第3話 アブソリュート・クワック・オータムナイト
*登場人物
*以下、本文
BGM:オーセンティックなカクテルバー風アコースティック曲を最後まで
斎賀「お疲れ」
三宅「人を呼び出しといて、30分も遅刻するなんて。帰ろうかと思ったわよ」
斎賀「悪かった」
三宅「で、何の用?」
斎賀「オーダーしてからでもいいかな?」
三宅「いいけど?」
斎賀「(店員に向かって)テコニックお願いします」
三宅「ねえ、職場から直で来たんでしょ? フードも頼んだら?」
斎賀「(間。フードメニューを見て店員に向かって)すみません、魚介のマリネサラダと夏野菜のブルスケッタお願いします」
三宅「小食ねえ。もう一品くらい頼めば?」
斎賀「これでいいんだ」
三宅「恋の病で喉を通らないとか?」
斎賀「(ぎくっとする)……は?」
三宅「あなた、今日うちの田中さん、パーティションの陰から覗いてなかった?」
斎賀「田中?」
三宅「ほら、今年入った新卒の子よ。前髪ぱっつんで、ぽっちゃりして胸の大きい子。あなたんとこの鳥辺くんが来て一生懸命口説いてたのじっと見てたじゃない」
斎賀「(やばい、と思っている様子でごく小さく)う……」
三宅「あなた、すっごい顔してたわよぉ? 嫉妬丸出しって感じでさあ」
斎賀「そんな顔はしてないって」
三宅「してたわよ、一瞬だけど。そして、今来ましたー、みたいな顔して入ってきて鳥辺くんを叱りつけて引っ張っていったじゃない?」
斎賀「(言い訳するように)だって、ちょっと備品貸し出しの申請に行っただけのくせに30分も帰ってこないから」
三宅「鳥辺くんねえ……いい子なんだけど、いつも女子にデレデレしてるのはどうかと思うのよ。うちの部署、女子率高いじゃない? しょっちゅうつまんない用事で来ては女子と話し込んでいくのよねえ」
斎賀「うん、俺もそれはいつも注意してるんだ」
三宅「私にも声かけてきてたんだから、あの子。『三宅さんのしっかりしてるとこ尊敬します、頼れる女性って好きです』なーんて言ってお食事に誘われたのよ。しっかり断っといたけど」
斎賀「(若干不機嫌になって)ふーん」
三宅「ほんっとに見境ないのよねえ。底が浅いって言うか、なんか下手な鉄砲数うちゃ当たるって考えてるのが見え見え」
斎賀「(不機嫌そうに、歯切れ悪く)……いや、ほら、彼はちょっと不幸な家庭環境だったみたいだし、もうちょっと好意的に見てやってもいいかなとは思う」
三宅「あなたもさ、同僚としても迷惑かけられてるんでしょ? ほんと、困った子よね」
斎賀「(やや機嫌悪そうに弁護して)いや、困ってないって言うか……ムードメーカーで楽しく仕事させてもらってるって言うか、……鳥辺くんはたまーにとんでもないところから飛び込みで契約とってくるし、うん……彼は悪くないよ、うん、全然。トリッキーだけど優秀社員かもしれない」
三宅「何弁護してんの? 恋敵なんでしょ?」
斎賀「何の話だ?」
三宅「佳史、田中さん狙ってんでしょ?」
斎賀「まさか」
三宅「あなた、私に魅力を感じないって言って盛大に振ったわよね。私と正反対のあの子ならタイプなんじゃないの?」
斎賀「いや、全くタイプじゃない。むしろ巨乳をひけらかして俺の鳥辺くんに愛想振りまくのはやめてほしい。迷惑だ。今日はそれを君に言いたくて呼び出した」
三宅「待って? 今、俺のって言った?」
斎賀「俺の部署の、って意味だ」
三宅「ふーん……うちの田中さんはいい子よ? 胸をひけらかしたりなんかしてないわ」
斎賀「鳥辺くんにニコニコしてる時点でよくない。彼には変に期待を持たさない方がいいんだ。言い寄っていく先がなくなれば、たぶん悪癖も治まる……」
三宅「浮気されてる依存体質の女子みたいなこと言うわね。目がマジになってるわよ?」
斎賀「だって……毎日が不毛なんだ……俺の目の前でさ……鳥辺くんが……」
鳥辺「(不審そうに)僕が、どうかしましたか?」
斎賀「へっ? (振り向いて慌てた状態で)えっ?! と、鳥辺くん?!」
三宅「あら、鳥辺くん、こんばんは」
鳥辺「あっ三宅さん、こんばんは! 奇遇ですねー、もしかして斎賀さんとデートですか?」
斎賀「違う! 全然違うって!」
鳥辺「(意味深ににやにやしながら)大丈夫ですよ、言いふらしたりしませんから! 斎賀さん、やりますねえ! 三宅さんって言ったら総務部の花じゃないですか」
斎賀「違うって言ってるだろう!」
鳥辺「(完全に斎賀のテンパりを無視して、しみじみと)いやあ、斎賀さんにも春がきたんですねえ。いつも僕を構ってばっかりで浮いた噂一つなかったんで、僕斎賀さんのこと心配してたんですよー」
斎賀「(素で怒鳴って)違うって!!」
(奇妙な間)
三宅「(沈黙を破るように)あ、鳥辺くんはこの店によく来るの?」
鳥辺「今日は、こないだ委託契約とったとこの人に連れてきてもらったんですよ。ほら、あそこで手を振ってるおじいちゃん」
三宅「あっ……あれ、上岡コーポレーションの会長さんじゃ……」
鳥辺「あ、そうです。あの人、おじいちゃんって呼んで肩揉んだり愚痴聞いたりすると喜んでほいほいハンコついてくれるんですよ。時々こうしていろんな店でご馳走してくれるし……本来、うちが接待しなきゃいけないと思うんですけどねえ。ラッキーって感じです」
三宅「そうなんだ……私、あなたのこと昼行燈だと思ってたわ」
鳥辺「(笑って)実際昼行燈ですよ。あ、おじいちゃんが呼んでるんで、じゃあ!(にやっと笑って)斎賀さんも三宅さんも、楽しい夜を過ごしてくださいね!」
三宅「(鳥辺が去ったあと、感心したように)へえ、鳥辺くん、変なとこで営業の才能があるのねえ」
斎賀「…………あああ」
三宅「どうしたの?」
斎賀「誤解……誤解された……絶対来そうにない店選んだのに」
三宅「大した誤解でもないでしょ」
斎賀「何も知らないくせに適当なこと言うなよ!」
三宅「何怒ってるの?」
斎賀「ああ、鳥辺くんに何て言ったら信じてもらえるだろう……」
三宅「(間。ひらめいた風で)……あなた、もしかして、……あなたが見てたのは田中さんじゃなくて……鳥辺くん?」
斎賀「(肯定するでも否定するでもなく、かすかに)……うぅ」
三宅「佳史って、そっちの人だったの?!」
斎賀「(呟くように)たまたまなんだ。ほんとうにたまたま、それが男だったってだけで……」
三宅「ふーん……(ふざけるように)鳥辺くんは女の子大好きっこだしぃ? 片思いってやつぅ? ザマァないわね、おっきのどくぅ!」
斎賀「(唇を噛む)」
三宅「まあ、私も大人だし、誰かに言おうなんて思わないけどさ。でも、私をあんなふうに大恥かかせて振りとばしたんだから、私がいい気味って思うのは仕方ないと思わない?」
斎賀「(自分の過ちを認めるように、消え入るように)それは、……もっともだと思う」
三宅「あははははは、すっきりしたわ! ねえ、一つだけ聞いてもいい?」
斎賀「何だよ」
三宅「佳史って、受け? それとも攻め?」
――終劇。
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