第12話 勧誘

 突然走り去ったシーラはしかしすぐに冷静さを取り戻したようで、教室に入るなり逃げたことを俺に詫びてきた。ベルザは机に書物を広げて勉学に勤しんでいたので話しかけるのは止めておく。できれば彼女とも子作りについて話し合いたいところだが、シーラにも言ったように焦ることではないので後回しでいいだろう。


「ここが俺の席か」

「う、うん。別に決まってるわけじゃないけど、皆大体同じ席に座るから」


 俺の隣に腰掛けるシーラ。正直少しだけ、いや本当のところかなり楽しみだ。授業を受けるなんて初めての経験。そして学生生活も。どんな感じになるだろうか? 可能なら卒業するまでにこの教室にいる全員と友達になってみたいものだ。


 心臓が勝手に血液を送り出す速度を上げる。チャイムが鳴った。さぁ、いよいよ授業の始まりだ。



「テメー、ルド! ベルザ様のせ、正式な婚約者になっただと!? 勝負せいやコラァアアアア!!」

「ふむ。構わないぞ。ほら」

「ぬぎゃあああああ!?」


「次は僕だ! 今まで雑魚と思って放置していたが、あの夜の君は美しかった。だが僕も美しい。美しさとは強さだ。いざ尋常に勝負」

「ふむ。構わないぞ。ほら」

「美しぃいいいいい!!」


「より多くの時間を鍛錬に注ぎ込んだ先達達ならばともかく、この鍛え込んだ筋肉がお前のような優男に劣るなど断じて認められん。ベルザ様の伴侶に相応しいのは逞しい男! 格闘勝負だ、ルド!」

「ふむ。構わないぞ。ほら」

「けい、のぉおおおお!!」


「ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン捕獲♬ 更にはゲット、ゲット、ベルザ様をーー」

「ふむ。構わないぞ。ほら」

「暴力反対ぃいいいい!!」





「ルド君お疲れさま。た、大変だったね」


 お昼休みというらしい少し長めの休憩を、俺は教室でシーラと過ごすことにした。


「俺は人気者だな。いつもあんな風に勝負を挑まれるのか?」

「う、ううん。今日は特別だよ」

「そうなのか? 皆阿吽の呼吸で俺に勝負を仕掛けてきたから、てっきりあれが普通だと思っていたぞ」

「それはきっとルド君がベルザ様の正式な婚約者になったことが影響してるんだと思うよ」

「ベルザ? 確かに何人かはベルザの名前を出していたが、原因があるというならドラゴンを従えたことの方ではないのか?」


 軍人達にも好評だったし、あれでルドの武勇が一気に広まったことは想像に難くない。


「ど、どうだろ? ひょっとしたらそういう人もいたかもだけど、ほとんどの人は私怨だった気がする」

「ふむ。よく分からないな」


 私怨。ということは恨まていたのか。早速人気者になれたと思ったのにぬか喜びだったな。しかし大変そうだ。あれほどの数に恨まれているのであれば友達を作るのは。だが何故ベルザの婚約者になったからと言ってクラスの者達(そういえば男限定だったな)に恨まれるのかが分からない。分からないがーー


「……何でもいいか。何はともあれ楽しい一時だった」


 今は恨まれていても、長く関わっていけば友好な関係を築けるかもしれない。何よりも多くの人間と関われるこの状況はとても楽しい。学校生活。想像してた通り、いいものだ。


「クラスの実力者全員を軽く蹴散らしたというのに余裕ね。もっと早くその実力を示してくれていれば私も婚約者探しに無駄な労力を使わずに済んだのに」

「あっ、べ、ベルザ様」

「いいわよ、シーラ。わざわざ立って挨拶なんかしないでも。私と貴方の仲でしょう」

「は、はい。すみません」

「隣、いいかしら?」

「も、勿論です。どうぞ」


 シーラの隣に腰を下すベルザ。その後ろには影のようにカーラが控えている。


「ルド、今日改めて貴方の実力を見せてもらって確信したわ。貴方は強い。本当に……本物だわ。流石はドラゴンを屈服させただけのことはあるわね」

「お前も筋は悪くないぞ。弛まぬ努力を続ければ人間の中で指折りの強者に成長できるだろう」

「ル、ルド君、ベルザ様にその言い方は」


 ん? ひょっとして何か間違えたか? だが焦るシーラとは反対にベルザはどこか楽しげに微笑んだ。


「頑張るわ。でも、そうね。今度一緒に訓練でもどうかしら? ドラゴンを従えた英雄さんに強くなるための秘訣を是非ご教授いただきたいわ。……手取り足取りね」

「構わないぞ。シーラもどうだ?」

「えっ!? わ、私? あの、でも……」


 シーラがベルザの顔色を伺う。ベルザは何やら意味ありげな溜息を一つ付いた。


「構わないわよ。というか元々シーラも誘う気だったの。ねぇシーラ。そしてルド。貴方達私と一緒に中継大陸奪還作戦に参加する気はないかしら」

「中継大陸奪還作戦?」


 突然言われてもなんのことか分からない。いや、中継大陸というのは聞いたことあるな。確か……駄目だ出てこない。この調子ではルドの知識に頼らず、現代の知識は自分で学んでいったほうがいいかもしれない。ひとまず俺は説明を求めてシーラに視線を送った。有難いことにマイワイフはすぐに応えてくれた。


「えっと、中継大陸っていうのはね、東の大陸であるここ『箱庭』とかつて人類が最も多く住んでいた中央大陸のちょうど真ん中にある大きな大陸のことだよ。悪魔達はこの大陸に巨大な術式を組み込んだ塔を作っていて、その塔の魔力で聖王女様の結界に定期的に穴を開けてるの。だからこの大陸の奪還は現在の人類の命題であり、噂だとあと数年の内に人類の総力を上げての奪還作戦が行われるって話なの」

「聖王国は勿論、十二大国の全ての王族が参加するわ。第七王国からは私が向かうことになってるの」


 そう言ったベルザの顔には諦観があった。避けられない死を前に膝を折ったかのような諦観が。


「え!? で、でもベルザ様はまだ学生ですよね」

「作戦の決行日はまだ私も知らないわ。でもどんなに早くても作戦まで三年はかかるみたい。兵力で劣る私達人類は道具や作戦に依存せざるを得ないから、どうしても準備に時間が掛かるのよ」


 なるほど、ドラゴン捕獲もその一環か。しかしドラゴンを捕獲して運用するなんて試みが、ほんの数年で実用化段階まで持っていけると思っていたのだろうか? 


「さ、三年後って卒業してるかどうかって時期じゃないですか」

「そうね。でも私の読みではもう少し遅くなるわ。この奪還作戦は絶対に失敗できない。今の人類にはこれ程大規模な作戦を二度行う余裕はすでにないの。だからどの国も準備に苦戦しているようね」


 どんな準備をしているのかは分からないがドラゴンと同水準の『準備』を求められているのならば、苦戦して当然だろう。


「ルド、そしてシーラ。もう分かってると思うけど、この作戦に参加した者に命の保証はないわ。たとえ王族であってもね。それでも二人には私のロイヤルガーディアンとして参加して欲しいの」

「ロ、ロイヤルガーティアン!? 私達が? 凄い! 凄いよ、ルド君」


 くっ、シーラと驚きを共有したいのに単語の意味がわからない。ロイヤルガーディアン? なんだそれは。


「あのね、ルド君。王族の方々はロイヤルナイトという軍に属さない自分だけの私設部隊を持つことができるの。そのナイトの中でも王族が特に信頼する人に与えるのがロイヤルガーディアンの称号なんだよ。ガーディアンは制限付きだけど任命した王族とほとんど同じ発言力を持つことになるの。つまりすっごいVIPなんだよ」

「詳しいんだな。王族のことが好きなのか?」


 王族について語るとき、シーラの口調には常にない熱を帯びている気がする。


「う、うん。なんだかキラキラしていて、いいなって。私はこんなだから。……あっ。勿論実際は違うってわかってるよ? でも話だけ聞くと、その、別世界の出来事みたいで、実験体の私にはそういう話しか楽しみなかったし」


 俯くシーラ。マイワイフを慰めるのは旦那である俺の役目。それくらいは分かる。俺はシーラの手をそっと握った。


「ドラゴンと戦っている時のお前は生命の脈動に輝いていたぞ。それはお前の望んだ美しさではないのかもしれないが、少なくとも俺はお前の在り方を綺麗だと思う」

「……ほ、本当? 本当にそう思ってる?」

「勿論だ」

「ル、ルド君。……好き! 私ルド君が大好き! ルド君のためならなんだって出来る。子供だって産めるよ。ちょと恥ずかしいけど、いつだって大丈夫だからね」

「ああ、近い内に作るか」

「うん!」


 俺達は強く手を握りあって、そしてーー


「コホン!」


 と、何故かベルザが咳の真似事をする。途端、シーラが慌てて俺から手を離した。


「話は以上よ。簡単に決められることではないから、よく考えてから返事をしてね」

「は、はい」

「ああ。分かった」


 そうしてカーラを連れて教室から出ていくベルザ。しかしはて、何か彼女に聞こうと思っていたことがあったようなーー


「……あっ」

「ど、どうしたのルド君」

「いや、いい機会だからベルザが子供についてどう考えているのか聞いておけばよかったと思ってな」


 まぁ次でいいか。


 俺はそのままシーラと一緒に昼休みを過ごした。

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