第2話 ベリー・ベリー・バレンタインデイ
*登場人物2名(どちらも20代男性、同僚どうし)
*以下、本文
SE:集合住宅のドアチャイムの音、ドアを開ける音
鳥辺「(意外そうに)斎賀さん、どうしたんですか」
斎賀「(おろおろと)とっ、鳥辺君が、やけどして休んだって聞いて!」
鳥辺「あ……聞いちゃいましたか。いやほんと、大したことないんで」
斎賀「目が真っ赤じゃないか! 泣くほど痛かったんだな? どこをやったんだ」
鳥辺「いや、それはちょっと」
斎賀「(被せ気味に)大丈夫? 病院行った?」
鳥辺「(居心地悪そうに)いや、行ってないです」
斎賀「じゃあ行こう! 連れて行くから、支度して!」
鳥辺「いや、あの……(弱ったように)ここ、ご近所に迷惑なんで、中、入ってください」
SE:ドアの閉まる音
鳥辺「玄米茶でいいですか」
SE:ガスの点火音、食器の音
斎賀「けが人が何やってんだ! 休めよ! やけどは大ごとなんだぞ」
鳥辺「本当に大したことないんで……」
斎賀「君がバレンタインデーに休むなんて大ごとじゃないか! 君だったら、這ってでもチョコもらいに来るだろ?!」
鳥辺「ちゃんと冷やしましたし、ちょっとひりひりする程度で治まってますから。それよりは業者の人とか来た方が大変で」
斎賀「えっ?」
鳥辺「排水管詰まらせちゃったんです。総務の社宅管理の人にすごく怒られました」
斎賀「まったく何やってたんだよ」
鳥辺「……とにかく、お茶どうぞ」
SE:湯呑を置く音
斎賀「ありがとう」
鳥辺「いえいえ、今お茶菓子切らしてて、すみません」
SE:紙袋の音
斎賀「ほら、茶菓子ならこれでいいんじゃないか。君のデスクに溜まってた義理チョコ、持ってきたよ」
鳥辺「ありがとうございます。(紙袋を開けて)いち、に、さん……五個かあ……あれ? これチロル詰め合わせ?」
斎賀「(冷やかに)義理オブ義理だな。……それで、排水管は」
鳥辺「直してもらったんで大丈夫です」
斎賀「詰まったのは、やけどとなんか関係があるのか」
鳥辺「それが……あの、チョコを作ってて」
斎賀「え」
鳥辺「それでやけどして、蛇口から水を出して冷やしてたら溶けたチョコが全部流れて行って排水管で固まったみたいで」
斎賀「何やってんだよ」
鳥辺「(しみじみと)僕もそう思います」
斎賀「なんでチョコとか作ってたんだ」
鳥辺「……彼女用に」
間。
斎賀「(動揺を隠すように)……クリぼっちだったのに……か、彼女、いたんだ……へえ」
鳥辺「(どんよりと)一月にできたんです。だけど、昨日、やけどしたって電話したら、ふられました。(徐々に涙声)もう着拒されててLINEもブロックされて……あ、じずれいじばず(ティッシュを引っ張り出して鼻を噛み、涙声で)高収入のイケメンとつきあうことにしたからって」
斎賀「そんな女のために、君はチョコ作ってやけどしてたのか」
鳥辺「はい」
斎賀「(少しキレて)そんな女、鳥辺君の方から願い下げだろうが! ぶっ飛ばしてやりたいなそいつ!」
鳥辺「初詣でナンパして、神様の巡り合わせだって思ったのに」
斎賀「(本格的にキレながら)……鳥辺君も鳥辺君だ! 君はナンパしないと死ぬ病気かなんかにかかってるのか?」
鳥辺「(寂しそうに)ナンパナンパって言いますけど、僕はいつでも真剣ですよ」
斎賀「はあ?」
鳥辺「(寂しそうに)僕の両親は二人とも不倫して離婚して、それぞれ家庭持ってて、僕はいなかったことになってるんです……だから、僕、お盆も正月も、行くとこがないんです」
斎賀「……そうか」
鳥辺「僕、自分の居場所が欲しいんですよ。何があっても支えてくれる人っていうのが。……だからつい、優しそうに見えたら手当たり次第にいっちゃうんです」
斎賀「……(ため息)」
鳥辺「でも、なかなかいないんですよ、ずっと僕みたいなののそばにいてくれる人って……すみません、変な話して」
斎賀「いや、俺はだいじょうぶだけど」
鳥辺「ごめんなさい」
斎賀「(間のあと、ため息をついて)んで、やけどしたのはどこなんだ。ちゃんとケアしといた方がいいぞ」
鳥辺「いや、それは」
斎賀「水ぶくれとかになってないか」
鳥辺「いや、膨れたり縮んだりとかはしますけど」
斎賀「えっ? それは深刻なんじゃないか? やっぱり病院に行こう! 駅前に夜間診療やってる皮膚科があるから」
鳥辺「いや、もう、ほんと、勘弁してください……軽傷ですから」
斎賀「軽傷なら軽傷でいいから! なんでそんなに嫌なんだ! 金がないなら出してやるから! 俺だって優しいんだぞ」
鳥辺「ちょっと赤いだけですって!」
斎賀「じゃあ見せろ」
鳥辺「何言ってるんですか! セクハラですよ」
斎賀「セクハラ? (きょとんと)なんで? これ、セクハラ?」
鳥辺「(しっかり間をおいてから、弱々しく)斎賀さん、あの、これ、誰にも言わないって約束してくれます?」
斎賀「え? う、うん、いいけど」
鳥辺「僕がやけどしたのは□□□(SE:ピストル音)です」
間。
斎賀「……今、□□□(SE:ピストル音)って言った?」
鳥辺「はい」
斎賀「(心底不思議そうに)なに、やってんの?」
鳥辺「(弱々しく)彼女のためにチョコでコーティングしようと思って」
斎賀「はあ?!」
鳥辺「粗熱は取ったつもりだったんですけど……熱くてボウルひっくり返して、風呂の排水口詰まらせちゃいました」
間。
斎賀「君はバカか!!! バカなのか!!!!」
鳥辺「(弱々しく)そうみたいです」
斎賀「そして、電話でそれ言ったら、さくっとふられたのか」
鳥辺「そうです」
斎賀「そりゃあ乗り換えられて当然……(言いかけてやめて)ごめん」
鳥辺「当然ですよね(ずるずる鼻をかむ)」
斎賀「(間を置いた後、気まずそうに)……ちゃんと食事とか、してるのか」
鳥辺「ふられた電話の後は何も食べてません」
SE:ガサゴソと包装を開ける音
斎賀「これ、よかったら」
鳥辺「え? チョコレートケーキ?」
斎賀「チョコベークウェルタルトだよ。イギリスの焼き菓子で、中にラズベリーが入ってる……らしい(とってつけたように)」
鳥辺「どう見てもこれ、本命の手作りですよね……」
斎賀「うん、本命の手作り……っぽいな(とってつけたように)」
鳥辺「いいんですか?」
斎賀「なにが?」
鳥辺「せっかく女子から本命チョコもらったのに、あっさり他人に食べさせて。こういうのは一人で味わって食べて、ちゃんと返事しないと」
斎賀「いいんだよ」
鳥辺「よくないですよ。こんなにモテモテで恵まれてるのに、斎賀さん、女心を理解してなさすぎ……(途中で斎賀にケーキを口に突っ込まれ、むぐむぐもごもごする)」
斎賀「(イラついて)女心どころか男心も一切理解してない君にそういうこと言われたくないな!」
鳥辺「(むぐむぐもごもごしながら)あ、おいしい」
斎賀「当然だよ!」
――終劇。
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