5-2「風切り羽・村井勇利」



 苛々する。タイムが悪く調子が上がらない。


 各コーチの声や水を打つ音が反響する屋内プール。村井勇利は、その胸中にモヤモヤと渦巻く不満を少しでも振り払おうと乱暴に水面を叩いた。プールサイドにてストップウォッチ片手に村井を見下ろすコーチから、非難の視線を浴びせられる。が、村井はそんな事気にしない。調子が上がらない。その事が何よりも優先して大問題だった。


 スイス・ローザンヌにてシリーズ戦最終レースを戦って来た村井は、7日前に日本へ帰国し、通常通り練習へ参加していた。

ローザンヌ大会の村井の順位は36位。スイムを12位で上がり、バイクでは総勢20名の第一集団に乗る事ができた。そのままバイクを終えたのだが、ランスタート後、30秒空いた後続集団からのランナー勢の猛烈な追い上げの餌食となってしまい、思ったように順位を上げる事ができなかった。

結局、今年の年間シリーズランキングは29位。目標に届く事ができなかった。

失意のまま帰国。時差ボケや、疲労抜きも兼ねて数日休みを取った後、通常通りの練習へ合流していた。

2週間後にはまたレースを控えている。そこから逆算すると、徐々にまた調子を上げていくべき段階である。それなのに、村井の意に反して各種目調子が上がらない。本日のスイムのタイムに関していえば、学生時代でもこんなタイム出した事がないほどに、遅いタイムだった。

自身への失望、焦り、それらが苛立ちとなって村井の精神を蝕んでいく。今の状態はとても通常通りとは言えないという事は、村井自身も気が付いていた。気付いていながら、それが何故こうなっているのかが分からない。


体調自体は悪くない。体重や心拍数など、毎日記録している項目があるのだが、それらは全て平常値を指し示していた。

疲労感がまだ残っているのではとも思った。しかし、そんなことは無い。帰国後に数日休みをとり、疲労抜きはバッチリだ。

食事に関しても、極端に食欲が減ったり増えたりはしていない。確かに、ローザンヌでは普段と違うものを摂っていたが、それは海外遠征なら当たり前のことで、しかも極端に変なものを摂ったりはしていなかった。帰国後も、今まで通りの食生活に戻していたし、そこの問題は無い。

日本の暑さが気になりはするが、もしそれが原因なら、こんなに中途半端に練習結果が悪くなったりはしないだろう。暑さによる不調なら、もっと大崩れする筈だし、それこそ疲労感がかなりのこっているはずだ。


原因と思われる項目を一つ一つ潰していくうちに、村井はいよいよわからなくなって来た。調子は落ちる一方。原因はわからない。それでいて、レースまでの日数は確実に減って来ている。

村井は不意に足元の地面が抜けてしまったかのような心許なさを覚えた。今立っている地面を失い、上も下も右も左も分からない暗闇の中を、ただただ踠きながら、前だと思う方向に向けて進んでいる。否、進んでいるのかさえもわからない。それほどの暗闇の中に一人放り出されたような感覚で、村井は今苦しんでいた。

そうこうしている内に、本日もなんの打開策も打ち出せないまま練習が終わった。悲壮感を隠そうともせずに更衣室へ下がっていく村井の背中は、とても現在2連覇中の日本チャンピオンのそれには見えなかった。


更衣を終え、村井は足早に帰路に着いた。帰宅したとて、別段何があるわけでも無いのだが、少なくとも競技を感じさせるものからは遠ざかる事ができる。


(今はもう、競技のことを考えたくは無い。)


シーズン中盤。まだまだレースが続くにも関わらず、村井の精神は完全に疲弊していた。車に乗り、キーを回すと間髪入れずに発進させ、逃げるようにその場を去っていった。


翌日もそのまた翌日も、村井の調子は上がって行かなかった。否、事実だけ言うと、村井は既に復調していた。各種目の数値、タイムであったりなどは、平常時のものに戻って来ている。その為チームのスタッフ陣も、村井の不調はシリーズ最終戦という大一番を戦って来た事による一時的な疲労だった。と既に不調の波は過ぎ去ったと結論づけている者もいた。側から見ればまさにその通りで、数値上村井は既に復調したといっても良かった。

しかし、村井自身にしかわからないことなのだが、彼は自身が本調子でないと直感していた。言葉では上手く言い表せない。例えるなら、白い靄や霧の様な物が纏わりついて離れないような、酷く曖昧で目で見る事も出来なければ、手で触れる事も出来ない、しかし確実にそこにある何かに最後の一押しを阻まれている感じだった。

故にスタッフ陣にこの状態を伝えようにも、それが叶わない。言葉にならない感覚、感覚とも言えない様な酷く曖昧なものの為、「他人に伝える」という手段の無い対象だった。


しかし、それでも村井は選手だった。この競技で登り詰める事の出来るだけの「大器」を持つ選手であった。なんとかして、この感覚を指導者・スタッフと共有しようとした。しかし伝える為の言葉が無い。少なくとも、村井とスタッフとの共通認識の中にある言語に、今の村井が伝えたいこの感覚を表現する単語は存在しなかった。

その為、スタッフ陣も村井が何かの「異常」に見舞われていると言うことは認識できるのだが、果たしてそれが「本当の異常」なのか「ただの気のせい」なのかを判断する事ができなかった。


言葉に言い表せない感覚、感情、気分となれば、まさにそれは「ただの気のせい」と判断せざるを得ない。結局、村井が指導者陣から受け取った言葉は「考えすぎるな」の一言のみである。数値もタイムも異常は無い。となれば、本当にただ村井自身の気の持ち様だけの問題となる。「村井勇利」でない他人が理解できることは、ある意味ここが限界だった。


村井は酷くもどかしい気持ちのまま、以前正体も、形さえも見えず、実際本当にいるかもわからないままの不調を抱えながら、日々の練習を消化していた。

そのうち村井は諦めの気持ちが強くなって来た。所詮は他人。指導者や専門スタッフとして実績があろうとも、真に選手の動向を理解することは不可能なのだと。他人にできることは、あくまでも「伝えられる事」に対するアクションだけである。どれだけ熟練の力を持ってしても、「伝わらない事」「外に表現できない感覚」にたいして何かをするという事は不可能である。それこそ本当に、テレパシーなんかを持つ超能力者でも無い限り、そこが「他人」と「自分」との最後の境界線でもある。


(「孤独」だ。)


村井はそんな事を思う様になって来た。何かの本で読んだ事があったが、何かを極めると言うのは、山に似ているらしい。最初は山の裾野の様に横に広く大勢の人がいる。しかし上へ登って行くにつれて、段々と横に広かった裾野は狭く絞られていく。それに伴って、同じ感覚を共有できる同じステップにある人というのは少なくなっていく。そして最後、頂上に到達した時、そこにいるのはただ一人だけなのだと。

誰とも共有できず、誰にも伝えることが出来ない。頂点というのは、そういう場所らしい。そしてその前段階である、十分に標高の高くなった場所も、共有できる者は限られてくる。

故に極めようとするものは孤独なのだと。


しかし、だからと言って人を寄せ付けないのは違うと村井は思っていた。孤独だからといって、それでは今の状態を村井一人で脱する事ができるかといったら、それは不可能であると村井は思う。故に村井は探すしかない。別の山の者でもいい、何かこの感覚に対してきっかけをくれる者を探すしか無いのだ。そしておそらく、これから先はその事が重要になってくる。一人の人間、少数の人間から得られる事には限りがある。自分の様に世界の頂点を極めんと思うのであれば、なるべく多くの見識に触れるべきだと村井は思っていた。

極論を言えば、世界中全ての人間の能力を身につけた上で、それに自身の能力を上乗せできた者が、世界一になる。極論で暴論だが、突き詰めるとそういう事になる。




9月も初頭、まだ暑い。練習が終わり午後6時。まだ明るいこの時間は、昼間よりかは幾分かマシなものの、じっとりと肌にまとわりつく様な暑さが残っていた。もう村井の調子は元に戻り、次なるレースへ向けて、上がって来ていると評価しても良い記録だった。それでも村井の表情は晴れない。言葉に出来ない、靄の様な感覚がその身に着いて離れない。

しかし、村井はもうそれを理解してもらおうと言う事は諦めた。これは決して、指導者・スタッフに絶望したからでは無い。「こういう要素も存在する」と村井が自身を納得させる事ができたからである。

ここから先は自分での戦いである。この状態を脱却、もしくは受け入れる落とし所を見つけなければならない。


そんな折、驚くべき事が起きた。ここ数日この感覚を持ち続ける中で、たまたま何か靄を掴む様な感覚を得た日があった。その日、なんと驚くほどのパフォーマンスを発揮できたのである。

村井がこの感覚を「悪」と思い続けて来たのは、これが酷く不安定だからである。先程の靄を掴む様な感覚は正に形ないものを掴もうとする行為。故に手に取れる確実な力を育てるべきとその感覚は排除して来た。

しかし、この感覚を他人と「共有」する事を諦め、改めてシリーズ最終戦を振り返った時、村井の脳裏に浮かんだのは


(果たして今のこの確実な力を突き詰めたところで、あの頂点にまで達する事ができるのか。)


という疑念であった。そして帰国後新たに得た「不確定」な感覚、その感覚に慣れて来た頃に突如起きた爆発力。

村井はそこに活路を見出した。


(これなら、戦える、のか…?)


 成長とは破壊と創造の繰り返しである。爆発的な急成長を迎え入れるには、それに見合うだけの大きな破壊が必要になる。

 シリーズ最終戦での経験とそれに伴う帰国後の一時的な絶不調。意図せず、村井はその急成長に見合うだけの破壊をこの短期間に完了させていた。

 成長に対する正確な破壊が完了すれば、それぞれに等しく成長の波は訪れる。しかし、引く潮が大きければ大きい程、生まれる波も大きくなる。今回の破壊という引きはあまりにも大きく、生まれる波はおそらく村井が今まで経験した事のない大きさと勢いになるだろう。

 この波を御し切れるかどうか。失敗すれば、調子はまた低迷し、再び浮き上がる事は難しくなるだろう。しかし、乗りこなせば数段飛ばしでステップを進められる。


 今、村井勇利は、自分自身の「可能性」に試されていた。


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