第6話 ぶりっ子と野球
無事に石毛と吉竹という、野球経験者ではないが、スポーツ経験者を加入させることには成功していた。
だが、次の相手はさらに「変り者」だった。
「で、次の心当たりは? もう残り1週間しかないぞ」
俺が自ら設定した、2週間という期限まで残り半分の1週間に迫ったその日、金曜日。放課後の部室でいつものように呟くと。
「経験者って意味じゃ、正直難しいですね」
潮崎が俯いて、自信なさげに呟く。
「そうですね。この学校にはソフトボール部もありませんし」
伊東が同調して言ったように、この学校には何故かソフトボール部はなかった。そこから経験者を引き抜くという戦略はそもそも使えない。
「あの、いいですか?」
恐る恐る手を上げたのは、先日入ったばかりの石毛だった。彼女は、礼節を重んじているのか、誰に対しても敬語を使う。
「なんだ、石毛?」
「私のクラスに、ちょっと面白そうな子がいます。いつも孤立してるから、もしかしたら仲間になってくれるかもしれません」
孤立してるから、仲間になってくれるという理屈が全くわからなかったが、石毛が妙に自信のありそうな目つきで、発言しているのが気になった。
「わかった。とりあえず何でもいいから勧誘しろ」
半ば投げやりになって言い放つ俺に、
「何、言ってるんですか、森先生。先生もついて行って下さい」
潮崎から睨まれるような視線を送られていた。
「何でだよ、面倒だなあ」
「いいから行きなさい。わたくしがわざわざ入ってあげましたのよ。つまらない部活だったら、さっさと辞めますわ」
今度は、プライドが高い吉竹に背中を押され、仕方がなく、今度は石毛と約束をして、週明けの月曜日の放課後に彼女のクラス、1-Cに向かうことになった。
月曜日の放課後、1-C。
そこで石毛と共に会ったのは、クラスで孤立している少女だった。
もっとも、それは「女子」からであり、逆に「男子」からは人気があり、彼女の周りに何人かの男子生徒が集まり、盛んに話しかけていた。
「ええー。そんなことないよぅ」
とか
「えへへ。嬉しいなぁ」
と言った、いかにも「私は可愛らしい女子です」という態度をアピールしているような、彼女の声が轟いていた。
身長155センチくらい。ウェーブのかかったロングヘアーを茶色に染め上げ、オシャレな印象を抱かせる、細身の子だった。
二重瞼に小さな口と、顔も整っており、美人と可愛いの両方を兼ね備えているような、小綺麗な印象を持たせる。
美少女と言っていい容姿を持っていた。
彼女は、それを笑顔で応えていたが、心なしか面倒臭そうな目の色にも見えた。
「
そこに、強引に割り込むように石毛が声をかけた。
彼女を取り巻くように囲んでいる男子生徒から不満の声が上がるが、
「お前ら、邪魔だ。さっさと帰れ」
俺が不機嫌に呟き、睨むと、男子生徒たちは渋々ながらも順次立ち去って行った。
「あんたら、何?」
その視線と、話し方が先程まで愛想笑いを浮かべていた、同じ人物とは思えないほど冷たく感じるものだった。
(二重人格か)
と一瞬、思うほど表情が豹変していた。
それは、彼女が「男子」と「女子」に対して、意図的に使い分けているのかもしれない。ある意味では、非常に「女性」らしいとも言える。
というか、その女子の隣に「男」の俺がいるのだが。
「突然、ごめんなさい。私たちはあなたを野球部に勧誘するために来ました」
ところが、そう話した石毛の顔を睨みつけながら、笘篠と呼ばれた彼女は、
「野球部? なんで私なの? 私、経験もないし、そんなのやるつもりないわよ」
と、あっさりと断っていたが。
「そこを何とか。笘篠さん、男子にはモテるけど、女子からは嫌われていて、いつも孤立してるじゃないですか。野球部で活躍すれば、男子にはさらにモテて、女子を見返すこともできます」
石毛が、意志の強そうな瞳を向け、はきはきと話していた。
「あんた、おとなしそうな顔してる割には、はっきり言うわね」
呆れたように、嘆息している笘篠がいた。
「ごめんなさい」
無遠慮な一言を詫びる石毛に対し、笘篠は、
「いや、別に謝らなくてもいいけどさ。大体、なんで私なの? 運動神経だって自信ないし、正直、気分が乗らないのよね」
と、どうにも乗り気ではないように見えた。
「笘篠さん。あなたは確か『アイドルになりたい』とおっしゃってましたよね?」
「うん、まあね」
石毛の一言に頷く笘篠。
俺は、この少女がアイドルになりたいと思っているなど全く知らなかった。
今日はほとんどついて来る意味はなかったな、と思いながらも彼女たちの会話を見守ることにした。
「でしたら、『目立つ』ことで、今からファンを獲得できるんじゃないですか?」
「ファンの獲得? そんなの間に合ってるわ。私の取り巻き連中を見たでしょ。何もしなくたって、私の可愛さに男子たちは寄ってくるのよ」
正直、男としては一番「苦手」なタイプかもしれない、と俺は思っていた。
つまり、こいつは男子にだけいい顔をして、女子からは嫌われる、典型的な「ぶりっ子」タイプだ。
猫をかぶるタイプとも言える。
「でも、野球の試合で活躍したら、テレビ局も来ますし、ネット配信もされますよ」
「えっ、テレビ? ネット? マジで?」
テレビやネットという単語で、笘篠の表情が変わっていた。
「ええ。全国大会まで行けば、それこそ全国にまで顔が知れ渡りますわ」
石毛が押しているが、そもそもその「全国大会」まで行ける保証はどこにもないのだが。
一方の笘篠は、何やら深く考え込み始めた。
彼女の頭の中では、今頃、様々な葛藤や計算が働いているのかもしれない。
しばらく黙って石毛と二人で見守っていると。
「はあ。わかったわよ。いい加減、女子たちからウザがられるのも飽きてきた頃だしね。私が活躍して、テレビに映って、一気にスターへの街道を突き進んでみせるわ」
ある意味では、こいつも先日入った吉竹と似ているかもしれない、と内心で俺は思っていた。
変にプライドが高いというか、目立ちたがり屋というか。
だが、この時、まだ俺は当然ながら、この少女の真の性格を知ってはいなかったのだが。
「本当ですか? ありがとうございます!」
喜色を面上に浮かべる石毛に対してではなく、笘篠は俺に向き合うと、
「1-C。
急にしなを作って、可愛らしさをアピールするように、わざと上目遣いでそう言ってきた彼女。
(こいつ、苦手だ)
俺は苦笑しながらも、かろうじてそう思っていた。
一言も紹介していないのに、俺が監督だと見破られたのも妙だったが。
とにかく、こうして奇妙なぶりっ子娘、笘篠天が新規加入する。
約束の2週間までは残りわずか数日だった。
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