通学路

口一 二三四

通学路

 家の前で待ち合わせをする。

 早朝の道。学校へと繋がる通学路。

 アナタが時間ピッタリに出てきたことはなく、私はいつだって待ちぼうけをしている。

 玄関扉を隔てた外から中の様子は伺えない。


「ちゃんと起こしてよ母さん!」


「だからちゃんと起こしたって!」


 それでも時折聞こえてくる室内からの声で、慌てて準備しているのだなというのはわかった。


「ごめんお待たせ!」


 ガチャリと玄関が開きアナタが出てくる。

 階段の一番上と一番下にいる関係から視線を上げる。


「そんな待ってないから大丈夫だよ」


 まだ眠たそうな顔と、寝ぐせで跳ね上がった髪が見えてクスリと笑った。


「おはよう。今日も寝坊?」


 門戸を開けて私の前に来たアナタの背は小さくて、上から下へ。頷くみたいに視線を下げる。


「いやちゃんと起きたんだよ。起きたんだけどそのまま二度寝して、それを母さんが起こしてくれなくてさ」


 ブツブツと語られる遅くなった理由に耳を傾けながら隣同士で歩き出す。

 家がご近所で昔からよく知ってるアナタは、気がつけば私の後輩として同じ学校に入学していた。


「目覚まし時計はちゃんとかけたの?」


「かけたかけた。三つかけた」


 私達の住む地区の子は近いからという理由でその学校を選ぶことが多い、のは知っているけど。


「三つ? 三つはさすがに多くない?」


 こうしてまた一緒の学校に向かう時間ができたことは、小学校の頃に戻ったみたいで嬉しかった。


「五分刻みで鳴るようにしてさ、寝過ごしても大丈夫なようにしてたんだよ」


「じゃあなんで今日は遅れたの?」


「…………最初起きた時に全部の目覚ましの電源オフにした」


 情けないような恥ずかしいような。

 そんな表情を浮かべそっぽ向くアナタは本当に昔から変わりがなくて、それがとても可愛らしく見えた。

 けれどそんな本音を口に出すことはない。

 外見から「女の子みたい」とよく言われるアナタは「可愛い」と言われるのを嫌う。

 本音であろうと冗談であろうと過敏に反応する言葉を、本心でも伝えるのは躊躇われた。

 身長が高くて「デカ女」と言われてきた私はその気持ちがよくわかる。

 例え今は言っていなくても、過去に言ったことがある人はたくさんいて、傷ついたりもしてきた。

 そんな中でアナタだけは。


「えっ、なに? なんでそんなジッと見てるの?」


「んー? ふふっ、別に」


 今も昔も、私が傷つくようなことを言ったことがない。


「変わらないなーって」


「?」


 意識してそうしているのか、無意識にそうしているのかはわからない。

 もしかしたら心のどこかでは他の人達と同じように、私がアナタを可愛いと思うように。

 身長が高いデカ女と思っているのかも知れない。

 それでも……。


「……いつもありがとう」


「なんで急にありがとう?」


「そういう気分だから?」


「気分か気分なら仕方ないな」


 年齢や外見を気にせず、気にされもせず過ごせるアナタとの時間は。

 なんだかとても、かけがえがなくて手放せなかった。



 学校が近づいてくる。

 道の先に校門が見えてくる。

 通学路に同じ制服を着た学生が増えていく。

 なんの変哲もないありふれた平日。


 また今日も、一日が始まる。

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