第7話:やれば出来る!

 高校3年生に進級する前に学年最後の試験が待っていた。このテストは彼自身が海外に進学する上で落とせない重要な試験だったため、この試験で合格点に近い点数を取れないと海外進学が難しくなるうえ、場合によってはコース変更の可能性を残していた。


 その時、彼のライバルとしてある男子の存在があった。彼の名前は藤光泰利といって、家庭の事情でその地区で上位を争う進学校から2年生の途中で海外進学コースに転入してきた。しかも、彼は前の学校は国際高校でかつそのエリアでは“最難関校”と言われるくらいレベルが高く、毎年難関大学への進学率が70%と群を抜いていた。それだけの実績がある学校であるがゆえにその県において県内では知らない人がいないくらい有名な学校だった。ただ、彼は成績こそ良かったが人間関係は大祐と似ていて、友達が少なく、すぐに孤立しやすいため周囲からは「変わった男の子」と思われていた。それほど彼が見ていた世界はかなり特殊で、彼は恵まれた環境にいたということを再認識したのだ。彼は兄弟・姉妹の中では頭は良い方だが、社会性や協調性というのはあまり好ましい印象ではなかった。


 これは、大祐も同じだが、大祐の場合は妹たちを可愛がっていたため、兄たちと妹たちが仲良くしていると嫉妬していた。しかし、泰利は家庭内で孤立し、家庭崩壊の引き金を引きかけた事もあった。そんな相対する2人を含めて学年全体がかなりピリピリしていたため、先生としてはみんなで手を取り合って進んでいきたいと思っていたが、一部の生徒は完全に自信を喪失し、コース変更や退学などを検討しているというのだ。この時、彼の高校は一大転換期の前兆ではないかと噂されるほど大変な時期を迎えていた。なぜなら、近年の海外に進学する子たちの減少、子供たちの合格率の減少が顕著になったことに伴い60年近く創設してきた海外進学コースが平成27年度の成績次第では募集停止やコース廃止などを検討していることが分かった。つまり、彼が卒業するのは平成25年ということになり、あと2年で結果を残さないと募集停止や廃止が現実の物になってしまう。


 先生たちはこれらの事態を回避するためにも全学年の学生に対して学力向上と進学先の策定を望み、先生方は子供たちに期待をしていたのだ。しかし、この年は全学年の成績水準が前年比2割減の状態になり、このままでは最悪の結果を想定しなくてはいけなくなる。そこで、学生たちの学習意識が上がるようにさまざまな施策を練ったが、どれも中途半端な状態になり、評価を覆すために十分な結果を出すことが出来ないことにやきもきしていた。


 そんなときに先生たちに一筋の光が差し込んできた。それは、1年生の東城美優が全国高校模試で1位を取った。この報告を受けたとき先生たちは抱き合って喜んだ。実はこれまでも全国模試で上位100位に入ったことはあっても、二桁の順位まして上位5人には高校からこれまで出たことはない。これは快挙だと思ったが、学校長からも理事長からも「これは喜ばしいことだが、全体に影響することではない」という話しが出てしまった。


 確かに、東城さんひとりでコースの命運が変わってしまうなら先生たちも安堵するだろう。ただ、彼女1人が全てを背負ったところで他の子たちの意識は変わらないだろうし、そのことだけを誇張しても意味がない。


 続けて、校長から「このコースは優秀な学生を集めているからこそきちんと成績や実績を作らないといけないし、この状況で来年はスポンサーさんたちにどうやって説明するつもりだ?」と問い詰められた。確かに、子供たちの学費だけでなく最高の教育環境を作るために外資系企業などが出資して海外から選りすぐりの人を招待して、国内の知識だけでなく、海外の文化や働き方などをたたき込んでいる。しかも、このお金は全てこれらのスポンサーが出資して生徒たちに提供してくださっているのだ。


 この事を知った先生たちはわらにもすがる思いで、生徒たちを鼓舞しようとしていた。しかし、生徒たちの士気が上がることはなく、この日常が変わることはなかった。


 特に2年生は海外進学コースへの編入者が今年はいなかったが、クラスの雰囲気は最悪だった。理由としてAクラスの金子龍一、Cクラスの岸本泰介がそれぞれに大きな派閥を作ったことでお互いを潰し合うような行為が増えていった。その結果、学級崩壊や第三者への悪影響を危惧する声や不登校寸前の子が出てくるなど先生としては起きては欲しくないことが次々起きたことでどうやって指導するべきなのか分からなかった。


 Aクラスの担任の先生は紀元先生といって教師人生20年のベテランだ。しかも、前に勤務していた公立学校では生徒指導部長や進路指導部長などを歴任していて、さまざまな事例や発生ケースなどを経験してきた事から崩壊寸前のクラスを立て直してもらえるのならこの実績は申し分ないと理事長が紀元先生の元に直接出向いて説得をしたのだ。そして、先生とも同意を得られたことで3年前から勤務していただいているが、今回のようなケースは経験したことはあってもここまで大きな事態に発展している状況で初めて知ることはこれまでなかった。


そして、Cクラスの担任は辰己先生という教師になってまだ5年の先生だったため、実績はないが子供たちと年齢が近いこと、兄弟と同年代の子たちということもあり、多くの生徒が親近感を持っていた。昨年も担任をしていて、先生に鼓舞されて成績が上がった生徒もいたことから今年も抜擢をしたのだ。しかし、辰己先生はいじめや学級崩壊を経験していないため、今回のケースは1人で解決するには荷が重すぎたのだ。


 特に今回のケースはいじめ行為だけでなく、金銭トラブル等の犯罪としても成立する事件を伴っていることから一筋縄ではいかないし、今回問題を起こした金子龍一は祖父が衆議院議員の田宮義経、叔母は区議会議員の田宮紀子、父は大手・コスモグローバルホールディングスの執行役員金子俊一郎と権力者揃いで、1つやり方を間違えると自分自身も家族に対しても多大な迷惑を被らせ、物事によっては大惨事になりかねないほどすごい人しかいない。一方の岸本も父親は岸本ホールディングスの社長である岸本紀彦、祖父・岸本龍兵衛と祖母・岸本節子は有名別荘地に広大な土地と別荘を持っていて、静かな余生をすごしている。


それぞれ親族は地区では有名な人が多く、万が一彼らに何かあった場合・何かを引き起こした場合には街中だけでなく全国的に大騒動になってしまう。それだけに彼らの問題行動はこれまで内密でかつ極秘文章として取り扱われた。しかし、彼が校内で問題を起こしたことが同級生の間で噂になっており、その噂はたちまち街中を駆け回った。


 この噂が彼らの両親の耳に入ったときにはすでに彼らが学年を統制していたため、手の付けられない状態になってしまったのだ。そのうえ、彼らは成績が悪い子たちにお金を渡してテストの日を休むように仕向けるなど自分たちの成績が悪くならないようにそれぞれのできる限りの経済力を使っていた。なぜ、彼らはここまでして学年1位にこだわるのか?理由はそれぞれの両親にあった。まず、龍一は幼少期から「1位でないとうちの子ではない」と父親から言われ、テストなど順位が付く物は全てライバルたちと争ってきたことで“1位以外は負け”と同じだと思っていたのだった。その結果、テストなど順位が付く物事でかつ周囲のレベルが低くなり、自分に不利益が被る場合はきちんと成績を取れるように頭のいい人しか受験させないように先生たちに仕向けたのだ。この事を幼少期から当たり前にやってきた彼だからこそこういうことをしても良いと思ったのだ。実際に彼は常に1位を取り続けていたが、周囲からは「龍一君が不正をしている」と指摘されることもしばしばだった。


 一方の泰介も順位のためなら手段を選ばない生徒の一人だった。そして、彼はいつもカンニングや自分より成績が良い生徒をターゲットにしていじめを働き、精神的に追い詰めて成績を落とすなど陰湿な行為が横行していた。その結果、彼の周りからは友達がいなくなり、自分で仕掛けて自分で実行するしかなかったのだ。

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