第5話:初めての挫折

大祐が高校二年生になった。進級と同時に彼は意気揚々と胸を躍らせていた。


 なぜなら、彼が進んだ付属高校は2年次から海外進学コースと国内進学コースに分かれていた。当初、国内でも良いかと思っていたが、後に進路に困らないように海外進学コースを選択していたのだ。理由も“海外留学や定期研修で海外各国にある提携姉妹校に行ってさまざまな学生と交流してみたいと思った”という抽象的な理由だった。


 そして、2年生になって初めての登校日に学校に行ってみると、クラスの雰囲気が昨年までとは全く違う事に気付いたのだ。


 昨年までのクラスはどちらかというとバランス型のクラスで、平均値もほぼ学年平均とそこまで変わらなかったため、少し成績が落ちてもそこまで大きな影響はなかった。しかし、海外進学コースは各クラスの成績上位者がクラスの7割を占めていたこともあり、彼の中では成績を落とすことは彼らの反感を買うのではないかと心配になったのだ。


 そして、クラスの仲間たちと顔合わせをしたあとに始業式が行われる体育館に向かうと去年まで一緒だった仲間たちはほとんどいなかった。どうやら分散開催になり、午前中に国内進学コースはすでに始業式が終わっていたようだった。


 久しぶりに彼らに会えると思っていた大祐はどこか心の内ではショックだった。式が始まると校長先生が目の前のスクリーンに写された。


 彼は頭の中が混乱してしまい、どうしてそうなってしまっているのかが分からなかった。しかし、よく考えてみると校長先生が入院しているという話しがグループチャットに流れていたことを思い出して彼の中で合点があったのだった。


 そして、先生の式辞の中にある話が出た。それは、「2年生のみなさんは今年から各国の海外研修が始まりますね。私も3年前にオセアニア研修に帯同させていただいたときに文化の違いや食文化の違いなどを久しぶりに体感し、かなり新鮮な気持ちになりました。それを今年は皆さんが自身で体感していただけるということになり、今からワクワクしております。」という海外研修に関する話しだった。


 実は大祐は海外に行ったことがない。そのため、海外の文化は学校の授業で習った程度しかなかったのだ。


 そして、同じクラスの仲間に同じ事を聞くと「自分は20カ国くらい旅行と親の転勤で行ったことあるよ!」・「私は年に3回アメリカのおばあちゃんの家に遊びに行くよ」というどう考えても彼にはアウェイ感の強いクラスだったのだ。


 それもそのはずでこのクラスは高校卒業後に海外の大学に進学する人、将来的に海外の大学に進学を希望する人など完全に海外に興味がある人が集まっているコースだったのだ。そして、昨年までは日本語と英語が半々で授業が進んでいたが、今年からは完全に英語だけで授業が始まり、定期的に海外の学生との異文化交流を含んだ海外研修があるため、このコースで求められるのは日常会話レベルの英語と各科目で使う用語の呼称に関する単語など覚えることが去年よりもたくさんあるのだ。


 彼は今更ながらこのコースに進学したことを後悔していた。なぜなら、彼は将来的には外資系の仕事に就きたいと思っていたが、国際コースに入って国内の大学に進学するならこのコースで学んだことを活かすことが出来ないのではないかと心配になった。


 確かに、日本の大学に進学するなら国内コースで十分なはずなのだが、彼は今のうちから海外に行き、どのような文化なのかを自分の肌で感じたかった。と明確なビジョンを持って海外進学コースを選んだ。


 しかし、この選択をしたことで彼の中で成績の善し悪しが浮き彫りになり、自分の実力で今まで渡り歩いていた大祐にとってはここまで授業についていくことが精一杯とは思わなかった。


 時には同級生も助け船を出してくれるが、それでも彼は成績が上がらないことでしだいに焦りが募っていき、毎日不安と戦わなくてはいけない状態になった。


 そんな彼にとって第一の関門になっていたのが、1学期の終わり頃に行われる校内統一テストだ。これは彼の通学している高校内で独自に行われている校内模試のような物だ。これは国内コースと国際コース両方の学生が受験し、全員受験の共通3科目に各コースの理系・文系を選択して受験するため、それぞれ受験科目数が異なる。


 大祐は国際コースの文系を選択したため、共通3科目と英語の小論文、政治経済・倫理・異文化理解が追加され、合計で7科目での受験になった。


 彼が書いた大学は“カリフォルニア・マーケティング大学 経営学部経営学科・テキサス・マーケティング大学 経営学部経営学科・ブリティッシュ・インターナショナル大学 国際政治学部経済学科”など彼が最後の模試で出した推定偏差値である“73”という数字で進学可能な大学だった。


 そして、彼は試験当日まで黙々と受験勉強をして備えていた。


 しかし、彼はある誤解をしていたのだ。それは“この大学なら必ず行ける”という自分のレベルに対する慢心が生まれていた。


 その結果、彼は大学の合格可能性はB以上しかないと確信し、勉強を継続した。


 そして、試験当日になり意気揚々と学校に向かい、自分の席に座った。その瞬間、彼はすごくリラックスしていたが、実際に試験を受けると彼の予想をはるかに超える難易度だった。


 実は海外大学は国内大学と違って、問題傾向も異なり、出題形式も異なる。そのうえ、海外大学は海外進学コースしか受けられないため、普段やっている授業の問題だけではカバーできず、自分で海外の大学の出題傾向を調べて勉強する必要があったのだ。


 彼は問題を解く事に集中しすぎた結果、1時間目の国語は完全に撃沈だった。


 2時間目の英語は彼の中では得意な科目だったが、問題文が全て英語で書かれていたため、単語力が無いと問題は全く解けない。


 他の科目も何とか読み込んで問題を解いたが、テストを受けた時にまさかここまで精神的に追い込まれるとは思っていなかった。


 そして、2日間のテストが終わり、小論文を除く6科目分の自己採点をすると見事にケアレスミスやスペルミスなどでかなりの点数が引かれている状態だった。彼はこんな自分が海外進学して良いのだろうか?と自問自答していた。


 その夜、彼は部屋から出ることなく、両親も心配になっていたが、これまでも似たようなことがあったため、特段気にすることはなかった。


夜遅くになり、妹がトイレに行こうと部屋を出たところ隣の大祐の部屋から泣いているような声が聞こえた。以前にも自分の部屋で本を読んでいた妹たちが大祐の部屋の様子がおかしいと思うこともあった。


そこで、両親が大祐をリビングに呼んで雑談する事にしたのだ。


 翌日の夜、両親は夕食後に大祐と妹たちとみんなで久しぶりに家族団らんの時間を過ごすことにした。昨年から兄二人が家を出て一人暮らしを始めたことで男兄弟は大祐だけになり、大祐が孤独感を感じていたのではないだろうか?と思ったのだ。


 2時間程家族団らんの時間を過ごして、妹たちは寝る時間になったため、母親と妹は自分の部屋に戻り、リビングには父親と大祐だけになった。


 すると、父親が大祐に「最近、学校はどうだ?順調か?」というと大祐が「最近、学校でテストがあって、そのテストがうまくいかなくて・・・」と本音を打ち明けたのだ。その話を聞いて父親は「大祐なら大丈夫だよ。今までもさまざまな難局を乗り越えてきた大祐ならきちんとした志望校に入れるよ。」と優しい言葉をかけてくれたのだ。


 彼はこの言葉を聞いて安心した。なぜなら、父親は兄たちに対して冷たい言葉でお尻を叩いていた印象しかなく、自分も同じように扱われるのではないかと不安になっていたからだ。そして、父親は挫折を知らない人で、何をやっても良い成績を修めてしまう良運に恵まれているような人だったからだ。


 彼が挫折を経験したときに彼の状況が理解できる人は誰もいなかった。それだけ、彼が経験した挫折は特殊だったのだろう。


 そして、休日が終わり学校に登校すると教室がすごくどんよりしていた。彼はなんか悪いことが起きたのかと思ったが、クラスのグループチャットにはそうだと思われる書き込みもやりとりも見当たらない。


 彼の中ではまさかあんなことが起きているとは思わなかったのだ。彼がその事実を知ったのはその日の朝のホームルームで先生から告げられたのだ。


“今、席が2つ空いていると思います。この席に座っていた二人は今日から入院することになりました。そして、予定期間が長いので、みなさん彼らのことを忘れないでください。そして、彼らが帰ってきたときに明るく迎えてほしいです。これは先生からのお願いです。”というどこかすごく重いメッセージだった。


 その夜、彼の友人に聞いてみたところ「二人が土曜日に遊園地へ遊びに行った時に事故に遭った。」というのだ。この事は同じクラスの生徒も彼と遊んでいた友人も知らず、前日の夜に数人の友人たちにだけ伝えられていたのだった。

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