第21話 開戦前の静けさ
見事、1回戦を大勝で突破した、武州中川高校の女子硬式野球部。
校内でも少しずつ、噂になり始めていた。だが、潮崎が最初に「目指す」と言い切った、甲子園への道は、果てしなく遠かった。
何しろ、少子化の影響があるとはいえ、人口が多い埼玉県。男子が120校近く、女子はそれより少ないものの、それでも100校近くが参加していた。
トーナメントでは、最低でも6回から7回は勝たないと、優勝できない。
そして続く2回戦。
トーナメント表と、携帯画面を睨めっこしていた、マネージャーの鹿取が部室でメンバーに告げていたが、その表情が曇っていた。
「皆さん。残念ながら次の相手は、あの浦山学院に決まりました」
それを聞いて、さすがに一様に表情が暗くなるナイン。
何しろ、春に練習試合で、0-5と完封負けを喫している相手だし、去年の夏の甲子園の埼玉県大会でベスト8まで勝ち上がった強豪校だ。
「マジかー。これは詰んだなー」
羽生田が珍しく、弱気に発言するも、声は相変わらず明るかった。
「浦山学院ですか。それは難儀ですね」
前の試合で、一本もヒットを打っていない石毛が、人一倍不安そうにしていた。
「しかも、1回戦の
マネージャーの鹿取の一言に、さらにナインは色めきたつ。
「18対0! マジで。私らより点取ってんじゃん」
前の試合では、打ちまくって打点を稼いでいた笘篠でさえ、驚愕の声を発する。
「それも、スコアを見る限り、私たちと戦った時とは違うメンバーですね」
「違うメンバーって?」
伊東が声をかける。
「ほとんど2年生か3年生のチームです」
「つまり、あたしらの時は、手抜いてたってのか? ナメられたもんだな」
ヤンキー上がりと言われ、格闘技を学んでいた清原が、眉をひそめて大きな声を上げていた。
「恐らく、戦力を温存していたのでしょう。これは手強いですよ」
しかし、マネージャーの一言に、誰もが恐縮し、不安を抱き、あるいは諦めているわけではなかった。
「大丈夫。今の私たちなら勝てる。それに、私が点を取らせないから」
自信満々に発言したのは、エースの潮崎だった。
彼女は、前回の試合では投げていないが、俺が前に言ったことを実践し、熱心に投球練習をし、シンカーを改良し、ツーシームを覚えようとしていたことを俺は知っていた。
その真価が問われることになるだろう、と密かに期待はしていた。
そして、もう1人。俺には心配の種がいた。
次の戦いの前に解消しておくべき問題があることを思い出していた。
それは「石毛」だった。
元・剣道部で中学時代に、全国優勝したという剣道の有段者。礼儀正しく、言葉遣いが丁寧で、いつもしっかりしている印象がある彼女。
スポーツ経験者であり、格闘技経験者にもなるから、清原や吉竹にも劣らない、パワーを持っていると思っていた。
だが、練習試合はともかく、未だに公式戦で彼女は一本もヒットを打っていない。その快音が響くのはいつのことか。
ひとまず、次の戦いの前に、彼女に聞いておこうと思った。
決戦を2日後に控えた日の放課後の練習後。皆が道具を片付ける中、俺は石毛に声をかけて、部室に呼んだ。
話があるから、後片付けは他のメンバーに任せて、1人で来い、と告げて。
「失礼します」
長い黒髪をたなびかせ、静かに入ってきた彼女を、パイプ椅子に座らせる。
「どうだ、石毛? 野球は慣れてきたか?」
こういう時に、いきなり「打っていない」ことを責めるつもりはなかった俺は、まず調子から聞いていた。
「そうですね。慣れてはきましたが、難しいですね」
「どういうところが?」
「ピッチャーが様々な球種を投げるところですね。タイミングを掴みづらいです」
なるほど。そういうところは、初心者の意見というのは、貴重である。
「剣道の経験は生かせそうか?」
そこで、彼女がずっと続けてきた「剣道」と野球を結び付けられるかが気になった。
石毛は、少し考え込むような素振りを見せ、両手を膝の上に組んだままだったが、やがて、
「次の試合で、少し試したいことがあります。私の考えが間違っていなければ、打てるかもしれません」
その瞳は、真っ直ぐに俺を捕らえており、迷いが見えないように感じた。
俺は、彼女の言動を「信じて」みることにした。
「わかった。次の試合、期待してるぞ」
そう告げると、石毛は、
「はい!」
子供のように無邪気に微笑んでいた。
何かと癖の多い選手が多い、我が野球部の中で、石毛は貴重なほど「素直」で「純粋」なところがある少女だった。
そして、この時の石毛の「考え」が次の試合で発揮されることになる。
2回戦は3日後に迫っていた。
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