第18話 夏に向けて
試合は終わった。
何とか夏の県予選前に、初勝利を上げることが出来て、ホッと胸を撫で下ろす俺だったが、どうしても気になることがあった。
それを試合後に、本人を呼びつけて聞いていた。
後片付けをするナインを先に行かせて、彼女と二人きりになる。
「で、なんだ、あの投球は? 何回、四球を出してる。調子悪すぎだろ」
当然、潮崎だった。
彼女は、俯きながらも、顔は落ち込んではいないように見えた。
「ごめんなさい」
とだけ呟き、顔を下げた後、説明を始めた。
彼女曰く。練習では出来ないから、試合で色々と「試して」いたという。
ある意味、俺の予想通りだったが。
彼女によると、前に俺に言われた通り、遅いシンカーと速いシンカーを試したり、たまにバックスピンをかけるツーシームを試したり、さらにはスローカーブやフォークボールまで改良を試していたという。
それが、色々と挑戦しすぎて、コントロールが乱れていたという。
「まったく」
と溜め息を突いてから、彼女に向き合う。
「お前、練習試合だからいいけど、予選では絶対そんなことするな。負けるぞ」
さすがに、俺に鋭くそう言われたことで、彼女は反省したようで、何度も謝ってきたが。
「それと、夏の大会の予選までには、きっちり仕上げておけよ。お前がチームのカギなんだからな」
そう言い聞かせるように言うと、彼女の表情は途端に明るく変わり、
「わかってますよ。必ずモノにしてから予選に挑みますから」
妙に自信満々にそう返してきたから、少しは安心するのだったが。
調子が悪くても3失点に抑えていたのだから、ある意味、彼女はやはりすごいのかもしれない。
季節は6月末。
毎年、全国各地で始まる夏の甲子園大会の予選がもうすぐ始まろうとしている。
そのタイミングで、俺にはやらないといけないことが二つあった。
それは、羽生田と鹿取のことだった。
羽生田奈央。リトルリーグ出身の野球経験者で、リトルシニアでも活躍していたという。俊足・強肩の彼女を、チームの第二ピッチャーとして決めた俺。
伊東を交えて、再度、彼女の投球を見ることにした。
改めて見ると、彼女は球速こそ速いが、変化球は潮崎にははるかに及ばず、少ない変化をするカーブと、スプリットしか使えない。
おまけに制球が、かなり甘いというか、荒れていた。
潮崎が特殊というのもあるが、キャッチャーの伊東が指示したところにはほとんど来ずに、ボール球が多い。
「やはり、制球が悪いな」
伊東の後ろに立って、呟くと、タイムを取った伊東が振り返って、キャッチャーマスク越しに声をかけてきた。
「確かに唯に比べたら悪いですが、ノーコンというわけではないんですよ。バッターからすれば的を絞りにくくなる、ちょうどいい荒れ球です」
彼女はそう言ったが。
ノーコンと荒れ球の違いをここで論じるつもりはなかったが、それでもキャッチャーからしたら、あれだけの荒れ球は取りにくいだろう。
そう告げると。
「それに私は、
自信満々に伊東が真っ直ぐな瞳を向けてきた。
(頼りになるキャッチャーだ)
内心、このキャッチャーがいてくれるのが、一番助かるかもしれない、と思った。
事実、彼女は見たところ、一度も後逸をしていない。ほぼ完ぺきに捕球が出来ている。
もっとも、肩はあまり強くないらしく、時折盗塁を許すことはあったが。
「それに、羽生田先輩は唯と違って速球派です。少なくともあと1年は先輩にがんばってもらわないといけませんからね」
伊東はそう言っていたが、夏の予選で無様な戦いをすれば、即廃校なんてこともあるのかもしれない、と俺は気が気でなかった。
そしてもう1人。マネージャーの鹿取だ。
男性恐怖症の彼女は、未だにまともに俺に近づいてくれないのだが。
夏の予選大会ともなると、マネージャーは色々とやることが多いし、監督の俺にも接しなければならない機会が多い。
幸いなことに、彼女は勉強熱心で、元・マネージャーの平野から習って、あっという間にスコアブックのつけ方も会得していたが。
「鹿取」
ある日の練習中、彼女を呼びつけた。
「は、はい」
相変わらず、まるで小動物が肉食動物を警戒するように、俺から4メートル近く離れて返事をする彼女。
溜め息をつきながら、ベンチの端にちょこんと座っている彼女にゆっくりと近づく。
「こ、来ないで下さい」
そう怯えたように声を上げる彼女を見ていると、傍から見ると、まるで俺が女子高生にイケないことをする変態のようにも見えるのだろうが、そうも言っていられない。
「マネージャー」
と言い直して、
「もうすぐ夏の予選が始まる。いい加減、慣れてくれないと困る。せめてお前が書いているスコアブックを見せることくらいはして欲しいんだが」
と手に持っているノートを指さす。
実際、これまでは鹿取が直接、俺に渡せないので、いちいち平野を仲介して、スコアブックを見ていた。
正直、めちゃくちゃ面倒臭いし、手間だ。
「わ、わかりました」
ようやく鹿取は、怯えたように、恐る恐る近づいてきて、震える手でスコアブックを俺に突き出してきた。
それに手を伸ばすと、
「ひっ」
短い悲鳴を上げたかと思うと、俺がノートを手にした途端、彼女は一目散に逃げた。
(メンドくさいなあ)
いずれ、鹿取とは面談でもして、彼女の男性恐怖症、というか男性嫌いの原因を突き止め、解決しないといけない必要性を感じた。
とにかく、彼女は、「多少」は心を開いてくれたらしく、以前のように4メートル以上の距離を取らなくても、よくはなった。
こうして、俺たちは、初めての「夏」を迎える。
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