第20話 訓練
「いたぞ、ターゲットだ。シーラ、ベルザ、お前達だけで狩ってみろ。ルドとカーラは手を出すな」
「「了解」」
ヴァレリア大佐の指示を受けてシーラとベルザが前へと出る。
「グガァアアアア」
二人に向けて頭部が二つある犬に酷似した容姿の魔物が威嚇音を放った。並の人類なら身をすくませるであろうそれを受けて、しかし眼鏡を外したシーラはまるで怯まない。それどころかーー
「うらぁあああ!!」
威嚇し返した。空気がビリビリと震えるその迫力に魔物が思わずビクリと身を竦ませる。そこで勝負はついた。
「ルド君ラァ~ヴ、ラヴラヴラヴラヴラヴゥウウ!!」
目にも止まらぬ拳のラッシュ。シーラの放つそれが魔物をあっという間に肉片へと変えた。
「よし。見事だ。解体班。魔物の死骸で使える物を回収しろ。シーラとベルザは休んでいいぞ。周囲の警戒は私たちの方でしておく」
「ふぅ。やっぱり実戦は緊張するわね。と言ってもシーラのおかげですることがあんまりなかったけど」
「あの、その、わ、私……ご、ごめんなさい」
大型の魔物を気勢だけで怯ませた迫力は何処へやら。何故マイワイフは眼鏡をかけた途端弱気になるのだろうか。
(視界の変化による一種の自己暗示の類ではと推測されます。他人の刻印を起動する際に起こる心的負荷を減らすために身につけられたものだと考察します)
なるほど。それはあり得そうな話だ。
「謝る必要はないわよ。貴方達には本当に感謝しているわ。ロイヤルガーディアンの話を受けてくれただけじゃなくて、こうして訓練にも付き合ってもらって」
「い、いえ。決めたのはルド君ですから。私はルド君について行くだけです」
「それでもありがとう。勿論、ルドもね」
「気にするな。あと学校には通う」
「そ、そう。それはいいのだけど……その……」
「なんだ?」
「ううん。なんでもないわ。それよりシーラ、連携技についてもう少し詰めたいから付き合ってくれる?」
「は、はい」
ベルザとシーラは日に日に仲良くなっていってる気がする。俺も彼女達を見習ってもっと人間と仲良くしたいものだ。そのためには何が出来るだろうか? などと考えていると隣にカーラがやってきた。
「ルド様はどう思われますか?」
「何がだ?」
「中継大陸における国づくりです。上手くいくでしょうか」
「問題ない。これから先、人類が悪魔に遅れをとることはないのだからな」
「頼もしいお言葉ですが、何か根拠があるのでしょうか?」
「俺がいるからだ。根拠など、それで十分だろう?」
(マスター、カーラ様の血圧上昇を感知しました。今です。肩を抱いて)
む? なんだ突然。何故血圧が上がると肩を抱くのだ?
(そんなことは抱いてから考えればいいのです。さぁ、早く早く)
シーラと一夜を過ごして以降、賢者の石の指示に意図がよく分からないものが増えてきた気がする。だが今のところ夜の営みを含めてシーラとの関係は至って順調だ。なので俺は賢者の石の言う通りにカーラの肩に腕を回した。
カーラの表情は変わらない。だが心臓が飛び跳ねたのが賢者の石に聞くまでもなく分かった。
(そこです! そこで愛を囁いて)
それになんの意味が? 疑問に思いつつも俺はカーラの耳元に口を近づけた。そしてーー
「愛」
「…………は?」
(ちがーう! 愛、と囁くんじゃなくて、愛を囁くんです。この場面でそんなボケはいらないんですよ)
叱られてしまった。カーラの目も先程までは何処か潤んだ感じだったのに、今はナイフのように冷たい。よく分からないが何かを間違えてしまったようだ。
「なんだ貴様ら、そういう仲なのか」
丁度良いところに赤い髪を馬の尻尾のように揺らしてヴァレリア大佐が近づいてきた。俺に肩を抱かれたまま、カーラがペコリと頭を下げる。
「大佐、今日はベルザ様の訓練にお付き合いいただき誠にありがとうございます」
「構わん。七十七騎士の前に私は第七王国の兵士だからな。ベルザ様がお勤めを果たそうとしているのだ、尽力は惜しまん。ただ姫様にルドとシーラを取られたのは少し残念ではあるがな」
「お気を落とされる必要はありません。姫様はヴァレリア大佐を中継大陸国家建設軍に加えるおつもりのなのですから」
「なるほど。私が姫様の指揮下に入れば二人を部下にしたも当然というわけか。無論構わんぞ。中継大陸に行けば噂の勇者に会えるかもしれないしな」
「勇者……ですか」
「なんだ、貴様は興味なしか? まぁその方が貴様らしいかもな、黒き殺戮人形」
「いえ。そうでもありません。むしろとてもあります」
カーラがそれとなく俺を見るのが分かった。これはやはり疑われているのだろうか?
(未だ半信半疑の様子ですが、確信を持つのも時間の問題かと)
ふーむ。それは少しばかり困った話だ。やはりあの日、不用意に空間転移の話をしたのは失敗だったか。
(そもそも何故マスターはご自身が勇者だとすぐに気付かれなかったのですか)
それはお前も同じだろう。
(私はあの時、初めて経験する生命の営みに感極まっておりましたので)
俺だって似たようなものだ。……などと言い争っても仕方がない。別にバレたらバレたで構わないが、二人の身の安全を考えれば余計な知識は与えない方がいいだろう。悪魔共を恐れたことなど一度たりともないが、悪意を形にしたかのような奴らの悪辣さだけは侮れないからな。
(はい。奴らは必ず中継大陸での国家建設を妨害してくるでしょう。マスターはその時に備え、回復に努めてください)
分かっている。せっかくできた妻と婚約者を奴らの慰み者にはさせない。
決心を新たにしつつも俺は遠くで努力する妻と婚約者を眺めた。成長しようともがく人間の姿がそこにはあった。躍動する生命のなんと美しいことか。感動する俺の隣でーー
「あの、ルド様。いつまで私を抱いておられるつもりでしょうか」
カーラが呆れた顔でそう聞いてきた。
最強の魔王である俺が全力で世界を守ってたのに勘違いした部下に殺されので三百年後の虐められっ子と融合することになった 名無しの夜 @Nanasi123
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