第6話 大手柄

「それでルド君、あのね、さっき勿体無いと言ってたけど、あれはどういう意味だったのかな?」


 口付けを交わしたばかりの唇を何度も指で弄るシーラ。火がついたかのように顔が真っ赤だが大丈夫だろうか?


「ああ、シーラの刻印。ジルドのものを移植したと言ってたな」

「う、うん。それが? や、やっぱり気持ち悪いかな? ジルド様のものとはいえ、他人の刻印なんて」


 途端、シーラの表情が変わる。幸せ一杯の笑みから一転して、この世の終わりのような顔に。全くもって見事な百面相だ。見事すぎて、ちょっとシーラの情緒が不安になる。


 俺はシーラの頭を撫でてみた。


「安心しろ。俺がシーラを気持ち悪いなんて思うことはない。この先も永遠に」

「本当? 私のこと、あ、愛してる?」

「ああ、愛してるぞ」


 全ての人間を等しく。だがその中でもルドとしての俺がシーラを特別に想っているのは間違いない。


「え、えへへ。そ、そんなルド君。愛してるだなんて。う、嬉しい! エヘ! エヘ! ウフフ」

「Gu! GAA!!」

「ん? 私も撫でろ? 分かった。分かった」


 ついでにドラゴンの頭も撫でてやる。


「それで話を戻すがせっかくのジルドの刻印、使いこなせていないな」

「それは……うん。現代の魔学では他人の刻印を百%扱うのは無理で、現在確認できてる最高の数値が四十五%。私は今のところ三十五%が限界値なの」

「それだけじゃなくて刻印を使うと拒絶反応が起こっているだろ」


 ドラゴンとの戦いを見ていてそれが一番気になった。


「す、凄いねルド君。そんなことまで分かるんだ。確かに刻印を使うと身体中が痛むけど、で、でも私ルド君のためならどんな痛みも平気だから! だから、だから……」

「落ち着け。俺はただお前の体が心配なんだ。そんな不安定なモノを使っていたら寿命を削るぞ」


 ただでさえ人間の一生は瞬きほどの時間しかないというのに、その寿命を削るなんてあってはならないことだ。


「それは……うん。分かっているの。私達実験体がこの刻印のせいで長く生きられないことは。でもね、それでも私はルド君とーー」

「そんなわけで刻印をシーラの体に完全に適合させる。……よし。終わったぞ。これで刻印の力を百%扱えるようになった。もちろん拒絶反応なんて二度と起こらない。その刻印は完全にシーラのものだ」


 術を行使した手をシーラの頭から退けると、彼女は不思議そうに目を瞬いた。


「えっと……ど、どういう意味……なのかな?」

「どうもこうもない。感じないか?」

「感じるって何を……あれ!? 体が軽い? それに……傷が治ってる!?」


 シーラの体はドラゴンとの戦いで傷だらけだった。しかし本当にダメージを負っていたのは体の内側だ。刻印の拒絶反応で肉体はボロボロ、更に最後に限界を越える技を出したことでいつ死んでもおかしくない傷を負っていた。


「刻印を使ってみろ。そしたら違いがよく分かるぞ」

「う、うん。それじゃあ……きゃあ!?」


 魔力が吹き出す。シーラを中心に。


「す、すごい! これ……凄いよルド君!」

「今なら百%このドラゴンに勝てるぞ。戦ってみるか?」

「GAA!? GA、AA! A、AA!!」

「もう、ルド君の意地悪。大丈夫だからね。そんなことしないよ」


 シーラが優しく微笑めば、ドラゴンはホッと息を吐いた後、嬉しそうに俺達二人に戯れ付いてくる。


「そして次はお前だドラゴン」

「GA!?」

「そもそも何故お前はそんなに傷だらけなんだ?」


 俺達二人の前に現れた時、すでにドラゴンは決して浅くない傷を負っていた。まだ若いドラゴンではあるが、潜在能力はかなり高い良質な個体だ。全快なら恐らくシーラは勝てなかっただろう。


「ルド君。覚えてないの? この傷は捕獲作戦の時のものだよ」

「捕獲作戦? ドラゴンを捕まえるのか?」

「う、うん。結界を破って侵入してくる悪魔が増えてきて人類にも余裕がないんだよ。だから色々な方法で戦力を獲得しようとしてるの。この子や、そして私も同じ」

「GAA」


 おっ? このドラゴン。悲しげな顔をするシーラを慰めようとしているのか? 凄いな。野生のドラゴンがここまで短時間で懐くなんて初めてみるぞ。


「それにしては俺達だけのようだが、まさか学生二人だけでドラゴンを捕まえに来たのか?」


 だとしたら乾杯だ。そのチャレンジ精神に。


「ううん。山の麓に第七王国の軍隊がきてるよ。私達は聖ユギル学院の生徒として国軍入りが決まってるから、今回は訓練の一環としてAクラス以上の生徒が参加してるの」

「なるほど。だがそれなら尚のことこんな所に生徒だけでいる理由が分からんぞ」

「それはその、軍が昨日この子と戦闘になって、その時にこの子に深傷を負わせたんだけど、その戦闘でヴァレリアさんっていう凄い強い人も負傷して。部隊は今追撃か撤退かで意見が割れてるの」

「まさか手柄欲しさで二人でやってきたのか? ドラゴンを捕まえに?」


 だとしたら乾杯だ。そのチャレンジ精神に。


「ち、違うよ。ルド君は功を焦ったジオダ様を止めようとしてここまで来たの。私は人伝にそれを聞いて慌てて追いかけてきたんだけど、私が追いついた時にはすでにルド君が刺されて倒れていたんだよ。……な、何があったの? 刺さってたのジオダ様のナイフだよね。まさかジオダ様が刺したの? 私、ちょっと行ってジオダ様殺してこようか?」

「落ち着け。人と人が殺し合うなどくだらんことだぞ。そもそも俺はジオダが誰なのかも分からんのだ。推測で人を恨むものじゃない」

「ルド君やっぱり記憶が……。は、早く戻って診てもらおうよ」

「いや、そんなに心配しないでも遠からず治る……はずだ」


 俺の魂を肉体に適合させつつも同時進行でルドの人格を独立して保つ試みをしているせいか、予想よりもずっと記憶への接続が悪い。ルドの知識を閲覧しようとしてみても虫食いにあった本のページのように上手く読めない。……これは時間が掛かりそうだな。


「ルド君。死んじゃ嫌だよ? ルド君が死んだら私も死ぬからね」

「心配するな。俺は無敵だ。例えこの星が吹き飛んでも余裕で生存できる。それよりも気付いているか? シーラの話を聞くに俺達は……というかシーラは物凄い大手柄を上げたことになるぞ」

「え? ……あっ、そういえばそうだね」

「GAA?」


 俺達の視線を受けて、ドラゴンが不思議そうに小首を傾げた。

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