第14話 頃合い

 学校生活は自分でもビックリするくらい順調だった。


「ヨォ、ルド。今日は負けないからな」

「おはようヤマギ。ああ、お前との対決楽しみにしているぞ」

「ルド様おはよう。今日も格好いいね」

「ありがとう。お前達も可愛らしいぞ」

「キャハハ!! 可愛らしいだってさ」

「ルド様! 私は? 私は?」

「勿論可愛いぞ」

「だってさ、だってさ」

「何それぇ!? ルド様の浮気者」

「ふむ? それは……すまん」


 教室に入るとみんなが挨拶してくれる。最初は俺の変化に戸惑っていた様子のクラスメイト達だったが、一週間もしないうちに慣れたようだ。


「すっかりクラスの人気者だな」

「や、やっぱりルド君は凄いよ」

「ベルザ、シーラおはよう。お前達は最近よく一緒にいるな」


 シーラが俺の右、ベルザが俺の左に腰掛ける。


「う、うん。聖王国で行われている実験についてベルザ様が色々知りたいみたいだから」

「詳しくは知らないが、そういう情報を簡単に喋ってもいいのか?」


 既にドラゴン騒動の時にベルザには説明してあるが、シーラはジルドの刻印を後天的に移植された実験体だ。


 刻印には二通りあって一代で終わるタイプと子供に受け継がれていくもの。前者を変種刻印、後者を継承刻印と呼ぶ。


 現在王族と呼ばれる者達は継承刻印の中でも最高位の刻印を継承し続ける者達のことを指すようで、過去に俺の部下だった五王星のジルドは一代限りの変種刻印。


 変種刻印はその力も能力も個体によって大きく変わる上に、その能力が後世に引き継がれることはないが、その代わりごく稀に時代の寵児ともいうべき強者を輩出することがある。シーラが関わっていた実験はそんな強者達の刻印を引き継ぐことができないかと言うものらしいが、当然そのような行いが簡単に達成できるはずもなく、恐らくは倫理に触れる多くのことが行われていたはずだ。だから当然口止めされているものだと思ったのだが、違うのだろうか?


「本当は良くないんだけど、私あの国あまり好きじゃないから、いいかなって」


 打算的なのか感情的なのか、マイワイフの行動は俺には予想できそうもない。そしてそんな人間らしさが俺は大好きだ。


「心配しなくてもシーラに迷惑はかけないわ。聖王国も一応隠蔽は行ってるみたいだけど、そこまで本気で隠そうとはしていないはず。だからこちらが騒がなければ問題ないはずよ」

「随分緩いように感じるが、そんなものなのか?」

「今のご時世、聖王女様がいらっしゃる聖王国に喧嘩を売れるような国なんてないからね。それにシーラには悪いけど、そういう実験も必要だと私は思ってるから」


 王族としてのベルザの意見は分かるし、人間の努力する姿勢は大好きだ。だがシーラの旦那としては妻が傷付いているのではないかと心配になる発言だった。


「ルド君、今日のお弁当にはベルザ様にいただいた高いお肉が入ってるから楽しみにしててね」


 あ、全然大丈夫そうだ。お昼のことを考えて満面の笑みまで浮かべている。俺が余計な心配をせずともシーラはとっくに過去を乗り越えているようだ。


「ねぇルド。貴方、シーラの刻印を彼女に適合させたって言ってたけど、それって誰にでもできるの?」

「ん? ああ。できないことはないが資質のない者に適合させようと思ったら刻印の力の方を削ぐ必要になるからあまり意味がないぞ。ジルドの刻印を百%適合できたのはシーラのポテンシャルが高いからだ。他の者、例えばこのクラスの者で行っても適合させようと思えば刻印の方の力を半分以下に削ぐ必要がある。その上でその力を百%扱えるようになるにはかなりの時間を必要とするだろうな。平民に施すならともかく兵士の強化に用いるならあまりお勧めはしない」

「そう。やっぱり簡単にはいかないのね。いや、それでも全体の底上げに繋がるなら……」


 何やら眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしているベルザ。悩みがあるのはその顔を見れば一目瞭然だ。ここは婚約者として気の利いたことでも言ってやりたい。しかしさて、なんて言うべきか……


「真剣だな」


 ダメだ。何も出てこなかった。これではただの会話だ。ベルザはそんなダメダメな俺に疲れた目を向ける。


「当然よ。中継大陸奪還に向けてやれることはやっておかないとね。……とは言っても私みたいな若輩者にできることなんてたかが知れてるんだけどね」

「そんなに焦る必要はない。これからゆっくりと時間をかけて学んでいけばいい。言っただろう? 弛まぬ努力を続ければお前は強者になれると」

「時間、ね」


 ベルザの顔に自嘲混じりな笑みが浮かぶ。普段王族らしい凛とした振る舞いを心がける彼女にはあまり似合わない笑みだ。


「どうした?」

「いいえ。何でもないわ。ありがとね、ルド」


 そう言って彼女は教科書を開く。話しかけるなと全身のオーラが物語っていたので、俺は素直に口を閉じた。ううむ。やはり人間の心はよく分からない。もっと学ばねば。そんな俺の決意を応援するかのようにチャイムが鳴った。





 生徒らしく勉学に勤しんでいたというのに、それは授業の最中、唐突に訪れた。仕方ないことではある。こればかりは今の俺では正確には予想できないことなのだから。そして唐突だろうが何だろうが、時期が来たのならば動かねばならない。


「頃合い、か」


 そんなわけで俺は立ち上がった。聖ユギル学院では座学よりも実技の方が圧倒的に多い。だが今はたまたま座学の時間だ。教師以外が口を閉ざした教室で俺の行動は酷く目立ってしまった。


「ルド君?」

「ルド? どうしたの?」


 両隣りからシーラとベルザが俺を見上げてくる。


「ルド君? どうかしましたか?」


 座学の先生も訝しげな顔で聞いてくる。教室中の視線が集まってくるのが分かった。


「授業の邪魔をしてすまない。生徒として授業中に抜けるのは気がひけるが、生憎とこれは全てにおいて優先すべき事柄なのでな。早退させてもらうぞ」

「……良くわかりませんが、体調不良でもない早退は認めません。座りなさい」


 先生は先生として当然のことを口にする。俺が生徒である以上、彼女を口で説得するのは無理だろう。


「シーラ、お弁当を出してくれ」

「へ? う、うん。……はいルド君」

「ありがとう」

「お腹空いたの?」

「いや、少し出かけるところが出来た。時間が掛かるかもしれないからこれは現地で食べる」


 今日帰ってこれない可能性もある。その場合楽しそうに弁当の話をしていたシーラに悪いと思ったのだ。


「そ、そうなん……だ? ね、ねぇ。私もついて行っていいかな?」

「貴方まで何を馬鹿なことを言ってるんですかシーラさん。ルド君、お腹が空いたのなら特別に今食べてもいいですから、早く席に着きなさい」


 先生の一言で他のクラスメイト達がじゃあ俺達も食べていいですかと言い出して、先生のこめかみに青筋が浮かぶ。……本当に申し訳ない。だが騒いでいるクラスメイト達が楽しそうでちょっといいことをした気分にもなるから不思議だ。


「残念だがシーラ、今回はお前を連れて行く余裕がない。……悪いな」

「そうなんだ。……ね、ねぇ帰ってくるんだよね? る、ルド君が帰ってこないなら私生きてる意味なしい、もしも戻ってこないつもりなら殺していってほしいな、なんて」


 騒がしい中、それでもシーラの言葉は聞こえたようで、皆がピタリと黙った。


「うわ、ちょーおも」

「そこまで他人を愛せるのは美しい。シーラさん……素敵だ。素敵に美しい」

「くそ、なんでルドばっかり。俺の方が筋肉あるのに」

「ル、ルド君。もう何でもいいから早く座ってください。シーラさんも恋は病のようなものです。時間が経てば治りますから早まったことはしないように」

「それって先生の経験談ですか?」

「ないない。だって先生だよ?」

「だよね」

「「キャハハハ」」

「うっせ! クソガキども。ぶっ殺すぞ!」

「「「こわっ!?」」」


 静まったと思ったのは間違いだったようで外野がどんどんヒートアップしていく。さっさと出かけた方が良さそうだ。俺はシーラの頭を撫でた。


「何をバカなことを。俺の子供を産むんだろう? 大人しく俺の帰りを待っていろ」

「……う、うん。信じてるからね?」

「任せろ。ベルザ、すぐに戻ってくるがそれまでシーラのことを見ていてくれ」

「いいけれど、何? またドラゴンでも捕まえてきてくれるのかしら?」

「いや、違う。だがもしかしたらお前の悩みの一つが解決するかもしれないぞ」

「え?」


 と不思議そうに目を瞬くベルザ。ベルザが中継大陸のことで悩んでいるのかは分からないが、そのことを気にしているようだし、俺の行動で彼女の悩みが一つでも減るなら幸いだ。


「それじゃあちょっと行ってくる」

「いや、だから行くなと言うのに。ルド君!? おい、ルド! ルドォオオオオ!!」


 誰よりも激しく引き止めてくれる先生には本当に悪いと思う。だがーー


「戦えるようになった以上、悪魔共を殺さないとな」


 つい先程、力を使って疲弊していた肉体が完全に回復した。それでも扱えるのは俺本来の力の数%にも満たないだろう。だが十分だ。地の底がお似合いの悪鬼共を踏み潰すには。中継大陸。まずはそこにはびこるという悪魔どもを殲滅する。今日、これから。


 校舎の屋上に出た。青い空。絶好の駆除日和だ。ふと、今は亡き五王星三人の顔が浮かんだ。見ててくれ、お前達。


「さぁ、返してもらうぞ悪魔共。お前達が人から奪った全てのモノを」


 そうして俺は空間を跳躍した。

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