第7話 ザ・ファースト・テーブル
*登場人物
*以下、本文
SE:調理の音、天ぷらを揚げる音。適宜、食器の音を入れる
斎賀「悪いね。引っ越し早々食事作ってもらって」
鳥辺「今日から居候としてお世話になるので、せめてこれくらいはと思って。引っ越しの日はそばを食べるものでしょう? だからかき揚げの天ざるです」
斎賀「かき揚げって家庭で作れるものなんだ」
鳥辺「昔うどん屋でバイトして教えてもらったんです」
斎賀「へえ、道理で。この蕎麦もすごいな、化粧箱入りだ」
鳥辺「三宅さんにもらったんです」
斎賀「えっ」
鳥辺「ええ、引っ越し祝いにって」
斎賀「(ウザそうに)三宅に引っ越しのこと言ったの?」
鳥辺「はい。総務部で社宅の解約手続きをしてた時にたまたま会っちゃって。あ、そうだ、三宅さんから伝言預かってました」
斎賀「なんて?」
鳥辺「『がんばれ』だそうです」
斎賀「(ウザそうに)うるさいんだよ」
鳥辺「……え?」
斎賀「ごめん、君じゃないんだ。 三宅がウザくてさ、つい……(間をおいて)三宅、なんか変なこと言ってなかった?」
鳥辺「特に何も聞いてません」
斎賀「ならいいけど」
鳥辺「三宅さん、いい人ですけどね? はい、鶏と玉ねぎのかき揚げ、揚がりました。次はハムとじゃがいもと人参いきますよー。残り物のくず野菜でできるからかき揚げってほんと便利で、これ僕んちの冷蔵庫の野菜室の底から出てきたやつで刻んでぱぱっと……(何かに気づいたように)あ、調子にのりました。ごめんなさい」
斎賀「え? 何で謝るの?」
鳥辺「くず野菜料理なんかを家主さんに振舞って」
斎賀「いやいやいやいや! 俺、そういうの好きだよ」
鳥辺「僕が作るのってなんか貧相で……斎賀さんが作って僕に食べさせてくれたのって、なんかすごいのばっかりだったのに」
斎賀「あれは君がお客様だったからで、俺が毎日毎日銘柄牛とか車エビとか食ってるわけじゃないって。インスタント麺とかコンビニ飯で済ますことも多いし、普段は普通の家庭料理が食べたいよ」
鳥辺「お気遣い痛み入ります」
斎賀「気なんか遣ってない」
鳥辺「斎賀さんって何でもできるから、自分でやったほうがうまくできるって思われてる気がしてたんです」
斎賀「考えすぎだよ」
鳥辺「今までは客として来てましたけど、こんないい部屋にタダで住ませてもらうからにはできる範囲で料理とか掃除とか担当しますから」
斎賀「客から同居人になった途端気を遣いだすって、普通は逆だろう」
鳥辺「客だったときは追い出されても帰る部屋がありましたけど、これからはそうもいかないので……」
斎賀「今までみたいにリラックスしていいのに」
鳥辺「いえ、今日から僕はごく潰しの居候ですから……あ、お皿出してもらってもいいですか」
斎賀「これでいい?」
鳥辺「斎賀さんちって食器まで洒落てますよね。割らないように気をつけないと」
斎賀「……あんまり無理しなくていいよ。君、俺と同じ部署だし忙しいのは一緒じゃないか。根は詰めなくていいから。今までもルームクリーニングサービスとかケータリングとか利用してたし」
鳥辺「外注してたらお金かかるでしょ」
斎賀「毎月のインセンティブで十分賄えるって」
鳥辺「仕事ができる人はいいなー」
斎賀「君にも多少ついてるはずだけど。貯めても貯めても女性問題で全部溶けるんだろう?」
鳥辺「勘弁してください、耳が痛いです」
斎賀「君がまともな生活を送れるように俺が見張ってやるから覚悟しろ」
鳥辺「えー、見張るんですか?」
斎賀「まあ、家主としての権限内でね」
鳥辺「じゃあ、家主さんに一つ聞きたいんですけど」
斎賀「ん?」
鳥辺「女の子連れ込んだらダメですか」
斎賀「ダメ」
鳥辺「ですよねー……って、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですかー。冗談ですって」
斎賀「君の色恋沙汰の冗談は冗談で済まないときが多々あるから」
鳥辺「僕は普通に一生連れ添える人を探してるだけなんですけどね。あ、かき揚げこれで全部なんで、テーブルにお願いします」
斎賀「ちょっと味見していい?」
鳥辺「はい、あーん」
斎賀「……あーん。(サクサク食べて飲み込んで)うん、うまい」
鳥辺「斎賀さんがマジであーんすると思わなかった……」
斎賀「えっ、だって君があーんって言うから」
鳥辺「すみません、まさかこんな冗談につきあってくれると思わなくて」
斎賀「俺も君がこういう新婚みたいな冗談をかましてくるとは思わなかったよ」
鳥辺「(笑って)新婚……!」
斎賀「(間をおいて、ちょっと咳払いして)……鳥辺くん、君さあ、そういうの俺以外にやったり言ったりしちゃダメだからね」
鳥辺「わかってますって」
斎賀「俺はいいんだけどね、俺は。でもよその人間にはよくない」
鳥辺「つい、調子にのってしまって……すみません。(考え込むように)でも、なんか……嬉しかったんですよ」
斎賀「嬉しい?」
鳥辺「あんだけ仕事ができてシュッとしてる斎賀さんが、ぴよぴよした鳥のヒナみたいで……その落差が、何て言ったらいいのかなあ、なんか、萌えーって感じで」
斎賀「萌え」
鳥辺「萌えっていうのもちょっと違うかなー。一瞬、ヒナに餌を運ぶ鳥の気持ちになりました。でも父性愛っていうのもなんか違う気もするし……よくわからないけど、なんだか一つ垣根を越えたっていうか、今までより家族っぽくなったっていうか、そんな感じがして」
斎賀「垣根を越えた、か……」
鳥辺「気分的には犬で言えばへそ天、鳥だったら頭カキカキって感じかなあ」
斎賀「(ちょっとためらうように)なんか照れ臭かったけど、俺も楽しいような気はしたよ」
鳥辺「でしょ?」
斎賀「(間をおいてため息をついて)君はねえ、ほんとに、君は……何て言ったらいいんだろう……人を
鳥辺「そうですか? そのわりに女性は誑し込まれてくれませんけどねー」
斎賀「あれだけ痛い目に遭っといてまだ言うか。ここは寺だと思え。ここに住む以上は雑念を断って清貧に甘んじ、真面目に暮らすんだ」
鳥辺「(笑って)寺ですかー……あー、そろそろ蕎麦、ゆで上がりますよ」
SE:麺の湯切りの音 氷水で麺を締める音
鳥辺「はい、出来上がり! 茹でたて揚げたてじゃないとおいしくないので、早く座ってください」
SE:椅子に腰かける音
鳥辺「あのー、食べる前に、改めてちょっとだけご挨拶させてください。(間をおいて、神妙に)斎賀さん、これから、僕が自活できるようになるまで、よろしくお願いします」
斎賀「自活できるようになった後もいていいよ。こちらこそよろしく」
鳥辺「(嬉しそうに)ありがとうございます! では、いただきます」
斎賀「いただきます」
SE:箸を取り、そばを啜る音
斎賀「うまい」
鳥辺「よかった」
斎賀「こうやって二人で食事っていいもんだなあ」
鳥辺「これまでだってよく宅飲みしてたし、社食とか出先の定食屋とかで一緒だったりしたじゃないですか」
斎賀「一緒に住んでってとこが違うんだよ」
鳥辺「あー、そうだ、三宅さんにも蕎麦のお礼、言っといてくださいね」
斎賀「言わない」
鳥辺「何でですか」
斎賀「ドヤ顔されるから」
鳥辺「ドヤ顔なんかするんですか?」
斎賀「する。あいつならする」
Bitty Geeky Birdies!【フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense
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