第29話 ライバル(前編)
そして、ついに迎えた準々決勝。ベスト4を決める一戦。
舞台は、前回と同じく、さいたま市営大宮球場だった。夏の甲子園大会出場までの残り試合は全部で7試合になる。残り3つ勝てば甲子園出場が決まる。
試合前。
さすがに準々決勝の大一番を迎え、球場にはたくさんの観客が入っていた。
女子高校野球ファン、補欠組の野球部員、選手の父兄たちなど。そして、一塁側スタンドには、我が校の吹奏楽部が応援に駆けつけ、男子野球部員たち、さらに秋山校長や渡辺先生、さらに他の教員の姿もあった。
「天ちゃん!」
そして、例の笘篠応援団。50人以上はいるだろうか。
「ありがとー!」
空々しいほどの、あざとい笑顔で手を振る笘篠。
エースの潮崎はこの大勢の観客の中で、緊張しているかと思っていたら。
「来てくれてありがとう!」
スタンドに向かって、手を振っていた。
見ると、彼女の友達らしき女子生徒が制服姿で何人か来ているようだった。
ここまで来ると、注目度も高く、テレビ局の中継も入る。ケーブルテレビ、地元の民放、スポーツキャスターかライターらしき姿も見える。
そんな中。
「あんたが、武州中川のエースか。随分小さいんやな」
相手の注目スラッガー、中村遥がふらりと一塁側ベンチに現れ、潮崎に特徴的な関西弁で、声をかけていた。
大きい。身長158センチの潮崎に対して、15センチ以上も大きい174センチもあり、しかも体格もいい、筋肉質の女性で、短く刈ったベリーショートの髪が目立つ。目つきが鋭く、同時に貫録さえ感じさせる雰囲気があった。
「あなたが中村さんだね。今日の対戦、楽しみだよ」
呑気に答え、無邪気に微笑んでいる潮崎であったが。
「春日部共心の監督、
挨拶に来た監督は、さらに俺を驚かせる。
若かった。データによると、年齢は28歳。艶のあるストレートヘアーと、目鼻立ちも整った美人で、俺は緊張しながらも、
「よろしくお願いします」
とかろうじて挨拶して、握手する。
女性らしい、柔らかい手で、全身からいい匂いが漂っていた。およそ高校野球には似つかわしくない雰囲気だった。
試合前のミーティング。
俺が打順を発表する。
1番(一) 吉竹
2番(二) 辻
3番(右) 笘篠
4番(三) 清原
5番(遊) 石毛
6番(中) 羽生田
7番(捕) 伊東
8番(左) 平野
9番(投) 潮崎
今回は、オーソドックスに決めたが、実は重視したのは、「出塁率」だ。
野球の「打」において、個人的にこれが一番大事だと思っているからだ。
出塁率とは、安打+四球+死球÷打数+四球+死球+犠飛で計算される。打者を評価する指標の一つであり、これは、文字通り、「塁に出る割合」の高さを表す。
ヒットでなくても、四球や死球で塁に出てもこの率は上がる。
野球とは、とどのつまり塁に出さえすれば、得点に繋がる。逆に言うと塁に出ないと得点には繋がらない。ホームランを除いてだが。
その観点から見れば、マネージャーの鹿取のスコアブックを見る限り、練習試合も含むこの数試合で一番出塁率が高かったのが、笘篠だった。
野球初心者のはずの彼女は、驚異的な努力と、野球センスでそれを覆し、すでに経験者の辻や羽生田にも勝るほどの出塁率を見せていたため、3番に起用する。
そして、試合開始直前。
俺は、潮崎には聞こえないように、こっそりと伊東をベンチ裏に呼んだ。
作戦を伝えるためだ。
1人で現れた彼女に言った一言は、
「潮崎には悪いが、ランナーがいる場面では、中村とは勝負しない。すべて敬遠する」
だった。
反対されるかとも思ったが、
「わかりました。私も監督の立場なら同じことをします」
彼女はあっさりと肯定してくれるのだった。眼鏡の奥の目がいつも以上に冷静に見える。
「反対しないのか?」
「しませんよ。勝つためには、それが一番確実ですからね」
やはり彼女は、冷静な司令塔的な役割を果たす、優秀なキャッチャーだと再認識できるのだった。
―プレイボール!―
審判の高らかな宣言と共に、ついに試合は始まる。
先攻は春日部共心、後攻は我が校。
まずは、白に赤いラインが入った、特徴的なユニフォーム姿の相手チームが打席に入る。
潮崎の入りは、順調だった。
得意の超スローカーブで揺さぶった後、ストレートを見せて球速差を使い、決め球に2種類のシンカーを使う。
1、2番は、打たせて取るピッチングで、あっさりと凡退に打ち取っていた。
3番バッター。プロ注目の二塁手、2年生の
初球はその左打席に入った松永の外角のボールからストライクに入る緩いカーブだった。
―キン!―
いきなり打たれたと思った。
猛烈なスピードの打球が三塁線に流れていき、ラインを越えてわずかにファール。
(恐ろしいバッティングセンスだ)
一目見てわかるくらいに、リストが柔らかく、広角に簡単に打ち分けられるバッターだと思った。
2球目は内角のフォークボール。相手が見極めてボール。
3球目は外角低めのツーシームだった。
―カン!―
鋭く振り抜いた打球が、あっという間に一・二塁間を破っていた。
2アウトながらランナー一塁。
迎えるバッターは、例の中村遥だった。
大柄な体躯を揺らして右打席に入り、悠々とバットを構える。
例の如く、狭いスタンスでバットを上段に構え、タイミングを取っていた。
俺は作戦通り、ここは敬遠する。
「勝負しろよ!」
「ヘタレ!」
三塁側スタンドから容赦のない罵声が飛んでくる。彼らは中村のバッティングを見たい一心で来ているのかもしれない。
だが、そんなことを気にしていたら、監督は務まらない。
2アウトながら一・二塁。いきなり初回から得点圏にランナーを置く厳しい状況になっていた。
5番バッターも、さすがに強豪校のレギュラー。きっちりボールを見てくるタイプだったが、ランナーを背負っても、全く動揺の色が見えない、冷静な潮崎はいつも通りの打たせて取るピッチングで、低速シンカーを引っかけさせて、セカンドゴロ。
1回裏の攻撃。
マウンドに立った、相手ピッチャーが、ある意味で「異様」だった。
身長は168センチほど。細長い手足に、スラっとしたモデルのような長身。整えられたセミロングの髪、そして端正な顔立ち。まるで女優のようにも見えるくらいの美少女だった。
「西崎さん!」
「西崎!」
その端正なルックスから、大人気のようで、野球選手というより、アイドルみたいにも見える。
1番の吉竹は左打者だ。
その左打者に対しては、インコースに小さく切り込むような鋭いカットボールを有効に使い、吉竹はそれに引っ掛かり、詰まらされてセカンドゴロに終わる。
2番の辻はスイッチヒッターだから、右投手の西崎に対し、やはり左打席に立つ。
その辻に対しては、一転して、ストレートを投げたが、これもただのストレートではなく、手元で微妙に変化するスライダー回転をしており、いわゆる「真っスラ」だった。それも110キロを超える球速を持っていた。
芯を外されて、ファーストゴロに終わる。
3番の笘篠は右打者だ。右打者に対しては、カーブやフォークを見せた後、決め球のスライダーを放っていた。これが左打者と同じように、打者の内側に入り込み、そこから鋭い変化を見せていたが。
それでも、追い込まれた笘篠が詰まりながらも、レフト線へのポテンヒットで出塁していた。
4番の清原は、さすがに向こうも警戒しているためか、敬遠で歩かされ、2アウト一・二塁となって、5番の石毛。
後で知ったことだが、この西崎は「立ち上がり」が多少悪いらしい。
それが「運」に繋がったのか、西崎の球種で一番変化の少ないカーブをすくい上げるようにアッパースイングで打った石毛の打球が、ほとんどファールに近い形でライト線に飛んだ。
ライトが懸命に追いかけるも、ファウルラインとの境目ギリギリでフェアグラウンドに落ちて長打になり、二塁ランナーの笘篠が還ってきて、いきなり先制点を上げていた。
「先制点ですわ!」
「
ベンチでは、吉竹と潮崎が中心になって、大喜びしていたが。
これは、あくまでも「運」が良かったに過ぎないことを、この後知ることになる。
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