対策を話し合う。


 伊東と、マネージャーの鹿取が中心になって、披露した情報によると。

「1年生ながら4番を打つ中村さん。彼女はもちろん別格に要注意ですが」

 と前置きした後、伊東が語る。


「2年生の3番、松永まつながさんも全国クラスの実力者です。リストの柔らかさが抜群で、広角に打ち分ける技術は、プロ注目の超高校級だそうです」


「2年生エースの西崎にしざきさんもすごいですね。最速115キロ。カーブ、スライダー、フォークを投げ分け、決め球はカットボール。こちらも超高校級です」

 鹿取が補足する。


 もはや超高校級のオンパレード状態だ。

 これは、さすがにウチのチームじゃ相手にならない。


 そろそろ負ける時がきたか。

 彼女たちはもちろん負ける気などないだろうし、負ければ廃部どころか、学校がなくなるという危機すらあるのだろうが。


 俺個人としては、本当にそろそろ「負ける」気はしていた。

 がんばってきた彼女たちには悪いが、何しろ、今までが「奇跡」のようなものだと思っていた。


 そして、奇跡はそう何度も起こらない。

 ただ、彼女たちを信じて、戦うしかないのだが。

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