第11話 当たり前の営み

「おはようベルザ。良い朝だな」

「おはようルド。その調子だと記憶はまだ曖昧なままのようね」

「ん? ああ、そうだな。だが生活に支障はないから心配しなくても大丈夫だぞ」

「そう……なのね。それは良かったわ」


 ベルザはジッと俺を見つめてくる。その伺うような視線。直感だが、王族である彼女は色々悩みが多いように見える。相談に乗ってあげたい。出来るなら。だが何と言って切り出せばいいだろうか? いや、それ以前に切り出すべきなのか? 余計なことを聞いてうざいやつとは思われないだろうか? 彼女は第二の奥さんになるかもしれない人間だ。出来るなら嫌われたくない。


 俺が行動を決めあぐねていると、ベルザの背後に控えていたカーラが地面に四肢をついてお尻を赤く腫らした男の子達へと近づいた。


「……こちらの方々はルド様が?」

「ああ。悪いとは思ったのだが、俺を侮辱されてね。少しだけお灸を据えさせてもらった」

「これは魔力で直接彼らの四肢を固定しているのですか?」

「そうだ。その方法が一番安全だと思ったからな」


 拘束の魔術は魔力量に注意しないと対象を潰してしまう事故がたまにある。だから彼らのようにあまりにもか弱い子達を相手にする場合は、その手の術式は怖くて使いたくないのだ。


「そう……ですか。ちなみにやろうと思えば以前からこういうことが出来たのですか?」


 どうだろうか? 肝心のルドの記憶が見られない以上確かなことは言えない。ただルドは他人を優先する性格のせいで存分に能力を振るえなかったようだ。俺を受け入れることの出来るすごい男であることを考慮すればできても不思議はないだろう。


「まぁな」

「何故今までは本気を出さなかったのですか?」

「言っただろう? 人間を無為に傷つけたくないからだ。まぁそれは今も変わらないがな」

「そう、ですか。恐れ入りました」


 無表情のまま頭を下げると、カーラはベルザの後ろに戻っていった。


「何? あの拘束方法そんなに凄いの?」

「そうですね。例えるなら宙を舞う微細な粒子を投げて暴れ馬を拘束するような行為です。少なくとも私には真似できません」

「貴方がそこまで言うなんて……凄いわね」


 ベルザがこちらに近づいてくる。近い。随分と近いぞ? いや候補とはいえ婚約者なのだからこれくらいの距離が普通なのか?


「聖ユギルの槍を防いだことといい、本当に覚醒なんてことがあるのね。でも記憶が戻ると、また前のルドに戻ってしまうのかしら?」

「何だ? そんなに前の俺が嫌いなのか?」


 どうしてルドのような優しい人間が評価されていないのか。理解に苦しむところだ。


「いいえ。でも……いえ、そうね。嫌いじゃないのよね。…………うん。よし。決めた。ルド、貴方を正式に私の婚約者に任命するわ」


 周囲で俺たちの会話に聞き耳を立てていた生徒達から声が上がる。


「ふむ。それは嬉しいことだが婚約者候補が婚約者になったからといって何か変わるのか?」

「それは、その、私が自分で説明するのはちょっと恥ずかしいからカーラに説明をお願いするわ。先に教室に行っているわね。……というか貴方達はいつまでお尻を出してるつもりなのかしら?」

「う、動けないんですよぉ~」

「ルド様すみません、二度とルド様に、いえ人に絡んだりしませんから許してください」

「ん? ああ、すまない。解除を忘れていた」


 俺は彼らを拘束していた魔力を解いた。


「あ、ありがとうございます。ほんと、もう、すみませんでした」


 男の子達はズボンをあげると、一目散に駆けっていった。


「やはり子供は元気が一番だな。あとは力の方向性をもっと考えられるようになるといいのだが」

「彼らはルド様と同い年ですよね。その発言、まさか年齢詐称を?」

「えっ!? いや、まさか。ちょっと年長者ぶってみただけだ」

「……左様ですか」


 なんか痛いぞ。カーラの視線が。しかし、ふむ。やはり苦手だな、少年とか青年とかの区別は。しかし今の俺はルド。出会う人間全員を子供扱いするのは流石に問題があるだろう。気をつけねばな。


「それで先程の婚約者候補と婚約者の違いですが」


 カーラは去っていくベルザの背中に視線を向ける。


「今までは第一王女であるベルザ様のお体にみだりに触れることは許されないことでしたが、婚約者となった今では違います。当然その先の行為も自由です。無論、お二人の意思は大切ですが、少なくとも婚約者になることを認めた以上、ベルザ様もそう言う行為を視野に入れているのは間違いありません」

「そういう行為というのは何だ?」


 何故人間はそんな抽象的、あるいは歪曲な言い回しを好むのだろうか? 凄く格好いいぞ。もっとやって欲しい。


「……子作りです」


 子作り。ああなるほど、そうか。人間は伴侶を得ただけでは終わらずにさらに子孫を残すのだ。考えれば考えるまでもなく当たり前の営み。ん? ということはーー


「ルド君? それとカーラさん? ど、どうしたの? 何かあった?」


 いまだに遠巻きにこちらを見てくる人間達を気にしながら、緑の髪をポニーテールにした丸メガネの少女がやってくる。


 マイワイフ。今日も輝いているな。


「おはようシーラ。いや、なんてことはない。子作りについて考えてただけだ」

「そうなんだ。こ……子作り!? え? な、なんで? なんで急に子作りのことなんか考えてたの?」

「いや、結婚したら次は子孫だなと思ってな。シーラは子供を産む気あるか?」


 ルドの知識がなくても子供を産むのが大変なことくらいは知っている。だからシーラに子供を作ることを強要しない。しないが、ふむ。……子孫か。俺の血を継ぐ。何だそれは? すごい興味があるぞ。持ってみたい、自分の子供を。今まで何故作ろうと思わなかったのか不思議なくらいだ。


「も、勿論あるよ。ルド君の子供なら私、何人だって産めるよ」

「良かった。それならいつ頃作る? 俺は今からでも構わないぞ」

「い、今から!? えっと、それは……い、いいんじゃないかな? 全然! むしろ喜んでだよ。何ならここでだって平気だし。あ、でもやっぱりルド君以外の人には見られたくないから、ちゃんと二人だけがいいかな。それに夜の方がいいかも。も、勿論ルド君が望むなら、どこでも、どんな行為でも、ぜ、全然へっちゃらだよ?」


 凄い。凄い顔が赤いぞ。よくシーラは俺の前で赤面するが、今まで見た中で一番だ。本当に火を吹きそうだった。


「落ち着けシーラ。子供は欲しいと思っているが別に急いでない。お前がいいと思うタイミングで構わないからな」

「そ、そう? でも私はあれだよ? ルド君一筋だから。ルド君がいるから生きていられるんだから。だからルド君とこ、子作りできるのは超最高なんだよ? 本当にいつだって全然構わないからね? で、でもルド君が考えろっていうなら、勿論考えるよ。タイミングを。ここだってタイミングを……来たら言うね? 本当にいつでもいいけど、その時が来たらい、言うからね。ル、ル、ルドクゥウウウン!!」

「シーラ!? 何だ? どうしたんだ?」


 走り去っていく。シーラがものすごい速度で。ちょっと心配だ。あの速度、誰か跳ね飛ばすんじゃないかと見ててハラハラする。……大丈夫そうだ。パニクってる割にはちゃんと人を避けてる。良かった。あの速度で突っ込まれたらドラゴンでもなければ大怪我だ。


「それにしてもなぜ逃げたんだ?」


 子作りの話が原因……だとは思う。しかしその話のどこがいけなかったのかがよく分からない。結婚したら子供を作る。これは普通の流れなのではないのか?


「カーラ、お前は何故シーラが逃げたか分かるか?」

「それは……いえ、私には分かりかねます」


 俺の質問に答えるその声は、あまり感情を表に出さないこの少女にしては珍しく、どこか投げやりなもののように聞こえた。

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