第2話 秘密
「圭吾! 部活ノート出しなさいよ」
朝早くから声を掛けてきたのは、もちろん我らサッカー部マネージャーでもある凪だ。
「わかってんだよ、朝からうるせぇな」
普通怒ったりドスの聞いた声を聞いたりすると、怯んだりビクッとなったりするはずなんだけど、俺のちょっと怒った顔は強顔でもなければ怒っても可愛い犬に噛まれた程度らしい。全くそんな効果なし。
正直に言うと、男だからそれは辛い。
それともただ凪だけが強心で鉄心の持ち主か。チラッと凪を見ると珍しくソワソワと少し照れている。
「それとー…昨日はありがとね。それだけッッ!」
☆☆☆☆☆
ー…入学式から早くも2ヶ月が過ぎようとしていた頃。
放課後の部活で今日はいつもより早く終わったが、一人グラウンドに残りディフティングの自主練をしている。
サッカー部に入部した俺は、マネージャーとして入った凪と認めたくないが仲良くなっていた。
最近わかってきた事は、凪はクラスでも自分から話しかけるのは俺かサッカー部他のメンバー、マネージャーくらいだという事だ。そんな凪が、なんでサッカー部のマネージャーをしてるかという問題だが。
マネージャーに誘ったのは俺だ。
『先輩命令だ、圭吾。一人女子マネージャーを連れて来なければ入部は認めん!』
今思えば暑苦しい男子の群れに、癒やしの可愛い女子マネージャーが欲しいがために、後輩に理不尽な命令を押し付けた酷い先輩達だと思う。
生憎俺は女子に興味が無かったから、まともに話すのは入学式からやたらとからかって来る凪ぐらいだった。
『なぁ凪、サッカー部のマネージャー入んねぇ?』
ダメ元で聞いてみた。
やっぱり凪はあんまり人と関わりたくないのか『ごめん』と少し困ったように言った。
『駄目だ。強制に入部させる』
『なんでよ?!』
『なんで人と関わろうとしねぇのかは知らねぇけど、お前が入ってくれなきゃ俺が困るんだよ』
うっと教室の椅子に座ったまま凪は黙り込んだ。
いつもの凪らしくない、今がからかって来る仕返しのチャンスだ。
既に入部届けの紙は貰ってたから、それに書こうとする『わかった! わかったから!! 自分で書く!』慌てて俺の手元から紙を奪った。
本当に入るとは思ってなかったから、ちょっと罪悪感が今も残ってるんだよな。
トンッとディフティングで頭の上にボールをもって来る。
今日の部活も楽しそうだったし、問題はなさそうに見えたけどなんであんなに人と関わろうとしないんだ?
下校時間が近づいて来たからディフティングをやめ部室に着替えに向かう。
すると何やら部室内から声が聞こえたと思ったら、数人の女子が揉めていた。
「あんたがあの…〜した女? ちょっと美人だからって…〜だから…〜なんてすんのよ。なんでサッカー部のマネージャーになんか入ってんの?」
ドア越しだからか全部は聴き取れない。
面倒くせぇし、関わりたくない。
部室を立ち去ろうとドアについている窓からチラッと、中で集中攻撃で餌食にされていた奴が、突き飛ばされたのが見え息を呑んだ。
ー…凪だった。
「何してんすか?!先輩ッッ!!」
ドアを勢いよく開け凪に駆け寄り庇うように周りを囲んでた奴らを睨んだ。
知らないメンツ。女子に興味がない俺だって同級生の同じサッカーマネージャーくらいは覚えている。
ジャージの色からして2年の先輩たちだ。
「……圭吾」
「大丈夫か凪。さっき突き飛ばされたけど、怪我とかないか?」
ギロリと穴が空くほどビクッと一瞬怯んだ先輩達を睨んでいると「ま、せいぜいその可愛い後輩くんに慰めてもらいなよ」と捨て台詞を一人が吐き部室を出て行った。
「ありがとう。圭吾」
何故だが後ろを向いたら駄目な気がして、後ろに向かってボールの反対の手に持ってたタオルを差し出す。
「ん、汗臭いけどいる?」
「ふふっ。泣いてないから要らないよ。…ーでも、もう少しだけここに居て」
背後からすっと服の裾を弱々しく捕まれたかと思うと背中にもたれかかって来た。
窓から入ってくる真っ赤な夕日の光がやけに熱い。
「ん、了解」
マネージャー誘った責任もあるし、コイツは絶対俺が守る。
☆☆☆☆☆
「それ、昨日も聴いた。照れる事なくねぇか?」
そう言った圭吾は本当に、気まずくなさそうだ。
昨日は背中も借りたし、最後まで一緒に居てくれて私は、流石に照れないわけ無いでしょ。
「もう、バカッ!」
圭吾は気付いてないだろうけど、普段怒っても怖くない可愛い系男子が、あの時の獣の様な鋭い眼でマネージャー達怯えて逃げたのに。
あの時、ドキドキしたってことは秘密。
楽しい気持ちの反面、凪の心の奥底にある苦い秘密がチクチクと痛んだ。
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