第15話 反省会

 初の練習試合に負けた俺たち。

 女子生徒たちは、盛んに、

「悔しい!」

「1点も取れなかった!」

 と嘆いていたが、その日はとりあえず電車で帰って、すぐに解散してもらった。


 翌日の放課後。俺は部室に行った後、彼女たちを集めて声を上げていた。

「反省会をやる」

 と。


「ただ、一気に全員とやると、まとまらないから一人ずつやる」

 と告げ、一旦彼女たち全員を部室の外に出し、それぞれ自主練習をさせた。


 その間に1人1人を部室に呼び、話し合うことにした。

 こういうのは、大勢いるチームだとやりづらいが、9人しかいないこのチームのメリットでもある。


 まずは、投手の潮崎。

 根が明るくて、素直な彼女にしては、やはり昨日の敗戦が応えたのだろう。珍しく沈んだ表情を浮かべていた。


「で、お前の場合だが」

 パイプ椅子に座り、向かい合ってから、俺はゆっくりと思っていたことを告げる。


「お前の球は遅い。それは認識してるな」

「はい」


「だが、遅くても打ち取ることはできる。じゃあ、何故、打ち取れなかったか、わかるか?」

 彼女は首を振る。


緩急かんきゅうをつけないからだ」

「緩急ですか?」


「ああ。遅い球を投げた後に速い球を見せると、打者からは予想以上に速く感じるものだ。だから、お前の場合はあのスローカーブを投げて、ストレートを見せるのがいい」

「なるほど」


「それと、あのシンカー」

「何ですか?」


「あれは確かに武器になるが、あれ一本ではキツいな」

「でも、他の球種は決め球に出来ないですよ」


「だから、遅いシンカーと速いシンカーの2種類を使い分けろ」

「ええー」


 大袈裟な声が上がって、潮崎は、

「そんな簡単に言っても無理ですよー」

 と泣きそうな顔をしていたが、


「泣き言を言うな。やってみてから言え。甲子園に行きたいんだろう?」

 俺がそう鋭く制すると、渋々ながらも頷いた。


「それと」

「まだあるんですか?」


「お前のストレートには、あまりノビがない。球速もない。だから狙われれば痛打される」

 彼女は俯きながらも、真剣に聞いていた。


「ノビを得るためにも、ツーシームを投げれるようにしろ。それで少しは打者の芯を外せる」

「ツーシームって、どうするんでしたっけ?」

 わざわざそんなことを聞いてくる彼女に、嘆息しながらも、


「球にバックスピンをかけるんだよ」

 そう言って、俺は近くにあった硬式ボールを手に取って、簡単だが彼女に見せた。


 人差し指と中指を並べ、ボールにある縫い目に交差させて握り、リリースの際にバックスピンをかけて投げること。人差し指と中指の間は、間隔を開けて握ることで制球も安定する。

 ボールに回転がかかることで、打者の手元で浮き上がるような軌道の球になり、それが打者にとって、打ちにくい球になる。


 特に、潮崎のような遅い球を投げるピッチャーは、三振を狙うよりも「打たせて取る」戦術の方が有効で、バットの芯を外して打たせる方が効果的だ。


 それらのことを整然と教えると、

「わかりました。ありがとうございます」

 彼女は素直に頷いて、来た時よりも明るい表情で、出て行った。


 次はキャッチャーの伊東だ。

「伊東は打席に関しては、及第点だ。選球眼がよくて、四球を二度も選んでいたな」

「ありがとうございます」


「ただ、配球がまだ甘い」

 その後は、潮崎に話した内容を話しながらになったが。


「潮崎の良さを生かすためにも、もっと緩急をつけるのと、高低差を生かした配球を心掛けることだな」

「すいません。私もそれは意識してはいたんですが、まだ完璧には出来てなかったです」


 俯く彼女に、俺は、

「完璧にやる必要はない。ただ、あいつのコントロールの良さは武器だ。それを生かした配球を考えればいい」

 と言った後、


「まあ、俺はキャッチャーはやったことないから、そんなに偉そうなことは言えないけどな」

 彼女にそう告げると、


「そんなことありません。ありがとうございます」

 彼女は、頭を下げて、部室から出て行った。


 次は、問題児の清原だ。

 面倒臭そうに入ってきた彼女をパイプ椅子に座らせる。


「で、なんか文句あんのか?」

 相変わらずの喧嘩腰だったが。


「清原。お前の8回のダイビングキャッチは良かった」

 いきなり褒めると、


「サ、サンキュー」

 照れ臭そうに瞳を逸らしていた。意外に褒め慣れていないのかもしれない。


「だが、バッティングはまだまだだな」

 いつもなら、食ってかかってくる彼女だが、最初に褒めたのが効いたのか、それとも彼女なりに思うところがあるのか、黙って話を聞いてくれた。


「前から言っているように、何でも振ればいいわけじゃない。明らかなボール球は見逃せ。あとは、自分が打てそうな球を狙って打てばいい」


「例えば?」

「そうだな。お前はストレートが得意だろうが、どうしても変化球を打たなければならない時がある。それなら、カーブでもスライダーでもいいから、自分が打てそうな球をみつけて、狙って打つんだ」


「なるほど。サンキュー、監督」

 清原は、そう言うが早いか、席を立って、ドアから出て行った。余程、体を動かしたいように、俺には見えた。


 続いて石毛。

「申し訳ございません」

 いきなり深々と頭を下げる、礼儀正しい彼女を、まあまあと言って座らせる。


「石毛は、大振りしすぎだ。球をよく見て確実に打つことを心掛けろ。遠くに飛ばさなくてもいい」

 そう教えたが、彼女は、


「でも、それではチームの役に立たないのではないでしょうか?」

 彼女なりに不安があるらしかった。


「そんなことはない。長打ばかりを狙う必要はない。例えば内野の間を鋭く抜けるヒットでも十分、チームの役に立つ」

「わかりました」


「ただ、剣道で鍛えたお前の腕は、捨てがたいから、いずれでいいから、長打を狙えるように練習すればいい。バッティングセンターに行って、鍛えるとかな」

「はい! ありがとうございます」

 最後には、彼女も明るい表情で出て行った。まずは一安心だった。


 次は吉竹。彼女は、相手チームのエースにも褒められていた。

「あのセーフティーバントは、お前が独自に考えたのか?」

 だが、俺は逆にそのプレーが気になっていた。セーフティーバントのサインは出していなかったが、念のため聞いてみた。


「ええ、そうですわ」

「俊足のおかげで、セーフだったが、バントはもう少し一塁側か三塁側に転がさないとダメだぞ。あれじゃ普通はアウトになる」


「そう言われましても」

 どうやらバントもそんなに得意ではない様子だったので。


「プッシュバントを覚えろ」

 とりあえず、使えそうなそれを教えると同時に、


「あとは、ファーストやサードを見て、守備が苦手そうな方に転がすのもいいかな」

 そう言ったが、

「難しそうですわ」

 彼女の表情は曇っていた。


「盗塁も結構ギリギリのタイミングだったな。もう少し走塁の技術を磨いた方がいい」

「はい」

 そう言うと、この勝ち気なはずのお嬢様は、珍しく沈んだ表情になった。


 だが、俺としては彼女のメリットを説明してあげたかったので。

 左バッターである彼女は、左打席から真っすぐに一塁に向かうことができる。それは右バッターが走るよりも、一塁ベースまでの距離が近いから速いというメリットがある。

 と、単純な理屈を教えた。


 あとは走塁や守備の技術をもっと磨けば、彼女は素質が開花するはずだ。

「ありがとうございます」

 彼女もまた、お嬢様らしく、深々と丁寧に頭を下げて、退出していった。


 続いて、笘篠。

「どうよ、カントクちゃん。私のスーパープレー。目立ってたでしょ。これで注目されるわー」

 相変わらずの、お調子者で、二重人格なところもある彼女は、いつものようにドヤ顔で軽口を叩きながら入ってきた。容姿だけなら女子野球部一だが、性格は悪そうに思えてならない。


 まずは、そのプレーを褒めるところだが。

「捕れたから良かったけど、あまり無理はするな。大体、お前は足が遅いんだから。あと、いちいちプレーが大袈裟なんだよ、お前は。ホント、目立ちたがり屋だな」

 常々、彼女の必要以上に派手な守備態度に、納得がいっていなかった俺がそう口にすると、それが気に入らなかったのか、


「なによー。カントクちゃんのいじわる」

 と口を膨らませていた。


 だが、それとは別に俺が一番驚いたのは、あの9回裏の驚異的な「粘り」だった。

 そこで、俺は前から思っていたことを彼女にぶつける。


「笘篠。お前のあのバッティングセンスは、何だ? どこで習った?」

「ようやくカントクちゃんも、私の才能に気づいたのね。天才は何でも出来るのよー」

「茶化すな」

 そう釘を刺すと、溜め息混じりに、彼女は暴露してくれるのだった。


「私に才能なんて、あるわけないじゃない。努力よ、努力。元々、私はアイドルになりたくて、体力も精神力も鍛えてたの。だから、やる時は徹底してやるの」

 それを聞いて、なんとなくだが、納得した。


 普段からいい加減に見える彼女だが、実は人一倍の努力家なのだろう、と。恐らく練習後に1人で鍛えているに違いない。ある意味、一番伸びしろに期待できるのが彼女かもしれない。と、思っていると。


「あと、一応、中学まで卓球やってたからね。動体視力には自信あるんだ」

 と、笘篠はいきなり暴露していたが。


 俺は初めて会った時のことを思い出していた。

「お前、運動神経に自信ないって言ってなかったか?」


 すると、彼女は、

「ああ、あれ嘘」

 とあっけらかんとした表情で言い放っていた。


「嘘?」

 拍子抜けしていた俺に対し、

「いいじゃん。そんなの。私はミステリアスな女なの」

 相変わらず、本当のことをなかなか明かそうとしないところがある、不思議な女だった。だが、全くの運動未経験者ではないらしい。

 恐らく彼女は「目」がいいのだろう。

 それにしても、目立ちがり屋な彼女が、どちらかというと、地味な卓球というスポーツをやっていたとは、少し意外だった。


「じゃあねー」

 相変わらず、友達に接するように、俺に対して、手を上げて去って行く彼女。いつも「カントクちゃん」と呼ぶし、敬語も使わないし、本来なら教師と生徒、監督と選手としてはそれではいけないのかもしれないが、俺には別にそんなことはどうでもよかった。


 初対面から苦手だと思っていた、彼女がここまで成長してくれたのは、素直に嬉しかったし、期待が持てる選手だとわかった。


 次は羽生田。

「カントクー。聞いてよー。私、潮崎ちゃんに勝ったよ。2点しか取られなかったじゃん」

 相変わらず、うるさいほど賑やかな性格の彼女が、来た途端にまくし立てるように語り出したが。


 あの平野のプレーは、正式にはエラーではなく、ヒットになるし、彼女は他に5番にタイムリーを打たれただけだったから、彼女が言っていることは正しかったが、俺に言わせれば、2点も3点も大して変わらない。


「いや、確かにお前は2失点だったが、イニングは少なかったしな。たまたまだ」


「えー、いいじゃん。今日くらいは余韻に浸らせてー」

 となかなか話を始められないありさまだった。


 ひとまず落ち着いてから、

「羽生田は、阿波野からヒット1本打ってたな」

 我が校では唯一まともなヒットを彼女が打ったことを思い出しながら言うと、


「でしょでしょ。私、すごい? でも、あのピッチャーも結構すごかったよー」

 相変わらずの饒舌なしゃべりが返ってくる。


「じゃあ、私は反省点ないね」

 と、あっさり戻ろうとする彼女の背に、


「ちょっと待て」

 と言って呼び戻す。


「8回に結構打たれて、危なかっただろ? 清原や笘篠のファインプレーがなければ失点してた。しかもお前はやたらと四球が多かったな」

 実際、彼女はコントロールがあまり良くない。荒れ球気味の投球で、四球を何回か出していた。


「まあねー。でも、私は本来ピッチャーじゃないしさ。結果的に0だったんだからいいじゃん」

 相変わらず、ノリがいいのか、明るいのか、適当なのか、わからない奴だった。


「チーム事情的に、そうも言ってられないからな。それにお前のピッチングは、そんなに悪いもんじゃない。自信を持って投げろ」

 そう言うと。


「おー、いいこと言うね、カントク。じゃ、がんばるよー」

 明るい声を上げて、彼女は戻って行った。


 続いて、正反対の性格の辻。

 彼女が来ると、部室が一気に静まり返る。二人きりだと、とにかく「間」が持たない。


 実際、黙って入ってきて、勝手に椅子に座って、無言のままだった。


「辻は……。そうだな。守備は良かったけど、バッティングはイマイチだったな。何だ、苦手なタイプのピッチャーだったのか?」

 仕方がないから俺から声をかける。


「はい。まあ、そんなところです」

 無口で無表情だから、どうも心の動きが読めない。これも本当なのかもわからないし、そういう意味では、彼女は、未知数だった。


 野球経験者だし、実はもっと打つ能力があるんじゃないか、と思ってしまう。というよりも、リトルシニアで彼女とチームメートだった羽生田から聞いた話だと、アベレージヒッターだったという話だが、その割には、前の試合では全く打っていないのが気になった。


「……」


 途端に話すことがなくなってしまって、無言の冷たい空気が漂ってしまった。

「つ、次の試合はもう少し活躍できるように、ミートを磨いてみろ」


「わかりました」

 会話が終了した。


 どうも俺は、この辻も苦手のようだ。話すことがないから、よくわからないというか、無口すぎてどうすればいいか、わからない。


 そして、最後に平野。

 彼女は入ってくるなり、泣きそうな顔をしていた。


「どうした?」

 さすがに心配になって、声をかけると。


「先生。私、野球の才能ないんです。体だって小さいし、ミスしちゃうし、打てないし、もう自分がイヤになります」

 まるで、捨てられた子犬のように、今にも泣き出しそうなほど、落ち込んでいたが。というより、正確には彼女の瞳から、薄く涙がこぼれていた。


 俺は、そんな彼女を見て、小さな溜め息を突き、

「平野。才能なんてみんなないぞ」

 と口を開くと、彼女は、


「そんなことないです。だって、潮崎さんはすごいですし、プロになった人だって、みんな才能があったから……」

「それは違う」

 彼女の言葉を制して、俺は説明する。


「正確には、『生まれつきの才能』はあるかもしれない。けれど、そんなのせいぜい1000人に1人か、100人に1人というレベルだ。他はみんな『努力の才能』なんだよ」

「努力の才能?」


「ああ。どんな奴も、大抵は挫折を味わいながら、それを必死に努力で乗り越えて、一流になっている。だから、別に俺は平野が諦める必要はないと思っている」

「本当ですか?」

 上目遣いで、すがるように尋ねてくるその瞳が、純粋すぎるように見えて、眩しかった。

 相変わらず、上目遣いが上手いというか、この子も、ある意味では「男心」をくすぐるタイプだな、と思いつつも、


「まあ、とにかくだ」

 と切ってから、


「ここには、優しい先輩もチームメートもいるだろう? お前は恵まれてるかもしれないぞ。教えてもらいながら、ゆっくり成長していけばいい」

 そう慰めるように言ってやると、


「ありがとうございます。がんばります」

 ようやく彼女は、涙を拭いて、出て行った。


(やれやれ)

 正直、平野の扱いにも困っているのだが、彼女を簡単に見放すこともできないというチーム事情もあった。


 他のチームだったら、彼女レベルなら間違いなく補欠だ。もっともその前に他のチームなら彼女はマネージャーのままだったかもしれないが。


 だが、人数がいない以上、とにかく努力して「壁」を越えてもらうしかないのだ。


 ひとまず、こうして「面談」は終わった。

 季節は6月へと進もうとしていた。

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