第7話 第一王女
「捜索隊がまだ出ていないですって? どういうことなのカーラ?」
私としたことが思いもよらぬ報告につい声を荒げてしまった。
「やはりヴァレリア様の負傷が尾を引いているようです。あれほど強力なドラゴンがいる山中に人を迂闊に送るべきではないという意見が兵の大半を占めており、オオクド中佐もそれを無理に覆す気がないようです」
肩の辺りで切り揃えられた黒髪に切れ長な黒い瞳。流石に黒き殺戮ドールと恐れられるカーラの鉄仮面はこんな時でもびくともしないわね。
「ルド達を見捨てるというの? まだ学生なのよ?」
「ですが今は見習いとはいえ軍人という立場でここにいます。ましてや命令違反者ですので」
それを言われると痛い。そう、これが民間人ならすぐに捜索隊が編成されただろう。でも実際は手柄欲しさに待機命令を無視した兵士の話。学生の身とはいえ形式上はそうなるのだ。そんな愚か者達を助ける為に貴重な兵を危険には晒せない。……はぁ。まったくもう、何でこんなことに。
「……ジオダ、いつかはやらかすとは思ってたけれど、まさかここまでバカだったなんて」
第七王国の宰相の息子。立場を利用した傍若無人な振る舞いが年々酷くなってはいたけれど、もうこれは病気と言って良いレベルの馬鹿さ具合だ。
「ルドに影ながら嫌がらせをしていたって聞いてるし、こうなった以上、ジオダには学校を辞めてもらうわ」
「ジオダ様はベルザ様の婚約者になろうと必死でしたので、ここらで大きな成果を出してベルザ様に認めてほしかったのではと予想できます」
「だからってどういう思考をすればあのドラゴンを自分達だけで倒せるだなんて思ったのよ」
「そこはジオダ様ですから。それよりも私としてはシーラ様の方が気がかりです。彼女は死なせるには惜しい」
「ルドではなくて?」
「…………」
あら、私の質問を黙殺するなんて悪い従者ね。でもまぁ確かにーー
「彼女、凄かったわね」
思い出す。いつもは大人しい彼女が突然奇声を上げたあの時のことを。駆け付けた私達の前で彼女は刻印を発動させた。そして一瞬で消えたのだ。そう錯覚するほどのスピード。誰も反応できなかった。第七王国の第一王女である私でさえも。
「あの魔力。ひょっとしたら私以上かも。それにあの刻印はどういうことなの? 彼女は平民のはずなのに」
「ベルザ様と交友のあるお方なのでルド様と一緒に身辺調査は一通りしております。その際には小さな村の出身という本人の証言に虚偽は見つかりませんでした。むろんこの後再調査を致しますが、意図的に出生を改竄したのであれば、相当の大物がバックについているかと」
人類の拠点たる十二大国。その内の一つである我が第七王国の目を欺くなんてこと、そこいらの商人や貴族にできるわけがない。可能性があるとしたらやはり……。
「彼女、ひょっとしてーー」
ブゥオオオオ!! ブゥオオオオ!!
「警報笛!? 敵襲!」
刻印を起動させてテントを飛び出す。直ぐに護衛達が私の周囲を固めた。
「状況は?」
「監視兵がこちらに接近するドラゴンを捉えました。五分もしない内にここに来ます」
「まさかあの負傷で向こうからやってくるなんて」
ドラゴンはその力は無論のこと高い知能を持つことで有名だ。先の戦闘でこちらの戦力を把握しているだろうにわざわざ敵陣に真正面から突っ込んでくるとは思わなかった。
「虎の尾を踏んだかしら?」
「虎ぐらい可愛らしければ良いのですが」
あら、カーラが無駄口叩くなんて珍しいわね。流石の彼女も緊張してるのかしら? こんな時こそ日頃のお返しにからかってあげたいのだけど、どうやらそんな時間はなさそうだ。
慌ただしく動く兵達に指示を飛ばす男を見つけた。
「オオクド中佐。ヴァレリア大佐の容体は?」
「ピンピンしてるぜ。自分があのドラゴンを捕らえるから俺たちには手を出すなとさ」
冗談めかして中佐が肩をすくめれば、鍛えられた長身を包む全身甲冑がガチャガチャとけたたましい音を立てた。ドラゴンの住う険しい山にあの重装備で挑むなんて。それも脱いだところを見たことないし。相変わらず体力お化けだわ、この人。
「それではヴァレリア大佐が再びドラゴンと?」
「それが何ともタイミングの悪いことに大佐は治療がてら魔剣を取りに王都に戻ってる。ペガサスを使ってるから二日と経たずに戻るだろうが……」
「魔剣を」
聖王女ユギル様が神より与えられた伝説の武具、その中でも特に悪魔に対して強い力を持つ七十七本の剣。これを持つ者は七十七騎士と呼ばれており、その実力は人類の中で上から七十七番以内に入るという絶対強者達だ。
「初めから持ってくれば良かったんだが、あれは紛失しただけで死罪になる代物だからな。……はぁ、あんな怪物を本当に従えることができるのかね」
そう言って盛大に肩を落とすオオクド中佐。歴戦の戦士だし大丈夫だとは思うけれど、不安を誘う姿ね。
「それでもやるんでしょ? どうするつもりなの、中佐」
「どうもこうも撃退するしかないだろうよ。ったく、怒り狂ったドラゴンの相手なんてゾッとしない話だぜ。姫さん、良かったら指揮代わるかい?」
「良いの? 本当にやるわよ」
思いがけず手柄を立てるチャンスが到来したわ。それじゃあまずはーー
「おっと。冗談。冗談だよ」
「……今の一瞬で更迭しておくべきだったかしら」
「やれやれ油断も隙もねーな。そんなに手柄を立てることを焦るってことはあのボウヤは姫様のお眼鏡には敵わなかったのか?」
「ルドはとても良い人よ。でも彼は……それだけなのかもしれないわね」
人類の状況を鑑みて、刻印持ちの貴族は若い内から子供を持つことを推奨される。それは第七王国の第一王女である私も同じだ。年齢や地位的に一番の候補であるジオダがあまりにもアレすぎる上、他に目ぼしい男がいなかったので、田舎からやってきたマテリアル密度が計測不能というイレギュラーなルドを婚約者候補にしてみたのだがーー
「そろそろ彼を解放してあげた方がいいのかもね」
肉体から直接放たれ魔力の威力に直結するエーテル振動数とは違い、肉体のうちに眠るマテリアルについてはまだ解明されてない点が多い。ルドの性格や授業の成績を見るに、今後彼が刻印持ちを超える圧倒的な力を持つ可能性は低いように思えた。
「そうかい。まぁだからってすぐに誰かとくっつけられる訳じゃねぇんだ。自分の意思を貫くのに手柄を立てて優秀さをアピールするのはいい手ではあるが、功を焦った者の愚かさは姫さんの友人が身を持って教えてくれただろう」
「ジオダと同じに見られるのは流石に嫌すぎるわね。分かったわ。私は大人しく中佐の手腕を見学しておくわ」
「そうしてくれると助かるな。っと、もう無駄口を叩いてる暇はないか。姫さん、どこにいようが姫さんの勝手だが自分の身は自分で守ってくれよ」
「ええ。もちろんよ」
「姫さん返事だけは良いんだよな。……つーか、よく考えてみると大佐がいない以上姫さんに何かあると俺の責任か? やっぱここは……」
オオクド中佐は私の護衛達を一瞥すると最後にカーラに視線を向けた。
「……まぁ、姫さんなら心配ないか」
そう言って肩をすくめると、中佐は指揮に戻って行った。そしてそれからすぐだった。満月が照らす夜空にドラゴンが現れたのは。
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