第5話 あの時の返事


「何で凪がここにいるんだよ?!」


 そこにいたのは紛れもなく自転車で俺の前を走っている凪だ。


「も〜やっと気づいた? 入学から2週間は経ったでしょ?」


 どういう事だ? いつからそこに居た??


 急いで自転車を並行させる時には凪の不安定な運転はなくなっていた。


「何でここに居るんだよ?!」


「も〜また言う? じゃあ、。学校に着いたらわかるかもよ?」


 入学式からって事は2週間、少なくともその時同じクラスに凪の姿はいなかった。

 他のクラスとか? 転校? ー…だが、入学式の時確かにクラスと名前を見た筈だ。そこに名前なんてあるはず無いと判っていながら。


「お前……特進クラスー…」


「違いま〜す! まず特進クラスなんてこの学校には無いでしょ?」


 言われてみればそうだ。

 思考を巡らせやり取りしてる間に、学校に着き下駄箱に向う。


「離婚して苗字変わったとか?」


「違いまーす!」


 なんだ? と思いながら凪を見ると違う方向に足を向けていた。


 ったく。どこ向かってんだよ……。


「おい! 凪、お前そっちは2年の下駄箱ー…」


 凪は俺と目が合うと、今までにないほど最高の勝ち誇った笑み。


「そう! 私、2年生なんだ! 実はなんだよ?」



☆☆☆☆☆



 山崎 圭吾と出会ったのは、私が留年をして1つ下の学年で生活するクラスでだった。

 本当は入学式の日に来る予定なんてなかった。

 

 ー…1人だけ置いてけぼり。


 本来の同級生との入学式から2週間、順調に馴染んでいる筈だった。

 たった2週間、築き上げたのはエゴと薄っぺらい紙切れの関係だけだった。

 壊したのはたった一言。


 『北園ってクラスでも断然美人で可愛いよなー!』


 そこからは、男子たちからの向けられる異性の視線とチヤホヤ。そんな事は当たり前の様に他の女子からは面白くない。

 まるで一連のドラマみたいなあるあるな出来事に一瞬で破滅へ導かれ怖くなった。

 出席日数も、単位も、保健室登校も何も足りず、結果は留年。


 ー…こんな惨めな理由で留年なんて、知られたくない。


 新入生からしたら喜ばしい日に出席していないのは、後々何らかの影響でボロがでるだろう。

 そう思いながら入学式の日、圭吾アノコのクラスに重い足を向けた。

 教室に入ると期待と少しの緊張感があり私には眩しい空気が溢れいた。

 出席番号で席を、探していくと私の席に誰かが座っていた。

 髪は短めで、頬杖を付き眠そうに欠伸をし、サッカー大好き少年、兄弟がいたら末っ子、そんな可愛い顔立ちをしていた。

 ふと、眠そうなその子を見て思い浮かんだ言葉。

 

 ー…お子ちゃま。


☆☆☆☆☆



 人と関わりたくなかった。


 いつ、どんな瞬間、私の留年がバレるか判らなくてか怖かったからだ。

 だから圭吾に入部を進められた時、元々部活には興味があり嬉しい反面戸惑った。

 入部しても特に困る事は無いと思った。

 2年の同級生は私のを知って居てもは知らないだろう。


 3週間で学校に行かない奴なんてー…。


 『駄目だ。強制に入部させる』『〜…お前が入って来てくれなきゃ俺が困るんだよ』そんな圭吾の言葉に押されるまま身動きが取れなかった私の檻を壊してくれた。


 一歩踏み出す勇気をくれたのは圭吾アノコだった。



☆☆☆☆☆


 顔は知られていないから大丈夫ー…なんて考えは甘かった。


『あんたがあのした女? ちょっと美人だからって調なんてすんのよ。なんでサッカー部のマネージャーになんか入ってんの? 』


 ー…ある放課後の教室、私は1人窓辺からサッカーの練習をしている圭吾アノコを見ながらこの前言われた事を思い出していた。

 人の噂、情報網を舐めてはいけなかった。


 ー…あの時一瞬圭吾に聞かれたかと思いハラハラしたな。

 

 廊下から足音が聞こえたかと思うと教室のドアが開いた。


「北園、ここで何してるんだ?」


「顧問! 見ての通りサボりです。怒ります?」


 呆れたような顔をして頭を掻きながら窓辺に居る私に近づいて来た。


「顧問こそ、何しに来たんですか? 私に告白でもー…」


「違う。今、練習試合をしているんだが、やはり上からの方が1人1人見やすいからな」


 確かに角度と高さ、見やすさは圧倒的にこのクラスが一番見やすい。


「ー…そういえば、圭吾がお前を探してたぞ? プロサッカーには北園という鬼コーチが必要だーって」


「……先生、嘘が下手くそですね」


「バレたか。だか、探してたのは本当だぞ」


「圭吾は……将来プロサッカー選手になりたいんですかね?」


「それは、誰よりも練習している圭吾アイツの姿を見て聞くことか?」


 ー…プロサッカー選手。


 将来の夢に向かって圭吾は今もボールを追いかけ頑張っている。

 

ー…私は……なんで、みっともない理由で留年何てして止まってるんだろう。


 圭吾が先輩からボールを奪いそのまま流れる様にシュートを決めるのが見えた。


 私がアメリカに留学する決心したきっかけは、やっぱり頑張っている圭吾アノコの影響だったー…。



☆☆☆☆☆


 留学する日が迫ってきていたある日。


『俺はが好きなんだよッッ!』


 圭吾が怒っている理由も判らなくて、苦しんでるまま、


『じゃあ、。俺もプロサッカー選手頑張るから、凪も頑張れよ!』


 ー…そう言って、強がって、去って行く背中を見送るしか出来なくて今も消えて行った方向を見つめ呆然としていた。


 圭吾が私を好き? いや、その前に顧問……圭吾のあの言い方『ー…海外! 行くのかよ?!』からすると、私じゃ無くてと思ってる?


 日本には帰って来ないと思ってて、もう会えない……って思ってる? だとしたらー…。


「……ふふっ。圭吾には申し訳無いけどー…」


 私が居なくなるって知り必死になってくれたと思うと自然と笑みが零れた。

 直ぐに戻って来るから、その時はー…。


 、また今度言うね。



☆☆☆☆


 凪が2年生? 先輩??

 どうりで一年で探しても見つからない訳だ。

 信じられない思いだが、今まで年下を扱う様な俺への扱い、悪戯、からかいからは納得出来てしまう……。

 俺が単にイジられキャラの可能性があるかは置いといて。

 

 俺……俺……。


「〜…あッの顧問!! 海外へ行くってぇ〜! 短期留学の事だったのかよッッ!」


 約2年間位の間なら俺のちっせぇ心でも我慢くらい!頑張れば出来るんだよッッ!

 顧問の『イェーイ。騙されてやんの』ってピースと、ペロって舌を出している姿が想像出来た。


 朝から大大大衝撃に、周りも気にせずに叫ぶ。


「ちゃんと確認せずに勘違いして突っ走るからだよ」


 凪が愉快で楽しそうに靴を履き替えながら言った。


「凪も! 言ってくれれば良かっただろッッ!! そしたらー…あの時……」


 あんな狂いそうになる気持ちにもならなかったし、あの時の俺の気持ち……、


「あの時って?」


「ー…壁ドンも告白もするはずなんてなかったんだッッ!!」


 俺の気持ち考えろよ!


 もう一生会えないって思ったんだぞ?

 本当はちゃんと怒り任せじゃ無い告白で伝えたかった。でも、流石に今のは言い過ぎたかも。


「……そっか……元々なんてなかったんだもんね?」


「ちがッ……!」


 ふわふわと蝶が軽い足取りで俺に近づきー…。


口からはー…ちゃんと素直な発言しなよ?」


 俺の唇に触れた唇ー…いつか、翔太の唇を触った時を思い出した。

 

 柔らかく、甘いー…そこにはがいた。


「あの時の……これから宜しくね。お子ちゃま圭吾君」


 出会った時を思い出したー…。

 凪の見透かした瞳に悪戯笑いが交じる。


「約2年間辛く我慢したでしょ? 襲って来ちゃう??」


 ? やはり、

 コイツに気が付いたら捕まっていた俺には到底判らない。


 「うるせぇ! 本気でするぞー…」

  

 1人1人の人生の先は見えない。出会いも、別れも、再会もー…。


 怒り任せの壁ドンも恋に落ちるのも俺が人生でする予定なんてなかったんだー…。


 完

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俺の気持ち考えろよ! @Yoakira

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