第13話 ベルザの不安
「よろしかったのですか?」
教室を出るとカーラが聞いてきた。
「ルドを正式に婚約者にした件? それとも二人をロイヤルガーディアンに任命すると言った件?」
「両方です。以前までのベルザ様はどちらも乗り気ではなさそうでしたので」
「そりゃあね。数年後に死ぬと分かっているのに無理して子作りとかする気になると思う? 勿論王族の勤めとは分かってはいるけれど、弟達だっているんだし、やる気を出せって方が難しい話でしょ」
第七王国の王族が自分だけならともかく、腹違いの妹や弟がいるので少なくとも私の死で王家の刻印は途切れない。だから残った時間くらいある程度自由に生きてもバチは当たらないはずだ。
「ベルザ様は中継大陸奪還作戦が失敗するとお考えですか?」
「カーラはどうかしら。成功すると思う?」
「…………」
「何よりも雄弁な返答、ありがとね」
そんなつもりはないのについ嫌味っぽい言い方になってしまった。久しぶりに作戦のことについて考えたからか、私ちょっとナーバスになってるかも。
「ごめんなさい。カーラは何も悪くないのにね」
「いえ、出過ぎた質問でした」
私達は口を閉じて廊下を歩く。すれ違う生徒達は楽しげで、私も王族でなければあんなふうに笑えたのだろうかと、そんな益体もないことを思う。
「あの二人を連れていくのは間違いかしら?」
「勝つために最善を尽くす。王族に相応しい行いかと」
「そう、そう……ね。これでいいのよね」
本当に? 一人で死ぬのが嫌だから道連れを作ろうとしているだけじゃないのかしら? そんな不安な考えが脳裏にこびりついて離れない。
そう、中継大陸の奪還は失敗に終わる。そう考えているのは私だけじゃない。恐らくはこの作戦を知る上層部の殆ど全ての人が似たようなことを考えているはずだ。そもそもの話、中継大陸で建設されている塔が聖王女様の結界に穴を開けていると判明した時点で攻め込まなければならないのだ。なのに中継大陸奪還作戦は悉く延期されてきた。準備不足。誰もがそれを口にするが誰もが本当の理由を理解していた。
人類はすでに悪魔に敗北を喫している。
今私達がやっているのは巣穴の奥に引きこもって最後の瞬間を少しでも遅らそうとしている延命行為に過ぎない。そんな私達が打って出る? 笑い話にもならない。だがやらなければならない理由がある。土地だ。私達は魔術を用いて植物や家畜の生産量を上げることで食料を賄ってきた。だがこの方法は土地のエネルギーを過剰に消費する。箱庭に全ての人類が集結してすでに二百年。もはや限界なのだ。人類が飢え死にしない為には新たな土地が必要だ。そして聖王女様の結界の問題。作戦の決行が多少前後することはあるだろう。だが最早次の延期はない。私達は最後の希望をかけて中継大陸の奪還に挑み、そして無惨に散るのだ。……散る? 果たして素直に死なせてくれるのだろうか?
ブルリ、と体が震える。悪魔が人類に行うまさに悪魔的な行いの数々を思い出して。
「…………駄目ね。こんな気持ちじゃあ。勝てるものも勝てなくなるわ。ねぇ、そうでしょうカーラ、私達は勝てるわよね?」
そう思わないと発狂した挙句身投げでもしてしまいそうだ。
「無論です。ルド様のおかげでドラゴンを兵力に組み込む計画に現実味が出て来ました。これはかなり大きいかと」
「そう、そうよね。本当にルドには驚かされたわ。刺されたことがきっかけで力に目覚めるなんて。ルドを刺したことは許せないけど、ジオダの馬鹿な行為もたまにはプラスに働くこともあるのね」
本当、人生って分からないわ。
「ジオダ様ですが退学処分になった上、一般兵として軍に早期入隊することになったとお聞きしましたが、これはベルザ様が?」
「そうよ。本当は牢屋にぶち込んでやろうかと思ったけど、ルドの傷が癒えたので裁判をするとなると長くかかりそうじゃない。それに今の王国にあんな穀潰しを養う余裕なんてないでしょ? 血気に流行っているようだし、ヴァレリア大佐に頼んで最前線の部隊に配属させてもらったわ。もしも生き残れたら、少しはマシな男になってるんじゃないかしら?」
「ヴァレリア大佐といえば、今朝再び学院に遣いを送ってきました」
「え? 内容は?」
「ルド様とシーラ様を是非自分の部隊に欲しいとのことです。可能なら今すぐにでも」
「あの時の誘い、冗談じゃなかったのね。いや、当然よね」
ドラゴンを従えることのできる今のルドの力は異常だ。多分七十七騎士であるヴァレリア大佐と同格か、ひょっとすると上回っているかもしれない。
「……流石に大佐よりも強いってことはないか」
「いいえ、その可能性は十分にあります」
「本気? ヴァレリア大佐は七十七騎士なのよ?」
「その大佐の攻撃をルド様は余裕を持っていなしておられました」
「ああ、あれは……凄かったわよね」
中佐と一緒に私がルドとシーラからドラゴンを従えた経緯にについて聞いてると、魔剣を持って戻ってきたヴァレリア大佐がテントに入ってきた。そして開口一番ーー
「本気でいく。死んだら恨んでいいぞ」
その時は止めるどころか大佐が何を言っているのか疑問に思う暇すらなかった。唐突に火花が散った。目の前で。そして気づいたらルドと大佐の位置が変わっていた。大佐はいつもどこか不機嫌そうにしている顔を驚愕に変えてただ一言、
「素晴らしい!」
そうルドを評した。
「ヴァレリア大佐のあんな顔初めて見るって中佐も言ってたし、やっぱりルドの力は本物ね。うん。何だか希望が見えてきた気がするわ」
「そうです。それに希望ならまだあります」
「? 何のこと?」
「天より十二の翼を与えられし救世の勇者、これより百年の内に現れ全ての悪魔を葬り去らん」
「ちょっ!? 不意打ちはやめなさいよ。笑うところだったじゃないの。……え? まさか本気で信じてるわけじゃないわよね」
聖王女様を崇拝する私にだってあの予言がパニックを防ぐ為に作られたプロパガンダの一種だって分かってる。
「信じたいものを信じれば気が楽になると思いませんか?」
「いや、そこまで追い込まれて……いるかもね。はぁ、私も信じてみようかしら? 勇者の存在を」
悪魔から人類を救済するために天が遣わす存在、勇者。実在するなら早いところ現れてほしい。気付けば私は心からそう願っていた。
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