第3話 埋もれた記憶の欠片 #2
第3話 続き #2
[18]ー《青の国》坂の上の教会 庭のテーブル 夜
〈食事をしながらミレーネ姫とジュリアス、ポリーが話しているが、ポリーは上の空の様子である。〉
ジュリアス 「ポリー!ポリー!聞いているのか?」
ポリー「〈はっとして〉あっ、何の話?」
ジュリアス「全く……。どこから聞いていないんだ?」
ミレーネ「〈見かねて〉ジュリアス、今日、ポリーはね、ちょっと体調が良くないみたい。ほら、言いにくいけど、女の子には色々な日があるでしょ?」
ポリー「ちょっと、ミレーネ、急にジュリアスに何を……〈姫がポリーにだけ分かるようにウィンクをしたので黙る〉」
ミレーネ「〈ジュリアスに小声で〉殿方には分からない、しんどさが時々あるのよ。早く休ませますわ」
ジュリアス「ああ……」
[19]ー坂の上の教会 ミレーネ達の部屋の前 廊下
ポリー「ミレーネったら、いきなり変なことを言いださないで。私は体調も全然悪くないし」
ミレーネ「しー。分かっているわ。早く入って」
〈部屋に入る二人。〉
ミレーネ「ポリーはいつも元気過ぎるのですもの。仮病を使うのに、他に適当な理由が思いつかなくて」
ポリー「仮病って?」
ミレーネ「会いたい人がいて、行きたい所があるのでしょう?サイモン王子を想う時の私と同じ顔をしていますわ〈笑う〉」
ポリー「ミレーネ……」
ミレーネ「明日には、この町を発つかもしれなくてよ。今夜は私がジュリアスの相手を務めます。その
ポリー「〈受け取り〉有難う、ミレーネ」
ミレーネ「必ず無事に帰って来ると約束よ。廊下の先の裏口から出て頂戴。戻った時に入れるように中から鍵を開けておきますわね。くれぐれも庭を巡回している護衛に見つからないように」
〈ミレーネをぎゅっと抱きしめてから、急いで出て行くポリー。〉
[20]ー坂の上の教会⛪️ 庭
〈テーブルの上には燭台が置かれ
ジュリアス「ポリーの具合は?」
ミレーネ「熱がある病気ではないのですもの。眠ってしまえば、後は大丈夫ですわ。それより、ジュリアス、書物屋で緑の国では手に入らないような本が見つかりましたの?」
ジュリアス「〈本を出しながら〉幾つか気になる本はあったのだが、それらが役に立つかどうかは、まだ分からない」
ミレーネ「そうなのですね」
〈お茶のお替りを持ってテーブルへきた修道女ダリル。〉
ミレーネ「すみません、何から何まで」
修道女ダリル「さあ、私もお仲間に入れて頂きますよ。はい、これは姫様に頼まれたものです〈箱を渡す〉」
ジュリアス「何を頼んだのですか?」
ミレーネ「タティアナからの手紙です。ダリルが今も大切に保管していると聞いて、見せて欲しいとお願いしましたの」
[21]ー港近くの浜辺
〈パン屋の店の人達は食べ終えて、皆で
店長「あっ、緑の国の……。えっと、確か、お名前はポリーさん!」
視覚障がいのある店員「〈弾く手を止めて、見えないが顔を少し動かし〉お姉さんなの?わあ、今夜の御馳走を有難う」
〈皆も口々にお礼を言う。〉
ポリー「私の方こそ皆さんに色々親切に頂いて。その上、ご迷惑もおかけして、すみませんでした」
足の悪い店員「でも、申し訳ないな。肉はもう、すっかり食べちゃいましたよ」
ポリー「食事は済ませてきました。それより、浜辺で過ごすのが珍しいのです。緑の国は海がない国ですから」
視覚障がいのある店員「浜辺でバーベキューが初めてってこと?そりゃあ、驚いた!〈ビウエラをかき鳴らし〉今夜は楽しんでもらうように思いっきり弾くよ!」
〈皆が声を合わせて笑い、また音楽に合わせて歌いだす。レウォンが立ち上がってポリーの所へ来る。〉
レウォン「何か飲みますか?」
ポリー「はい」
〈二人は飲み物が置いてある箱の所へ行く。飲み物を渡すレウォン。〉
レウォン「〈焚火の方を見て〉みんな、いい奴でしょ?」
ポリー「〈頷き〉本当に」
〈その時急に、近くの砂浜の辺りでガサガサと何かが動く音がする。〉
ポリー「きゃあー。〈レウォンの後ろにしゃがみこみ、何かが動いた方を見ながら〉今、何か大きくて黒いものが動きましたよね?野良犬ですか?」
レウォン「
ポリー「〈立ち上がり〉えー?砂の中で寝るのですか?」
レウォン「結構、温かいらしい。お金がなくても海で魚や貝は取れるし、ここ南国には果実が実る木々もある。そうやって何とか生きていけるからね。砂の家も後で試してみる?〈笑って〉旅先で何でも経験したいって顔をしているよ」
ポリー「それは、いいです……」
〈また笑うレウォン。焚火の方から二人を呼ぶ声がする。〉
店長「そこの二人、早くこっちにおいで。一緒に歌おう」
[22]ー港近くの浜辺
〈
視覚障がいのある店員「ねえ、お姉さんに緑の国の歌を歌ってもらおうよ」
〈そうだ、そうだと盛り上がる皆。〉
ポリー「〈手を振って〉だめ、だめ!私は音痴なの。緑の国にもいい歌やいい音楽が色々あるので残念ですけど。私は無理。御免なさい」
店長「楽器は?」
ポリー「ピアノかオルガンなら」
足が悪い店員「じゃあ、ポルタティフオルガンを貸してあげよう」
ポリー「でも、弾いたことがないですよ」
足が悪い店員「鍵盤楽器が弾けるなら、ちょっと音を出してみて」
〈ポリーに渡されるポルタティフオルガン。ポリーがおそるおそる触れてみると音が出る。皆が真剣に見つめている。レウォンも笑顔で見ている。〉
ポリー(心の声)「私が弾ける曲と言えば……」
〈弾き出す“カノンに捧ぐ”の曲。皆、おーっと言う顔をしてじっと聞いている。海と夜空に溶け込むポルタティフオルガンの調べ。〉
【レウォンの回想:“カノンに捧ぐ”を弾く、誰か女性の姿が脳裏の彼方に霞がかったまま浮かぶ。】
[23]ー港近くの浜辺 夜更け
〈帰る人もいるが、砂浜で寝袋にもぐり込んでいる人もいる。〉
店長「朝までここにいるぞ!明日はここから出勤する!どうせ早起きだ。ふああ、眠くなってきた……」
〈視覚障がいのある店員は、寝袋に入った人たちのそばで、子守歌のような静かな曲を、ビウエラで奏で始める。少し離れた焚火のそばに座り、レウォンとポリーは波の音を聞き、星空を眺めている。〉
ポリー「今夜は思い切って参加して良かったです。いいですね、こういう時間……。緑の国に帰ったら、この場所が懐かしくなりそう」
レウォン「緑の国はどんな所?」
ポリー「緑の国ですか?こことはまた違う良さなのですが、とってもいい所です。森が多くて、湖や川があって、色とりどりの花々に、木々の間から木漏れ日がキラキラ輝いて」
レウォン「だから、君もキラキラしているのか……」
ポリー「ん?キラキラ?」
レウォン「そう、きらきらと命がまぶしい輝きを放っている人だなって、初めて会った時からずっと思っていたよ」
〈赤くなるポリー。〉
ポリー「あの、レウォンさんも、青の国の人らしく、おおらかで明るくて魅力あふれる人じゃないですか?」
ポリー(心の声)「言っちゃったー!」
〈一瞬、黙るレウォン。顔を上げてじっとポリーを見る。〉
レウォン「僕はこの国の人なんだろうか?」
ポリー「え?」
レウォン「実は…自分がどこから来たか、分からないんだ。シスターに発見された時、怪我をしていて、それまでの記憶を全て失っていた」
ポリー「そんな……。じゃあ、レウォンという名前は?」
レウォン「教会にいた頃、毎晩のようにうなされていてね。その声がまるで獅子のようだったらしい。それでシスターが……」
ポリー「もしかしてシスターが言っていた最近まで教会に住んでいた人って?」
レウォン「僕のことだよ。この港町で暮らしながら記憶が戻らないかと思っているのだが、今のところ、まだ何も思い出さない。でも、さっきの君が弾いた曲。どこかで聞いた気がする。それに……」
〈突然、少し離れたところから叫び声が上がる。〉
数人「きゃああああ!」
〈寝袋にいた人やギターを弾いていた視覚障がいがある店員、その周りにまだ残っていた人達から悲鳴があがる。見ると、食べ終えた肉や残った骨につられて、野犬が3頭ほど集まって来ている。〉
レウォン「まずい、野犬だ」
ポリー「今度は本当に野良犬が三匹も!」
レウォン「君はここにいて。火をもっと大きくするんだ。野犬は火を嫌がる」
ポリー「レウォンさんは?」
レウォン「仲間の中には、ここまで走って逃げて来られない人もいる。寝袋の中にいたら尚更、身動きが取りにくい。助けに行って来る〈焚火の中から火のついた太い木を持ち、行きかける〉」
ポリー「レウォンさん!」
〈横に置いていた従者レックスの剣を渡そうとするポリー。差し出された剣を見るレウォン。〉
ポリー「記憶をなくす前に、もし剣術の使い手であったならば自然と体が覚えているはずよ」
〈レウォンは一度、手に持っていた
レウォン「やあああ。〈皆に〉火の方へ逃げて。〈松明を振り回しながら、仲間の一人に渡す〉」
〈松明と共にそっと逃げる皆。腰から左手で剣を取るレウォン。レウォンの方へ向かう野犬。一匹がレウォンに飛びかかり、まず斬られる。もう一匹も襲いかかるが、即座にやられる。火の方へ向かっていた人のうち、視覚障がいがある店員が何かにつまずき倒れる。残りの一匹の野犬がそこへ猛然と襲いかかり噛みつこうとする。〉
皆「きゃあああ。やめて!!」
〈レウォンが咄嗟に剣を野犬に向かって投げつける。剣は野犬の
ポリー(心の声)「この人、ものすごく熟練した剣士だわ……」
〈野犬が動けなくなった隙に、視覚障がいのある店員は立ち上がり、他の者の手助けで火のそばへ逃げる。
ポリー(心の声)「暗くて、細かい剣裁きまでは見えないけれど。この動きは刺客レベルよ……」
【ポリーの回想:さっき 浜辺 焚火のそば
レウォン『シスターに発見された時、怪我をしていて、それまでの記憶を全て失っていた』
レウォン『さっきの君が弾いた曲。どこかで聞いた気がする』 】
ポリー 「……!〈レウォンの方を恐ろしい何かを見るように凝視する〉」
〈火に近い場所で転がった犬の臀部から剣を引き抜くと同時に、素早く腹部を十字に掻き切るレウォン。殺し終えて、手にした剣をじっと見る。剣の柄には白の国の紋章。〉
レウォン(独り言)「これは……?」
〈店の人達がレウォンの周りに集まる。〉
店長「レウォン、すごいぞ!剣の達人だったとは!」
視覚障がいのある店員「レウォンさんに怪我はない?ああ、助けてくれて本当に有難う」
足が悪い店員「〈まだ震えながら〉怖かった……」
別の店員「誰も怪我がなくて良かったよ」
〈
ポリー(心の声)「
〈急に吐き気をもよおすポリー。〉
レウォン「大丈夫か?」
〈砂浜に座り込むポリーの背中をさすろうと近づくレウォン。その手を避けるポリー。〉
店長「ダメだよ、そんな気味の悪い死骸なんか見たら。気分が悪くなるに決まっているじゃないか」
〈しゃがみ込んだまま、ポリーは皆に背を向けて吐き気をこらえている。〉
[24]ー浜辺から坂の上の教会への道
〈教会へ向かって夜の坂道を駆け上がるポリー。追いかけてくるレウォン。〉
レウォン「ちょっと待って」
〈何も言わず、ただ走るポリー。レウォン、腕を後ろから捕まえて振り向かせる。泣いているポリー。〉
レウォン「あんな物を見たら、誰だって気が動転するよ。どうして死骸なんか見たんだ?皆を助けるために僕も必死だったって分かるだろ?もう、さっきの光景は忘れた方がいい」
ポリー「〈腕から手をを離させて〉ごめんなさい。ここからは一人で平気だから」
〈また、一人で走って行こうとする。それを再度止めるレウォン。〉
レウォン「平気じゃないだろう。ほら、貸してくれた剣も忘れたままだ。血はふき取ってある」
ポリー「〈剣を受け取りレウォンの顔もろくに見ず〉お休みなさい……」
〈従者レックスの剣を持ち、振り向かずに走り去るポリー。〉
レウォン「君!」
[25]ー坂の上の教会 庭
〈まだ皆が本や手紙を調べている。〉
修道女ダリル「あら。ここにお妃様からの話として、こんなことが……〈手紙を指し示そうとする〉」
〈そこへ門の辺りを巡回していた護衛が走ってくる。〉
護衛「姫様、ジュリアス様。今、病院からの使いが来ました」
〈驚く三人。〉
[26]ー坂の上の教会 姫とポリーの部屋
〈中に入るミレーネ姫。ベッドの所に行き、上掛けの下にもぐりこんでいるポリーを見る。〉
ミレーネ「ポリー?良かったわ。まだ帰っていなかったら、どうしようかと思いましたのよ。今、明かりを点けますわね」
ポリー「つけないで!」
ミレーネ「どうしたの?ポリー、泣いているの?」
ポリー「ミレーネ、ご免なさい。少し、このままにしておいて。お願い……。〈泣いている〉」
ミレーネ「どうしましょう。レックスの容態が急変してしまったの。今から皆で病院に向かうのよ。大丈夫?」
ポリー「レックスさんが!?」
ミレーネ「〈気丈に〉最後のお別れになるかも知れないわ」
〈起き上がって、涙をふくポリー。〉
[27]ー港町 診療院 夜中
〈苦しんでいるレックスの姿。〉
[28]ー港町 診療院
〈皆がやって来る。廊下で医術師に会う。〉
ジュリアス「どういうことですか?」
医術師「もともとの傷がかなり深かったらしく、今度の怪我が原因で、また、そこが化膿してしまいました。応急処置の後、様子も落ち着いていたので安心していたのすが、体の奥深くで雑菌が繁殖し膿が広がったようです。様子の異変に気付いた時はすでに手遅れでした」
ミレーネ「そんな。助からないのですか?」
医術師「今、調合した薬を投与して最善を尽くしていますが、〈首を振り〉残念です」
ミレーネ「ああ、レックスさん〈泣く〉」
ジュリアス「何てことだ!もう少しで白の国へ帰れるはずだったのに」
〈ポリーはただ、しくしく泣き続けている。〉
医術師「どうぞ、最期にそばにいてあげて下さい」
※第3話 終わり
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