第8話:挑戦の時

 大祐は高校3年生になり、周囲が受験に向けて動いている姿を見たことで受験に対する意識が高まっていった。しかし、大祐の中にはまだ国内と海外で迷っていた。なぜなら、待遇が全く違うこと、高校3年間英語だけで授業を受けてきているため、いきなり日本の大学へ進学する事により、英語を忘れてしまうのではないか?という不安だった。


 しかし、海外に行くには飛行機代に高額の引っ越し費用、ビザの申請などお金も時間もかかるし、寮がある大学でないと出費がかなりかさんでしまうのだ。


 大祐は兄たちが海外の大学に直接進学するのではなく、一旦日本の大学に入学し、2年間留学するコースを選んだ理由がやっと分かったのだ。兄たちは海外で学びたいという気持ちはあったが、入学選抜のためのテストで点数が足りず、国内の大学に進学するしか方法がなかったのだ。そして、大学1年・2年を日本で過ごし、3年・4年を海外で過ごすという計画を立てて、その計画が実現するように順序立てて勉強していった。その結果、考祐と隆祐は日本の大学と海外の大学を両方経験出来たことで彼の海外に対する視点や海外における価値観の違いなどを肌で感じることが出来たことは彼らが今後就職した時にも活かされてくるのだ。


 高校3年生になり、彼にとって初めての海外大学進学希望者のためのテストが3日後に迫っていたが、彼の調子が上がらず意気消沈していた。理由として仮に海外大学に進学する場合には推薦入試は受験できず、国内大学に入るにはセンター入試か後期日程を受けるかしかなかった。そして、彼が受ける予定の大学は受験日が2月から5月だが、受験資格を得るための試験は11月からスタートする。つまり、この試験に受からないと本試験には進むことが出来ないのだ。昨年は全員が希望の進路に受かっているが、今年は希望の進路に進めるかどうか分からない。なぜなら、今年は希望者の多くが家庭の経済事情によりグローバル・スカラーシップ制度を利用して進学しないと志望校に合格しても入学できないという事態になっている。


 この状況になるのは例年100人に対して5人いるかどうかというごくまれなケースだが、今年は高校に入るために日本の奨学金を借りている人が多いため、海外に行くとなると多数の奨学金申請者が出る可能性があるのだ。それは学校長共々頭を抱えていた。理由として仮に申請したとしても成績やテストスコアなどを考慮されるため普通の点数では到底承認されない。つまり、仮に合格したとしても奨学金を使えないとなると進学を諦め、合格を辞退しなくてはいけない可能性があるのだ。


 そして、過去に入学辞退した学生が通っていた学校は相手の大学から次年度の入学基準を引き上げられるもしくは受験停止などに追い込まれている。この事例は隣の地区にある仲南高校の国際科が3年前にロサンゼルス大学に進学予定だった男子学生が奨学金を受けられないことが壁となり、経済的理由で進学を辞退したケースではロサンゼルス大学から5年間の当該校生徒の受験に関しては事前に審査が必要になり、ロサンゼルス大学から提示されている基準をクリアした生徒のみが受験資格を得られるようになっていた。


 海外の大学を受験するということは生半可ではないし、場合によっては後輩に迷惑をかけることにも繋がってしまう。


 先生たちとしてはどうやって彼ら・彼女たちを志望校に入学させるかということに頭を悩ませていた。


 ある日、受験予定の生徒から担任に対して手紙が渡された。周囲からは「もしかしてラブレター?」・「退学届?」などとさまざまな声が飛び交っていた。


 その手紙の中に書かれていたのはラブレターでも退学届でもなくその生徒の家族のことだった。それは・・・

「昨日、美柚香の父が会社を解雇され、3ヶ月以内に復職出来ない場合、学費が滞る可能性が出て参りました。つきましては2学期からの学費に関しては奨学金の申請後にお支払いすることになるかと思いますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。」


という内容だった。この内容を見た先生は校長先生と学年主任に報告と相談をしたのだ。その時初めて知ったが、実は彼女以外にも数名が同じ嘆願書を提出していたのだ。しかも、このうち2人が成績上位者の生徒で、奨学金をこれまで受けていなかった学生だったのだ。この事実に先生たちは何とか力になれないかと奔走し、2人に関しては学費の納付猶予が認められたが、他の子たちに関しては調査後に回答することにしたのだ。理由として他の子たちの場合は受験に関する内容が多く、何としてでもこの学校に入れたいという両親からの“嘆願”というよりも“懇願”に近い状態になっていた。


 子供たちとしてはこの大学が志望校ではないが、親のために受験しなくてはいけないのではないかと戦々恐々していたのかもしれない。そこに親の期待が加わったことでさらなるストレスを感じていたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る