第2章 試練の時

第10話 現実

 どうにか2週間でメンバーを集めた急造チームが出来上がったが。


 そこから先はさらに困難が待ち受けていた。


 まずはメンバーを鍛えるため、シートノックをやることになった。ホームベース上からそれぞれのポジションに向けて打球を飛ばしていく。肩の状態は悪かったが、何とかバットを振るうことはできる。


 ただし、俺は長時間、バットを振るうことはできないのだが。


 まずは経験者のセカンドの辻。


 速いライナー性の当たりを飛ばすも、彼女はあっさりと打球に追いつき、しなやかな動きでファーストにボールを送っていた。そのソツのない動きが洗練されていて、やはり経験者であることを窺わせる。


 次にショートの石毛。


 野球未経験者であるが、運動神経が高いことが幸いして、彼女は何とか打球に食らいつき、ボールをファーストに送るが、ほとんど強引に取りに行っている感じがした。

 

 ここまではまあ、良かった。


 だが。


 サードの清原は、やたらと力んでボールを取り落とし、ファーストの吉竹はボールを怖がっているのか捕球ができず、ライトの笘篠はボールの目測を見誤って落下点に行けず、そして極めつけがレフトの平野だった。


「ひっ」

 ボールを怖がって、そもそもボールの落下点に行こうとすらしていなかった。


「平野! ボールを怖がってちゃ、話にならないぞ!」

 大きな声を飛ばしながら、俺は嘆息していた。


(ダメだ、このチーム)

 早くも諦めムードが出てきていたが、最後に打ち上げたセンターの羽生田。彼女は別格だった。


 素早い動き、というよりもその俊足を生かして、守備範囲がとにかく広い。センターどころかライトにもレフトにも近いところまで簡単に届くし、その上、恐ろしいほどの強肩の持ち主だった。


 文字通り「矢」のようなバックホームが飛んでくる。

 彼女の守備力は「本物」だった。


 見たところ、やはり経験者の強みで、辻と羽生田は問題なかった。

 だが。


 一旦、ベンチ前に全員を集めて、俺は、率直に、

「ヒドいな」

 と愚痴っていた。


「何がヒドいんだよ、監督?」

 清原が強気な視線を送ってくるが、俺は深く嘆息し、名指しで彼女たちを叱るしかなかった。


「まず平野と吉竹。ボールを怖がりすぎだ。そんなんじゃ捕球もできない。清原は力みすぎだ。もう少し力を抜け。笘篠はボールの落下点を予測して、早めに動く訓練をしろ。石毛はまあ悪くはないが、もう少し早く打球に追いつくようにしろ。毎回、あんなプレーはやってられないぞ」

 理路整然と、それぞれの特徴を述べると。


「まあまあ、カントク。まだ始めたばかりだし、これからだよ。大丈夫。外野陣は私が教えるし」

 根が明るい羽生田が、みんなを鼓舞するように、声を上げていた。こういうムードメーカーはチームに1人いると、色々と助かる。


 一方で、内野陣は、

「……私、人に教えるのは苦手」

 辻がいつものようにボソッと呟いていたが。


「そう言うな、辻。生徒で教えられるのはお前しかいない。何とかしてくれ」

 もはやぼやきに近い感じになりながらも、俺は嘆息しながらそう言うしかなかった。


 一方、ブルペンで投げるバッテリーの練習風景を見ると。


 相変わらず潮崎の球は「遅かった」。球速で恐らくは100キロも出ていない。それどころかカーブの球速は60〜70キロくらいに見える。それこそリトルリーグの少年にも打たれそうなくらいに遅い。


 だが、それでも彼女をエースにするしかないチーム事情だ。



 ひとまず、全員を一度打席に立たせ、潮崎に投げさせて、バッティングを見ることにした。


 まずは経験者の辻から。

 彼女の構えはオープンスタンスで、力みのない緩やかな構えに見えた。左打席に入り、膝を少し折り曲げるような形で構える。

 彼女が左利きとは初めて知ったのだが。


 スイングスピードは決して速くはなかったが、集中力があるのか、1球1球を見極めるように、熱心にボールを引きつけて打つスタイルだった。


 実際、あのシンカーこそ打てなかったが、それ以外のボールをヒット性にしていた。


 戻ってきた彼女に声をかける。

「お前、左利きだったのか?」


「いえ、右利きですけど」

「なんだと?」


「私はスイッチヒッターなんです」

 その一言でようやく理解した。

 辻は、スイッチヒッターで、右投手の場合は左打席に、左投手の場合は右打席に入るわけだ。

 ある意味、スイッチヒッターというのは、理に適った打ち方とも言えるし、初心者が多いこのチームでは貴重だった。


 次は、同じく経験者の羽生田だ。


「よし、今日こそ潮崎ちゃんのシンカー、打ってみせる」

 やたらと気合いが入った、元気な声を上げてバッターボックスに向かう彼女。


 スクエアスタンスのフォームから鋭いスイングを見せたが、バットには当てたもののあえなくファーストゴロに終わっていた。


「ちくしょー。やっぱあの球、打てないわ」

 喜びも悲しみも、全身で表現する、欧米人のような明るい彼女は、大袈裟なくらいのリアクションで、そう叫んで戻ってきた。


「お前は守備の方が得意みたいだな」

 そう声をかけると。


「そんなことないよー。あの子が変なんだよ。普通のピッチャーなら余裕で打てるって」

 珍しく、強気に反論してきた。


 続いて、問題児の清原。

 相変わらずオープンスタンスに近い、少し広いスタンスでバットをゆったりと構え、足を使ってタイミングを取っていた。


 そこから奴はとにかくフルスイングをしていた。どんな球、どんなコースでもスイングスピードが変わっていない。スイングスピードだけは恐ろしいくらい速かったが。

 しかし、予想通りというべきか、シンカーとフォークに翻弄されて、あえなく三振。


 戻ってきた清原に、俺は溜め息混じりに訴えるように言い放った。

「お前なあ。何でもかんでもフルスイングすればいいってもんじゃないんだぞ。もう少し考えろ。ちゃんと球筋を見てから打て」

 しかしその一言に、彼女は、不機嫌になり、


「ああ? 何、偉そうに言ってんだ、てめえ。どう打とうがあたしの勝手だろ」

 鋭い目つきで睨みつけ、あからさまな喧嘩腰になっていた。一応、俺は監督なんだが。


「まあまあ、落ち着きなって」

 近くにいた笘篠がなだめて、何とか清原はベンチに戻って行ったが。


(あれじゃ先が思いやられるな)

 監督という立場にいる俺には、あの清原をどうすべきか、本格的に悩むことになりそうな予感がしていた。


 続いて、運動神経のいい吉竹。

 ヘルメットの端から縦ロールの長い髪の毛がはみ出している。しかも彼女もまた辻と同じく左打席に入っていた。まだ慣れていないため、ぎこちないバッティングフォームながらも、バットは振れているように見え、バットのヘッドは下がっていなかった。

 基本的な部分は出来ているようにも見える。


 だが、もちろん結果はついてこずに、シンカーに打ち取られて三振。


「なんですの、あの球は?」

 と、戻りながらぷんぷんと怒っているようで、納得がいっていない様子の彼女に、

「気にするな、吉竹。あれは『魔球』だ。普通は打てない」

 と声をかけると、


「魔球? 潮崎さんばかりズルいですわ、目立って」

 と、ぐちぐちと言いながらベンチに戻って行った。目立ちたがり屋なところがある彼女には、潮崎が羨ましいのかもしれない。

 だが、貴重な左バッターで、しかも俊足の彼女は使い道がありそうだった。


 同じく1年の笘篠。

 彼女はオープンスタンスを取っていた。少し足を広げ、右打席に入る。そこからは少し意外なことが起こった。


 打っていた。それも全球に当てていたのだ。

 1球目はボール気味の緩いカーブ。これをファール。

 2球目はシンカー。かろうじてバットの先に当ててファール。

 3球目は外角低めのストレート。これも当ててファール。

 4球目は内角高めのストレート。弾き返してセンター前に転がしていた。


 驚くべき、柔軟性というか、目がいいのか、それとも頭がいいのか、とにかく当てる技術はあるようだった。


「笘篠。どこで習った、そんな技?」

 野球初心者とは思えない動きに、俺が不思議がって彼女に声をかけると。


「別にどこでも習ってないよ。私はネットで動画見て、研究してきただけ」

 ネットの動画だけで、この動きが出来るというのか。

 ある意味、天性の才能なのか、それともまぐれなのか、何とも底知れない力を感じた。同時に、意外なほど彼女は「勉強熱心」だとわかった。


 剣道部出身の石毛。

 彼女は例の「神主打法」で打つのが特徴的だったが。


 やはり経験値の差というのは大きいのだろう。まだ慣れていないこともあって、あっさりと三振していた。ただ、スイングスピードは清原には劣るが、なかなかのものを持っていた。


 だが。

「石毛。その打ち方はどこで習った?」

 と聞くと、


「いえ。習ってはいません。剣道の構えを応用しただけです」

 と彼女は答えていたが、それだけではない何か独特の雰囲気を、あの打席に俺は感じていた。


 恐らく「剣道の技術を生かしたい」と言って入部した彼女は、常に考えながら打席に入っているのだろう。

 ある意味、伸びしろは期待できそうな予感がした。


 キャッチャーの伊東。仕方がないので、俺がキャッチャー役を務める。一応、昔、家庭教師をしていた時に、遊びで潮崎の球を受けたこともあるからだ。


 そこから眺める伊東のバッティングは、スクエアスタンスのスタンダードな構えだったが。

 身体が大きいこともあり、打席に入る彼女が大きく見える。


 キャッチャーらしく考えながら打つタイプらしく、ボール球につられることがほとんどなかった。

 選球眼という意味では、貴重かもしれない。

 もっとも、やはり彼女でもシンカーは打てずに凡打。


「やっぱりお前でもあのシンカーは打てないか」

 キャッチャーマスクを返しながら聞くと。


「打てませんね。あれは『魔球』ですよ。来るとわかっていても、打てる球じゃないです」

 さすがの女房役。相棒の球のことはよくわかっているようだった。


 そして問題の平野。

 明らかにぎこちないスクエアスタンスで右打席に入る。

 だが、伊東とは逆に明らかに「小さい」のだ。身長が150センチくらい、体重も軽いと思われるから、ストライクゾーンが小さく見えて、ピッチャーが投げづらそうにも見える。


 よく体格の大きい人の方が有利と思われるが、野球では体格の小さな人間でも活躍できることがある。


 彼女のように、小さな体格だと、ストライクゾーンが狭くなり、その分、審判の判定がシビアになる。

 通常ならストライクを取ってくれるところも、審判によってはボールにされる。


 これはこれで武器になると思っていたが、肝心の平野のバッティングは。

 目を瞑ってバットを振っていた。当然、当たるわけもなく三振。


「平野。目を閉じてちゃ打てるわけないだろ」

 さすがに呆れたように言うと。


「わかってますよ。でも、怖いんです」

 悔しそうに目を向けてきたが、彼女の前途は困難だと思われた。


 最後にピッチャーの潮崎。

 投げるのは、ピッチャー経験がほとんどない羽生田。チーム事情が事情だから仕方がないが、まだピッチャーを始めたばかりの彼女に任せるしかなかった。


「とりあえずリラックスして投げて下さい」

 キャッチャーの伊東が声をかける。


 1球目は外角高めの速いストレート。ボール球だった。空振り。

 2球目は同じく内角低めのストレート。かろうじて当ててファール。

 3球目はまた外角高めのストレート。空振り。

 三振だった。


 俯いて戻ってきた潮崎に。

「お前なあ。ピッチャーの素人相手に三振するなよ」

 さすがに溜め息を突くしかなかった。仮にも経験者のはずなのに。しかも相手はストレートしか投げていない。というよりまだ他の球種を投げられないのだが。


 だが。

「そんなこと言ったって、バッティング苦手なんです」

 泣きそうな顔で、彼女は訴えてきた。


(仕方ない。こいつはピッチャー以外はダメだ)

 天は二物を与えず、と言う。

 ピッチャーとしては才能があるかもしれないが、バッターとしては彼女はあまり期待は出来そうになかった。


 こうして、一通り彼女たちを眺めたが、やはり予想通り、というより予想以上に「問題」だらけだったことがわかった。


(これからどうするかなあ)

 まず、そもそも指導経験のない俺が監督をしている時点で、色々と問題なのだが、そうは言ってられない。


 明日からの指導方法を考えながらも、解散となった。

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