第8話 マネージャーと野球
水曜日に清原が加入し、ついに残り1名で、何とか野球が形として出来る9人が集まるわけだが。
その9人目が決まらなかった。
彼女たちは、あらゆる手段を使って、部員を集めた。
SNSを使って、知人を当たったり、当てがありそうな生徒に直接声をかけたりして、残りわずかな時間を精一杯部員集めに奔走していた。
それは、傍から見ていても、涙ぐましいほどの努力に見えたが。
現実は残酷だ。
約束の金曜日の放課後。
部室に集まった9人の生徒、つまり選手としては8人の部員たちを眺めながら、パイプ椅子に座った俺は、
「残念だったな、期限切れだ。お前らのがんばりは認めるけど、結果が全てだ。女子硬式野球部は解散、俺は監督を辞める」
と無情にも言い放った。
このままだらだらと続けるより、早いうちにすっぱり諦めた方がいいと判断したからだ。
「そんな~」
潮崎が泣きそうな声を上げ、
「カントク。鬼! 悪魔!」
羽生田から容赦ない非難の声が浴びせられ、
「なんですの、もう終わりですの。とんだ茶番ですわね」
吉竹は嘆息していた。
部員全員から非難の声と、悲嘆の声が上がる中、1人だけ冷静な女子生徒がいて、その子が低い声を上げたのがきっかけだった。
「いるじゃない、1人」
えっ、と全員が振り向いて見つめた先には、辻がいた。
無口でクール。いつも言葉数が少なく、無表情で、何を考えているのかわからない少女だったが。
彼女が指さした先にいたのは、マネージャーの平野だった。
「何言ってるんですか、辻先輩。私はマネージャーですよ」
当然、戸惑いの表情を浮かべた平野が返すも、
「平野さん。あなた、確か中学まで男子軟式野球部のマネージャーだったそうね」
「はい」
辻と平野の、不思議なやり取りが始まり、俺を含め、残りの全員が注目していた。
「しかも、野球部の男子にフラれて、野球で見返したいって言ってなかった?」
フラれたことが衆目に露見したのが恥ずかしかったのか、平野が俯いて、顔をそむける。
「本当なのか、平野?」
俺が恐る恐る声をかけると。
彼女はようやく顔を上げ、
「はい」
とだけ呟いた。
その後、彼女の独白が始まった。
平野麻里奈は、可愛らしい容姿から男子にはモテた。中学時代から告白されることは数知れず。男子と付き合ったこともあった。
そんな時、1人の男子と彼女は付き合った。それが当時、所属していた男子野球部員の1人だった。
ところが、マネージャーとして、献身的に選手に接していた彼女に、心ない一言を浴びせた男子野球部員がいた。それが他ならぬ彼女が付き合っていたその彼氏だった。
「お前、どうせ野球できねえくせに、偉そうなこと言うんじゃねえよ」
平野は、野球の知識はあったから、アドバイスとして選手の相談に乗ったりもしていたらしいが、正論を吐いて、男子野球部員の彼の欠点を指摘したためか、プライドを傷つけられた彼によって、そんな一言を投げかけられたのがショックだったという。
それがあってから、平野はその彼氏と別れた。
「だから私は男子を見返したかったんです。女子だから野球ができない、なんて言われるのは悔しいじゃないですか。野球好きに、男子も女子も関係ないはずです」
終いには、目に涙を浮かべながら、往時を思い出すように彼女はそう言った。
それを見て、女子たちは、平野を慰める言葉をかけていた。
俺はその光景を眺めながら、静かに決意することにした。
一見、気弱そうに見える彼女が、実は芯が強いと思ったからだ。
「平野。合格だ。その気持ちがあれば、お前は成長できる。お前さえよければ、野球部員に迎えたいが、どうする?」
その一言に、部員たちは歓喜の声を上げ、平野は涙ぐみながらも、強く頷いて、
「私、初心者ですけど、野球の知識だけはあります。よろしくお願いします」
と泣き笑いのような笑顔を見せた。
「でも、マネージャーはどうするんだ?」
当然ながら、俺が声を上げると、意外なところから声が飛んできた。
「カントクがやればいいよ。どうせ暇でしょ」
羽生田だった。
「なっ。お前なあ、暇じゃないぞ。色々と考えることはある」
反論するも、
「いいからやりなよ、カントクちゃん。暇だったら私が手伝ってあげないこともないし」
ぶりっ子の笘篠にまで言われ、渋々ながらも俺は「監督兼マネージャー」という無茶な役割を果たすことになった。
そもそも監督をやりながら、スコアをつけるとか、もう面倒で仕方がないのだが。
こうして、どうにか9人は揃った。
野球経験者は、潮崎、伊東、羽生田、辻の4人だけ。残りの半分以上は未経験者ばかりの部活動で、しかも本当に最低の9人しかいない。
もし、怪我人が出たら、「替え」さえもいない。
俺はそのことが最も危惧すべきことだと思ったし、同時に、
(球数制限があるから、ピッチャーが1人じゃ足りない)
そう思っていた。
2019年。「高野連」が、それまで議論されていた高校生の「球数」による負担を考え、公式戦では「1週間で、1人最大で500球まで」という球数制限のルールを決めた。
つまり、1週間で1人の投手の投球が500球を越えたら、強制的に「交代」させられる。交代すべき選手がいない場合、そこで試合は「棄権」となる。
今のこのチームには「投手」は潮崎しかいない。
早急に打つべき対策は、まず「代替」の投手を用意することだった。
同時に、それぞれのポジションを決めないといけない。
女子硬式野球部は、ようやく「スタートライン」に立っただけだった。
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