第6話:挫折が教えてくれたこと

 大祐は高校2年生の夏を迎えた。夏は研修や講習などが始まる。そのために事前研修や説明会などが毎週入っていた。そんな彼は海外への研修を辞退しようか迷っていた。


 理由は彼の体調で不安なことがあったからだ。実は彼は先月、急に貧血を起こして倒れた。すぐに救急車で病院に運ばれたが、一時は予断を許さない状態だった。


 その状況を経験したことで彼は海外という“新しい主戦場”を手放さなくてはいけないと思ったのだろう。


 しかし、学年主任の颯田先生は「大祐君はもしかすると英語の才能があるような気がしてきた。僕がいつも英語を聞いていて他の子たちよりも自然に話せているし。」というお褒めの言葉をもらった。この言葉は彼に初めて勇気を持たせ、彼が前を向くきっかけになったのだ。


 ただ、このやりとりが気に入らなかった一部の同級生は彼をいじめて村八分にしようかと考えていた。理由は彼の成績にあった。いじめを企てていた中心メンバーの1人は颯田先生のクラスの達宮愼吾だ。彼は入試の時は海外コースの受験資格が無かった。しかし、彼は自力では無く、親の力を使って海外進学コースに入ってきたのだ。一方で、大祐は選抜試験に受かって海外進学コースに入ってきた。つまり、この時点で双方のイメージが真逆だった。まず、他力で入ってきた愼吾、自力で入ってきた大祐とどう考えても後者の方がイメージは良かった。しかし、愼吾は何としてでも自分がのし上がりたいと思うあまり空回りしていたのだった。


 実は彼とは幼稚園の時に一緒の幼稚園に通っていたことがある。彼は毎回高級車で登園・降園していたため、周囲の子供たちからはかなり浮いていたのだった。


 小学校に入ると学校が違っていたため、様子は分からなかったが、同じ学校に通っていた同級生からはかなり慕われていたというのだ。理由は彼の家族だ。父親の愼一朗は達宮グループというその地域では有名な企業の社長で母親はその会社の副社長だった。祖父はグループの会長でありながら区議会議員の役職を持っている。そんな家庭に育ったが故に小学校でも度々トラブルを起こしていたというのだ。


 大祐は彼がそのようなことを考えているとは知らず、普段通りに過ごしていた。しかし、彼の成績は一向に好転せず、出願に向けた模試も常に20番台と彼の中でスランプに陥っていた。そんな彼を見て先生たちも心配になっていたのだ。


 彼はクラスの中でも友人が少なく、悩みを打ち明けられるような友人は多くなかった。そのため、挫折を経験してもなお深い闇に落ちていった。


 彼が挫折した理由の1つに知識量の差があった。彼の行っていた高校では“Global Accomplishment Person”という世界に特化した人材を輩出するための学校目標として掲げている。そして、その目標の達成が学校の成長に繋がると思っているからだ。


 そのため、中には小学校から世界的な知識を学習する人、幼少期から海外に行って文化に触れている人、両親や親戚に海外の人がいる子など海外と接点を設けて育ってきた子たちが多く、大祐のように海外に興味はあっても実際には体験したことが無いため、さまざまな研修でのレクリエーションなどが理解しにくい状態になってきたのだった。これは姉妹校が多い学校ならではの光景だった。友人たちが進学した高校は日本国内にも姉妹校があるが、彼らは一般入学で合格したため、姉妹校のシステムを体験することも経験として触れることも無かったのだ。そのため、姉妹校から入ってきた同級生は幼少期から蓄積してきた知識を応用して、新しい事に発展させることは朝飯前だった。


 しかし、彼らのように一般入学で入った子供たちはそのような知識の蓄積がないため、これまでの一般論が基本になってしまう。ただ、特定の分野はかなり詳しくなるという事になる。つまり、多角的な視点を尊重する教育が多くの学校で実施され、実際に生徒に対して仕組みを教えていたのだ。


 これは、彼にとっては新しい視点だった。というのは、彼ら外部から来た生徒にとっては“なぜ、他の同級生はこんなにも知識が豊富なのだろう”・“なぜ、興味・関心を持って物事に向き合っているのだろう”と毎日自問自答していた。

その時、外部から来た生徒がずっと彼ら・彼女たちに挫折感や焦燥感が芽生えていたことで勝手に距離感を覚えていたのだ。


 大祐のクラスは30人いるが、小学校から上がってきた生徒は20人、外から来た子が10人と小学校から上がってきた子供たちが多かったことで授業中もかなり異質な世界になっていた。


 まして、英語で授業を受けていると耳慣れしていない生徒たちにとっては慣れるまでが異文化にいるような感覚が抜けないし、これまでは日本語で受けていた授業が英語で話されていることで理解度が下がったような印象だ。


 そして、彼が成績の変化に気付いたのも彼自身の自信がなくなり始めていた頃だった。


 ある日、彼は完全に自信を失い真っ暗な洞窟の中にいた。その世界から聞こえてくるのは「今日から仲間だ。」・「これから一緒に頑張っていこう」と否定的な悪魔のささやきが聞こえてきたのだった。


彼は「これは夢なのだろうか?」と思ったのだが、仮に夢だとしてもこの感覚は夢にしては出来すぎているような気持ちがあった。そして、2学期の中間テストが2週間後に迫ったが、彼に“原点回帰”という言葉は響かなかった。そして、受験に必要なスコアも全て下回っていたため、早急に成績を回復させる必要が出てきた。しかし、彼は完全に自信を失っていたため、仮にテストを受けさせても思わしくない結果が出た時点で更に自信を削いでしまうのではないか、彼の心に残っていた火種が消えかかっているのではないかと様々な不安が頭をよぎっていた。そのため、彼の持っている能力を十二分に発揮させるにはまだ時間が必要だったのだ。


 そして、彼にはもう1つ気がかりなことがあった。それは彼の人間関係の崩壊だ。彼は同じ学校には友人こそ少なかったが、他の学校にはたくさんいた。しかし、その友人たちも彼が悩んでいることは知っていたが、どうやって声をかけて良いのか分からなかった。


 彼の場合、周囲に挫折を味わった人はいても彼が今立ち向かっている課題を解決したことはない。そのため、誰に話しても解決に繋がることは難しいのだ。


 しかし、彼がその挫折を味わったときに何を思ったのかだけは明確に周囲に伝わっていた。そして、彼もこの挫折が意味していた事を時間はかかったが理解し始めていた。


 例えば、友達が少ないという悩みに関しては彼に何か原因があるわけではなく、彼が思い描いていたことと現実のズレが彼の友人が少ないという結果に繋がっていたということだった。


 学校の成績も彼が勉強していたと思っていただけで、実際には浅く広く勉強していたため、知識のバランスが悪くなり、特定の科目は出来て他の科目がうまくいかないなど彼の中でジレンマが起きてしまい、興味・関心を持って勉強をすることが出来なくなってしまったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る