第9話 即席チームの結成
次の週の月曜日。
初めて9人で練習をすることが出来るようになり、ようやくかろうじて「形」にはなっていた女子硬式野球部だったが。
俺は、ここの監督として、ようやくユニフォームを着て、部室に向かうことになった。
高校時代以来の野球部のユニフォーム姿。オーソドックスな白と黒のユニフォームだったが、何だか懐かしく感じると同時に、まさかこの年でこういうユニフォームを着ることになるとは思わず、感慨深いものがあった。
まずは、ポジション決めが問題になった。
部室に置いてあった、ホワイトボードにマーカーで俺が書いていく。
「ピッチャーは潮崎、キャッチャーは伊東で確定。これは文句ないとして、他はどうするかだが」
と周りに集まった部員たちを眺める。
真っ先に思いついたのが、経験者の二人だった。
「セカンドは辻、センターは羽生田でいいか?」
二人とも、リトルシニア組の経験者で、それぞれそのポジションの経験者だった。
「はい」
「OKでーす!」
二人はあっさりと頷いていた。
残るは内野の要のショートと、ファースト、サード。外野の二つのポジションだが。
「ショートは石毛がいいかな」
彼女の方を見て、発言すると。
「どうしてですか?」
石毛が、きょとんとした顔で聞いてくる。
「ショートは肩の強さが求められるポジションだ。お前は剣道をやっていたし、肩が強いだろうと見込んでのことだ」
そう告げると、彼女は納得した。
俺としては、その身体能力の高さを生かして、セカンドの辻と連携を取れることを期待し、同時に肩の強さも期待してのことだったが。
「監督。あたしは? バリバリ、アウトに出来るところがいいな」
清原が大きな声を上げていた。
「清原。お前はサードかな」
「なんでだよ?」
これも俺なりの考え方があったから、それを教えることにした。
つまり、こいつはパワーだけはある。恐らく強肩だ。サードなら肩の強さを生かして、ファーストに鋭い送球が送れるはず。
外野で強肩を生かすという手段も考えたが、外野は別の者に任せたいという思いもあったからだ。
清原は納得した。
「ファーストは吉竹かな」
そう言うと、気の強いお嬢様の彼女は、
「ファーストって目立たないのではないですか?」
と若干不服そうだったが。
「そんなことはない。ファーストは、キャッチャー以外では一番多くの球が集まるポジションで、目立つぞ。それに一見、簡単そうに見えて、高い捕球の技術が求められる。お前はとにかくどんな球が来ても絶対に逸らさないようにしろ」
そう言うと同時に、メリットも教える。
「それとお前は左利きだったな。内野手は右利きの方が向くが、ファーストだけは左利きが有利になる。二塁や三塁に送球しやすいのと、牽制の時にタッチしやすいし、キャッチャーゴロの捕球もしやすい」
ある意味、これは迷った末での決断だったが、彼女は静かに頷いた。
「残った外野だが、ライトは笘篠、レフトは平野だな」
そう一方的に示すと、
「なんでですか?」
当然ながら彼女たちから疑問の声が上がる。
「ライトの方がどちらかと言えば、強肩が求められるし、広い守備範囲も必要だからだ。レフトは初心者でもセンターがカバーすれば何とかなるだろ」
そう告げると、
「カントク。横暴だー。センターの私だけ損してるじゃん!」
と、たちまち羽生田から鋭い声が上がったが、今はとにかくこれで行くしかない、後でいくらでも調整して代えてやる、と半ば強引に部員を納得させた。
それぞれの選手に、背番号つきのユニフォームを与えると、彼女たちの目が輝いた。
そして、問題のピッチャーだ。
継投ができる奴がいない。
そのことを、ホワイトボードに書いて、高野連の規定もネットから持ってきた情報を書き出して、説明した。
すると、キャッチャーの伊東から声がかかった。
「先生。私は羽生田先輩がいいと思います」
突然、推薦された羽生田は、
「えっ、私? 何で?」
逆に一番驚いた表情で、目を見開いて、伊東を見つめていた。
「先輩は、肩が強いです。ほとんど『鉄砲肩』というくらい。そういう人は投手向きなんですよ。あと、その明るいムードメーカーの性格ですかね。投手は、どんなに打たれても平然としていられる強い精神力が求められます。先輩ならきっと大丈夫です」
伊東の理屈は、ある意味では理に適っている。
彼女は、捕手という立場上、恐らく最も部員をよく見ているのだろう。捕手に求められる技術はとても高く、同時に野球では「扇の要」と言われるくらい重要なポジションだ。
「えー。なんか照れちゃうな。っていうか、私、そもそもピッチャーなんてやったことないよー。球種だって全然わかんないし」
「そこは、潮崎が教えてやれ」
俺が潮崎を見て、声を出すと。
「任せて下さい」
彼女は力強く頷いた。
こうして、継投のピッチャーは決まった。
内外野全てのポジションが決まり、本格的な指導は、明日からとなった。
その日の練習はいつも通りのキャッチボールと素振りだけで終わり、夕方の18時には解散となった。
「先生」
後片付けをしている部員を余所目に、潮崎から声がかかった。
「何だ?」
すると、彼女は心なしか照れ笑いのような表情を浮かべて、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
「いきなり何だ?」
「だって、ちゃんと9人集めてくれたじゃないですか。私たち、やっとこれでまともな野球ができます」
「集めたのはお前たちだ。俺はお膳立てをしただけだ。それに本当に厳しいのはこれからだぞ、潮崎」
部では、彼女だけを特別扱いするわけにはいかないし、昔のように「唯ちゃん」と呼ぶことを俺は意図的に避けるようになった。
彼女は、それに対して、不満の声は上げなかったが、
「わかってますよ。やるからには全力でやりますよ」
と力強い瞳の色を見せた。
そこで、俺はふと思い出していた。この部には、リーダーさえいないと。
「そうだ。潮崎、お前がキャプテンやれ」
「ええーっ。私ですか? でも1年ですし。2年の先輩たちを差し置いて私なんて……」
当然、戸惑いの声を上げ、不安の籠る目線を宙空に漂わせていたが、
「いいじゃん、潮崎ちゃん。私らなんて先輩って言っても1個しか違わないしさ。そんなん気にしなくていいって」
「うん。私も別に潮崎さんでいい」
羽生田と辻だった。いつの間にか、後ろに二人がいた。
唯一の2年生組の彼女たちが、背中を押す。
こういうのが、むしろこのチームの「良さ」なのだろう、と俺は感じていた。
つまり、野球部は大抵、厳しい「上下関係」があり、それに縛られて下級生が上級生より活躍できない、という状態が長らく日本にはある。
というよりも、こういう「年功序列」のシステムが、ある意味、日本社会に蔓延している。
だからこそ、そういう「垣根」を取り払っている、この部活は魅力的にも見えるわけだ。
結局、他の部員たちからも反対の声は上がらず、キャプテンには1年生で、一応はエースの潮崎が務めることになったのだった。
こうして、武州中川高校の「女子硬式野球部」は正式に始動した。
だが、本当の意味での「試練」はこの先に、まだまだ待ち構えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます