第4話 ミラー・バーディ・ミラード

*登場人物

斎賀佳史さいがよしふみ:三十路ちょっと手前の二十代の男性。営業部所属。何事もそつなくこなす、俗にいう「できる」タイプ。

鳥辺和樹とりべかずき:斎賀より二つ年下で同所属。女の子大好きで見境なくナンパする男。素直で人懐こい鳥頭。


*以下、本文


SE:グラスの氷がカランと鳴る音


鳥辺「スマホ届けただけなのに、部屋飲みさせてもらってすみません」


斎賀「いいって。明日休みだし、(おずおずと)……鳥辺くんと二人で飲むの、楽しいし」


鳥辺「いやあ、ほんとは、斎賀さんのスマホ、三宅さんに届けてもらおうと思ったんですけど、断られちゃって……」


斎賀「は? 君のデスクに置き忘れたのに、なんで三宅?」


鳥辺「だって仲いいでしょ」


斎賀「(遮って)悪かないけど、単なる同期。サシ飲みするほどじゃないって。この間はちょっと仕事の話してただけだし」 


鳥辺「お似合いなのになあ」


斎賀「似合うかどうかは俺が決めることだろ」


鳥辺「そうですけど……あ、このサーモン、美味しい」


斎賀「君、魚介系好きだったよね」


鳥辺「好きですけど……なんで男の一人暮らしの部屋飲みで、サーモンとかタコのサラダとかムール貝とかがさらっとつまみに出てくるんですか」


斎賀「来客用に冷凍のをストックしてるだけだよ。大げさだって」

 

鳥辺「斎賀さんって料理する人でしたっけ」


斎賀「料理、少しはできたほうがいいなって思って、最近レシピサイトとか見てるんだ」


鳥辺「斎賀さんってそういうの無縁だと思ってました」


斎賀「そりゃあ……(尻すぼみに、だんだん自信をなくしていく口調で)料理できる方が……好かれるかな、とか……思って……君、家庭的なタイプ、好きだろ」


SE、BGMを突然切って、次の台詞に光芒感のある効果音を被せる


鳥辺「あ、好きです」※お好みで、エコー加工


斎賀「好き……?」


鳥辺「はい、大好きですよ」※お好みでエコー加工


SE:光芒感のある効果音をフェイドアウト、無音の間。


鳥辺「え? どうかしました? なんで固まってるんですか? 家庭的な人が好きなのっていけませんか?!」


斎賀「(遮って、震える声で)ちょっと黙って……余韻が消えちゃうから……」


鳥辺「え?  余韻? あれ?! ……え? なんで涙?! なんか目に入ったんですか?」


SE、BGMをフェイドインで再開


斎賀「(鼻をすんっとやって)うん……ちょっと目にゴミが入って……」


鳥辺「そうなんですか」


斎賀「うん……」


鳥辺「(ため息)僕もなんか、便乗して目にゴミが入った気分です……(ため息)」


斎賀「え? なに? どうした?」


鳥辺「どうして女子って、クリスマスの話すると冷たくなるんでしょうね」


斎賀「え?」


鳥辺「社内の女の子と楽しく世間話してても、僕が今年のクリスマスの予定を聞くと、途端によそよそしくなるんですよ……『予定あるから』って冷ややかーに言われちゃうんです」


斎賀「(不機嫌に)へえ」


鳥辺「それまですっごく楽しく話してたのにですよ? 新しくできたスイーツの店とかの話にはノリッノリだったのに」


斎賀「(不機嫌に)で?」


鳥辺「……今年も全敗ですよ」


斎賀「(機嫌悪く)そうだろうよ。君さあ、仕事場で女漁り過ぎて、悪い意味で女子にマークされてるんだよ。いい加減に気づけって」


鳥辺「えー女の子のいいところを褒めて食事に誘ってるだけなのに」


斎賀「就業時間中の女子との私語を慎め」


鳥辺「男とならいいんですか」


斎賀「まあ、業務に影響をきたさない程度なら……つきあってもいいけど?」


鳥辺「何で女子だけダメなんですか……」


斎賀「すぐ口説くだろうが。君、職場の風紀を乱してるっていうの自覚しろよ。去年のクリスマスだって、俺を誘っておきながらちょっと目を離すとナンパ始めるし」


鳥辺「えー、もう一年経つのにまだ言うんですかぁ?」


斎賀「誰かれかまわず声かけるって、ビョーキじゃないのか」


鳥辺「その辺は大丈夫です、ビョーキは持ってません」


斎賀「君が言うと全部下半身のビョーキに聞こえるよ。ビッチに引っ掛かりまくりだったみたいだし」


鳥辺「僕の彼女たちをビッチ呼ばわりしないでください」


斎賀「元・彼女たちだろ」


鳥辺「そりゃあ、ちょっとしたすれ違いでうまくいきませんでしたけど、僕は全員本気だったんですから」


斎賀「(ため息)」


鳥辺「幸せな家庭を築きたいって思ったっていいじゃないですか。帰ったら明かりがついてたり、ご飯作って待っててくれたり、……あ、もちろん、彼女の帰りが遅いときは僕がご飯作って待ちますよ?」


斎賀「それくらい、俺もできるけど」


SE:斎賀の台詞に被せて、無神経にポットからお湯を注ぐ音


鳥辺「お茶割りどうぞ! 梅干し入れたらおいしいんですけどねー」


斎賀「……う……うん、ありがとう。梅干し買っとくよ」


間。

BGMやジングルなどで時間経過を表現


斎賀「鳥辺くん」


鳥辺「(この台詞以降、少々酔っぱらって陽気に)何ですか」


斎賀「泊まってく……だろ」


鳥辺「え、いいんですか」


斎賀「うん。結構飲んだろ? 危なっかしいし」


鳥辺「すみません、一晩ご厄介になります」


斎賀「厄介じゃないよ、俺が誘ったんだから」


鳥辺「斎賀さんって気配りの人ですよねえ」


斎賀「誰にでもってわけじゃない」


鳥辺「あははは、スパダリって斎賀さんみたいなのを言うんだろうなあ。でも僕のデスクにスマホ忘れたりするし、意外と天然ですよね」


斎賀「……う、うっかり置き忘れちゃってさ……ははは」


鳥辺「あーあ三宅さん、斎賀さんとお泊まりするチャンス逃しちゃったんだなあ」


斎賀「三宅の話はするな」


鳥辺「(楽しそうに)三宅さんの名前出すと斎賀さんめちゃくちゃ焦りますよね」


斎賀「(少しキレ気味に)三宅の話はするなって! 俺は、他に好きなやつがいるんだよ! 三年間、振り向かせたくてじたばたしてるんだよ!」


鳥辺「えっ? 三年っていうと、僕が配属された頃ですよね?」


斎賀「(キレ加減に)そうだよ!」


鳥辺「あの、前に言ってた片想いの人のことですか?」


斎賀「そうだよ!」


鳥辺「えー……まだ引きずってたんですかー? 斎賀さんそろそろ他当たった方が……」 


斎賀「(遮って)言いたいことはわかるよ。俺だって、自分がおかしくなったのかと思ったし、バカバカしいよ。だけど毎日毎日、相手が目の前をうろうろするから……」


鳥辺「(遮って)毎日? 目の前をうろうろ? 最近も?」


斎賀「……うん」


鳥辺「もしかして、社内の人ですか? 僕、その人と会ったことあります?」


斎賀「会ったことはないと思う……これからもたぶん会わない」


鳥辺「……斎賀さんでも落とせない人って、どんな人だろうなあ。危なっかしくて目が離せない人って言ってましたよね」


斎賀「おバカ可愛いっていうか……ずっとそばで見ていたい」


鳥辺「あははははははは、斎賀さん可愛いですね! 純情って感じで」


斎賀「(しみじみと)可愛い……可愛いかぁ……可愛い、ねえ……」


鳥辺「斎賀さんがそこまでベタ惚れする人って誰だろう、会ってみたいなあ……ぶっちゃけ、誰なんですか」


斎賀「秘密」


鳥辺「えー? 誰にも言いませんから教えてくださいよー。斎賀さんの好きな人だって知らずに口説いちゃうかもしれないじゃないですかー」


SE:物入れから何か取り出して置く音


斎賀「そんなに会いたきゃこれでも見てろ」


鳥辺「え、鏡? なんで? ……あー、あごにソースついてた。ありがとうございます」


斎賀「……どういたしまして」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る