第7話 ヤンキーと野球
ついに残り2人にまで迫ったが、期限の2週間までは残りわずか3日と迫った火曜日の放課後。
いつもの部室で、俺は面倒臭そうにパイプ椅子に座って、足を組んで、彼女たちに問う。
「で、残り3日だけどどうする? もう諦めるか?」
しかし、俺の一言に挑発されたかのように、潮崎が吠えていた。
「諦めません!」
だが、そうは言っても「当て」などあるのだろうか、と考えていると。
「もう仕方ないわね。私が一肌脱ぐしかないわね」
笘篠だった。
新規加入したばかりの彼女には「当て」があるようだった。
だが。
「えっ。よりによって、あの
石毛が笘篠と話して、その提案に驚いているようだった。
「清原?」
俺が問うと。
「ええ。私のクラスにいる子です。ただ、その子、色々と素行に問題があってですね。その、いわゆる『ヤンキー』なんです。正直、怖いですね」
石毛が珍しく、怯えたような表情を見せていた。
「いいじゃないか、ヤンキー。強そうだし、面白そうだ」
「だよね、カントクちゃん。それに、清原さんが入れば、絶対戦力になるよ。何しろ力があり余ってるからね」
俺と笘篠は珍しく意見が一致していた。
仕方がないので、翌日の水曜日の放課後。俺は笘篠と清原が所属している1-Cに向かった。
だが。
「あれー、清原さん、いないじゃん!」
笘篠が驚いた声を上げたように、その件の少女は席にいなかった。
得意の交渉術で、男子に聞き回る笘篠。得た情報では、今日はそもそも学校に来ていなくて、サボりだという。
というか、同じクラスなら気づけ、と思うのだが、笘篠は余程、女子には興味ないらしい。
さすがは噂のヤンキーと思ったが、「当て」はなくなった。
だが、さすがに翌日まで待つ余裕はなかったし、笘篠も焦っていたのだろう。
「ちょっと、カントクちゃん。私に当てがあるからついて来て」
強引に俺の手を引っ張って、放課後に街に繰り出すことになった。
そもそも制服姿の女子高生と街を歩くだけで、警察にでも見つかったら、何を言われるかわかったものじゃない。
内心、気が気でない俺に対し、笘篠は一目散にある場所を目指していた。
それは秩父鉄道で秩父まで行って、降りて商店街を抜けた先にあった。
まるで江戸時代の家屋のように、古い木造2階建ての屋敷のような家で、瓦屋根に格子窓に囲まれている、歴史を感じさせるような建物だった。
周囲は国道に面しており、裏手には酒蔵のような、大きな蔵まであった。
表札に大きく「酒造」と書かれてあった。どうやらここは酒造業者のようだった。
そんな中、制服姿の笘篠がずかずかと店に入って行く。
「いらっしゃいませ」
そして、カウンターの中から声をかけた、女子に鋭い目線を向けた。
身長が175センチくらいはある、大柄な体格の少女で、特徴的なのは、ショートカットというよりも、ベリーショートに近い、耳に髪がかからないくらいの短い髪型だった。それを金色に染めており、接客という立場上、仕方がなく上から頭巾のようなバンダナを巻いてそれを隠していた。
体格は筋肉質で、明らかに鍛えているのがわかる。
「清原さん、やっぱりここにいたのね」
ところが、清原と呼ばれた少女は、
「あん? 誰かと思ったら、笘篠か。何だ、客か? 未成年は酒、買えねえぞ」
不機嫌な表情を浮かべた。それはとても「客」に対する態度には見えなかった。
「違うわよ。話があるから来たの」
「話だ? 後にしろ。あたしは今、忙しい。見ててわからねえのか。仕事だよ、仕事」
と鋭い目つきで、断られてしまった。
仕方がないので、俺と笘篠は彼女の仕事が終わるまで、市内のファーストフード店で時間を潰すことになった。
とりあえず席に着き、買ってきたハンバーガーとポテトのセットを食べながら、彼女に聞いてみる。
「あいつは何なんだ?」
「だから、酒造業の娘だって。ニブチンだな、カントクちゃん」
いつもの軽口を叩かれていた。どうも俺はこの子が苦手だ。そもそもそういうことが聞きたいわけではなかったのだが。
「そうじゃなくて、何か運動でもやってるのか、あいつは。並の筋肉じゃなかったぞ、あれは」
そう尋ねると、
「ああ、それねー。まあ、清原さんをみんなヤンキーって言うけど、実はあの子、小さい頃から格闘技やってたらしいの。何だったかな、フルなんとか空手?」
「フルコンタクト空手か?」
「ああ、そうそう、それ!」
フルコンタクト空手。要は伝統的空手で採用されている「寸止め」やライトコンタクトの試合制度から区別され、グローブや防具なしの直接打撃を主体とする空手のことを指す。
それだけ、実戦向きの空手だ。
「へえ。まあ、それなら力がありそうなのもわかる気がする。ウチには4番タイプがいないから、ちょうどいいかもな」
俺の懸念はそこにあった。羽生田、辻、潮崎、伊東はいずれも野球経験者だが、どれもどちらかというと「巧打」タイプで、一発長打を狙えるタイプではないし、石毛は長打力がありそうだが、未経験者で未知数だった。
「でしょ。だから清原さんをスカウトすれば、一気にチーム力は上がるわけよ」
そう嬉しそうに言いながら、ハンバーガーを頬張り始めた笘篠。
(こいつ、意外と考えてるな)
笘篠が個人的に苦手なのは今も変わらないが、彼女にはどこか「計算高い」ところがあるのも確かだった。実はこう見えて「頭の回転が速い」タイプなのかもしれない。
夜8時。
ようやくその酒造業者が販売を終了、つまりその日の営業終了時間になった。
俺たちは満を持して再び酒造業者の建物に向かった。
清原は、建物裏手の酒蔵の前にいた。どうやら空手の練習をしているらしく、拳を握り締め、拳打を放ったり、足を上げて蹴り技を放っていた。
改めて見ると、女子にしては大柄な体躯を持っており、筋肉もありそうに見えた。
「清原さん」
再び現れた笘篠に、彼女は見向きもせずに、
「また来たのかよ。何だ、話ってのは?」
その動きを止めずに声だけで答えた。
「私たち、あなたをスカウトに来たの」
「スカウトだあ?」
「うん。野球部にね。一緒にやってみない? あなたのそのあり余る体力なら十分活躍できるわ」
だが、
「んなもん、興味ねえよ。大体、あたしは仕事と空手の両立で忙しい」
と、にべもなく断られてしまうのだった。
仕方がないから、俺が前に出た。
改めてみるとデカい。俺の身長が182センチだから、ほとんど変わらない身長で、その髪型も相まって男子にでも対面している気分になる。
「清原。せっかくだから、勝負してみないか?」
「勝負だあ? 誰と、何で?」
「野球だよ。ウチには絶対的なエースがいる。そいつの球をお前が打ってみろ。負けたら入部しろ、いいな」
いきなり断定的にそう言ったから、当然上手くはいかないだろう、という予測があったが。
「おもしれえな。いいぜ。あたしは『勝負』と名がつくものには負けたくねえんだ」
彼女はあっさりと挑発に乗っていた。あるいは、「単純」なのかもしれない。
その場は、彼女と約束をして、俺たちは分かれて、帰路に着いた。
翌日の水曜日の放課後。
彼女は来た。
大柄な体躯、金色のベリーショートの髪の毛、そして睨むような目つき。まるきり、ヤンキーというよりも「獣」のような風格すら感じる女だった。
早速、投手の潮崎に投げてもらうことにし、捕手の伊東にマスクをかぶってもらい、俺は審判役として、伊東の後ろに立った。
勝負は、潮崎が1アウトを取れば勝ち、清原が安打性の当たりを打てば勝ち。1打席限定のわかりやすい勝負になった。
だが。
1球目からいきなりシンカーを投げる潮崎のボールを、大振りに空振りしていた清原。
そのスイングが恐ろしいほどに強烈だった。
オープンスタンスに近い、少し広いスタンスでバットをゆったりと構え、足を使ってタイミングを取り、フルスイングしていた。
(当たれば簡単にホームランになりそうだ)
そう思えるほどの、強烈な力を感じるスイングスピードだった。
ところが。
「てめえ、いきなり何、投げてやがる」
その清原は、思いきりマウンド上の潮崎を睨みつけて、ドスの利いた声を上げていた。
初球に潮崎が投げたシンカーが気に入らなかったらしい。
「えっ」
驚く潮崎に、
「真剣勝負だろーが。投手ならストレート一本で来いや」
完全にピッチャーを挑発していた。
打撃理論も戦略も何もないように思える。
伊東もそう思ったのか、小声で、
「先生。どうしますか?」
と聞いてきた。
「面白い。やらせてみろ」
俺は内心では、この清原という女の力が見たいという気持ちがあった。もちろん、遅い球しか投げられない潮崎なら、勝負には負ける確率が高いが、それを犠牲にしてでも「見たい」という気持ちが優先した。
そして、
「おらぁ!」
恐ろしいほどの叫び声が轟いた。
瞬間、清原の金属バットから火が噴いたように、バットの芯に当たったボールが、フィールドのはるか頭上を飛んでいた。
強引に引っ張った打球は大きな弧を描き、左中間方向に伸びて、そのまま柵の外に消えて行った。
ホームランだった。
ピッチャーの潮崎ががっくりと肩を落としている。
「先生。やっぱ無理ですよ」
伊東から恨めしそうに睨まれる俺だったが、一方の清原は。
「気持ちいい!」
と叫んでいた。
結果。勝負には負けたはずの野球部に対して、彼女は笑顔で言い放った。
「思ったよりもおもしれえな、野球。いいぜ。あたしが入ってホームラン打ちまくってやる。1-C。
清原は、あっさりと女子硬式野球部への加入を認めた。
部員たちが喜びの声を上げる中、内心では俺は全く別のことを考えていた。
(あいつは確かに当たれば飛ぶ。だが、そもそも「当たる」のか?)
つまり、野球はただバットを振り回せばいいというものじゃない。確かな技術と経験、そして予測をする、実は「頭を使う」スポーツでもある。
そもそも実戦では、あんなにストレートばかり来るわけではないし、変化球に対応できずに、簡単に三振の山を築きそうな予感がしていた。
要は、ああいう打ち方をする奴を、通称「ブンブン丸」と言うわけだ。もっとひどい言い方をすれば「大型扇風機」なんて言ったりもする。
どんなにすごいスイングを出来ても、当たらなければ意味がない。
とにかく、メンバーは残り1名になった。
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