第7話 叶わぬ願い #2

プレシーズン 第7話 続き #2


[15]ー城 書架室


〈ミレーネ姫とジュリアスが話している。〉


ジュリアス「なるほど。手紙の前半はそういう意味があったということですか。蘭は“ミレーネ”を表し、クローバーが“ミリアム王子”のおしるしで、つまりミリアム王子を指している。そして、“石”はその、首飾りのヘッドとして緻密な模様の細工がほどこされた石なのですね」


ミレーネ「ええ。手紙の後半は私もまだ分からないのですけれど」


〈思案する様子のジュリアス。〉


ジュリアス「ミレーネ、首飾りのことは今後、誰にも言わない方がいいと思う。もちろん、ポリーにも暫くは内緒にして。ポリーはまだ子どもだから。今はとにかくタティアナさんの『秘密に』という言葉に従っていきましょう」


ミレーネ「有難う、ジュリアス」


ジュリアス「本当は、僕が知って良かったのかどうかも迷うところだが、この謎を解くために、少しは何か手助けが出来るかも知れないからね。ミレーネ、話してくれて有難う。絶対、口外はしないと信じて欲しい」


〈ミレーネ姫の首にかかっている首飾りのヘッドに目をるジュリアス。目の見えないミレーネ姫は気付かず、自然にまた首飾りを触る。〉


ジュリアス「ああ、それで、今までもよく首飾りのヘッドの石を触っていたのですね。まさか、そんな理由があったとは。ミレーネの癖か、触ると落ち着くのかなと思って見ていましたよ」


ミレーネ「まあ、そうでしたの。私、どう見られているか気付かなくて。これから、もう少し気を付けますわ」


〈そこへ扉をノックする音がする。〉


ミレーネ「ジェインがポリーを連れて来てくれたのかしら?」


〈扉を開けようとしたジュリアスの耳に従者ボリスの声が聞こえる。〉


従者ボリス(声のみ)「ジュリアス様はこちらにいらっしゃいますか?」


ジュリアス「〈えっとした顔で〉はい、おりますが」


〈扉を開けると、従者ボリスと共に立っている友人マリオの姿。〉


ジュリアス「マリオ、どうしてここに?」


マリオ「ジュリアス、やっと会えた……」



[16]ー城 ジュリアスの部屋


〈マリオの話を聞き、じっと似顔絵を見るジュリアス。〉


【ジュリアスの回想: 事件の翌日 民政大臣の家の居間


もめていたジュリアスとポリー。帰りが遅かったことをジュリアスが怒ると、ポリーは目の不自由な女の子に会って村のはずれまで送ったと言っていた。】


ジュリアス(心の声) 「まさか、ポリーが会った、そんな若い女の子が関わっていたのか!」


〈不安気にジュリアスを見つめるマリオ。〉


ジュリアス「ずっと一人で事件を調べようとしてくれていたのだね。マリオ、有難う。お城の関係者として礼を言うよ」


マリオ「いや、いいんだ。王家の事件が解決されるのは民の願いだよ。〈手が震えている〉」


ジュリアス(心の声)「マリオ、殺し屋に狙われて、どれほど怖い思いをしたことか――」


〈扉がノックされる音。〉


女官ジェイン(声のみ)「姫様からポリー様をこちらにお連れするようにと仰せつかりました」


〈部屋の中にポリーが焼き菓子を籠に抱えて入って来る。女官ジェインは戻っていく。〉


ポリー「お友達ってやっぱりマリオさんだったのね。いい時に来てくれました!美味しい焼き菓子がいっぱいあるの。ん?……何かあった?」



[17]ー城の門の近く 道


〈走って来るマリオ。影から出て来た覆面の近衛ウォーレスと合流する。門で見送っていたジュリアスは、遠くから、その人影だけを見る。〉


マリオ「ポリーさんは、この女の子と道で出会い、途中まで送ったのですが、やはり、どこの誰かは知らないそうです」


近衛ウォーレス「そうか。城下町の者ではないな。誰も知らない娘が、あの夜、祝宴会場にいて、次の日、目の不自由な者のふりをして町から脱出した。こんな美しい若い子が大それた事件を起こすとは思えないが、それこそが相手の思うツボで、真犯人である可能性が高い。君が狙われる理由はそれしかないだろう。とにかく当分は気を付けて。今夜は私が家まで送ろう」


マリオ「有難うございます」


〈二人、歩き始める。〉


近衛ウォーレス「夜、出歩く時は一人で行動しないように。確か、自宅は鍛錬修行所だったな」


マリオ「はい。父が営んでおります」


近衛ウォーレス「それなら安心だ。それから、これ以上目をつけられないよう、明日すぐに、街中の尋ね人の張り紙をはがして回収するのだ。もう忘れたフリをした方がいい」


〈頷くマリオ。〉



[18]ー城 ジュリアスの部屋


〈似顔絵を見て震えているポリー。コットンキャンディーを片手に乗せ、胸の側に、その手を持ってきている。〉


ポリー「まさか――。あの女の子が犯人かもしれないなんて……」


〈ジュリアスが戻ってくる。〉


ジュリアス「コットンキャンディーを誰かに見られたら、まずいぞ」


ポリー「分かってる。一人では怖くて、一緒にいてもらったの。〈コットンキャンディーを小箱に入れながら〉ジュリアス、マリオさんのいう女の子が、本当に怪しいの?」


ジュリアス「うん。証拠は何もないが……」


ポリー「〈身震いして〉私は犯人と一緒に歩いたっていうこと?」


ジュリアス「しっ!声が大きい」


ポリー「だって、だって、ジュリアスも似顔絵で分かったでしょ、若くて綺麗で目が不自由なの。〈涙声になる〉」


ジュリアス「盲目はだった可能性が大きいよ」


ポリー「ねえ、ジュリアス、怖いよ。どうしたらいい?私は犯人を逃したの?ミレーネに何て言ったらいい?〈泣き出しそうに〉」


ジュリアス「ポリー、落ち着いて。起きてしまったことは仕方がない。わざとした訳でもない。それに容疑者が見つかったことはタティアナさんやアイラさんを救える希望が出てきたと僕は思う」


ポリー「えっ、そうなの?」


ジュリアス「ただ証拠が無いし、残念ながら簡単に捕まるような犯人ではなさそうだ。ミレーネに期待だけ持たせる訳にはいかないし、ポリーの関与をどう明かすかも悩ましいな。ミレーネには伏せておいて、ここは、まず父様に相談するしかないだろう」



[19]ー城 女官タティアナの牢


〈窓の鉄格子から差し込んでくる月の光を見上げる女官タティアナ。離れた牢からずっとアイラのすすり泣く声が聞こえている。〉


タティアナ(心の声)「もし私が罪をかぶればアイラとお腹の子は助かるかも知れない。私はもう歳老いた身。家族もおらず、お妃様と姫様を守るためだけに生きてきた、この人生。姫様のおそばに、もう一度お仕えし、残りの人生を終えたかったけれども――」


【タティアナの回想: 午後 鉄格子の窓から舞い降りてきたコットンキャンディー。】


タティアナ(心の声)「最後にお互い、想いを届け合えましたことを、せめてもの心の慰めといたします」


〈決意して立ち上がる女官タティアナ。〉



[20]ー城の廊下


〈急いでいる文法大臣。ちょうど、通りかかった民政大臣と会う。〉


民政大臣「こんな時間にどうされましたか?武法所で急な取り調べでも?」


文法大臣「女官タティアナが事件の真相を話したいと自分から言ってきました」


民政大臣「何と!今度はタティアナが?外事大臣がまた何かしたようですか?」


文法大臣「分かりません。とにかく、まず話を聞いて参ります」


民政大臣「私も部屋で待機しております」



[21]ー城 民政大臣の執務室


〈ノックしてジュリアスとポリーが入って来る。〉


民政大臣「どうしたのだ?二人とも。もう、かなり遅い時間だぞ」


ジュリアス「父様もまだお城に残っていたのですね。良かった……」


民政大臣「今夜は色々取り込んでいてね。何だ?急ぎの話か?」


ジュリアス「はい、これを見て下さい。〈マリオが描いた似顔絵を渡し〉この者がお妃様殺害そして姫様殺害未遂の容疑者と思われます」



[22]ー城 外事大臣の執務室


〈近衛副隊長が報告に来ている。一緒にいたアリも身を乗り出して聞いている。〉


外事大臣「なに!でかしたぞ!タティアナがそう言ったのだな?」


近衛副隊長「これで事件が一挙に解決へ向かいそうですね」



[23]ー城 民政大臣の執務室


〈ジュリアスとポリーから話を聞き終わった民政大臣。〉


ジュリアス「父様もこの子が真犯人と思われますか?」


民政大臣「捕まえて実際に取り調べてみるまでは何とも言えぬ。今は証拠も何もない」


民政大臣(心の声)「それに、お前達はまだ知らぬが、牢にいる女官二人が自白を始めたのだ。その事実がある限り、この件はどうすべきだ……?」


民政大臣「マリオ君を助けた者は?」


ジュリアス「通りがかりの者と聞いております。父様、誰か、この事件を極秘で調べているのですか?」


民政大臣「〈首を振り〉いや、何も聞いていない」


ジュリアス「〈ポリーと顔見合わせ〉そうですか」


民政大臣「とにかく分かった。今夜はもう遅い。お前達は部屋に戻りなさい。この話を姫様はご存知なのか?」


ジュリアス「いえ、まず父様に相談してからと」


民政大臣「それは賢明な判断だったな。父が良いと言うまでは誰にも言わぬように。ポリーも分かるな?」


ポリー「はい」


ジュリアス「マリオも危ない目にあったので、事の重大さを分かっています。全て忘れて、口外しないと約束してくれました」



[24]ー城 民政大臣の執務室 再び


〈ジュリアスとポリーが出てから、入れ替わるように入って来る近衛。〉


近衛「民政大臣。女官アイラに続き、女官タティアナが自ら犯人だと名乗り出ました。文法大臣が武法所にお呼びです」



[25]ーどこか知られぬ場所 洞窟


影の隠密「ネズミ退治は何者かに邪魔され失敗に終わり、ネズミはついに城の中の者と接触したようです」


影の人「似顔絵が城の者の手に渡ったか。知られたくなかったが、仕方ない。まあ、どうせ証拠も、容疑者の若い女も、永久に見つかりはしない」


影の隠密「はい。その上、牢にいる女官が自ら妃殺害を認める供述を始めたと、先ほど城内の密偵から報告がありました」


影の人「ほう、自分から勝手に罪を被ったか。何とも我々にとっては有難い話じゃ。ははは。〈洞窟に響く高笑い。〉これで真実はすべて闇にほうむられるだろう!」



[26]ー城 牢屋 深夜


〈まだ悲しみに耐えかね眠ることも出来ず、ただ泣いている女官アイラ。離れた牢では、取り調べから戻って来た女官タティアナがぐったりとしている。柱の陰に隠れてやって来る、覆面の近衛ウォーレス。見回っている牢の番人を一撃で失神させ、牢の鍵を奪う。〉



[27]ー城 女官アイラの牢


近衛ウォーレス「〈小声で〉アイラ」


〈その声に、泣いていたアイラが顔を上げる。牢の鉄格子の扉の所へ駆け寄り、覆面をしている近衛ウォーレスを見る。〉


女官アイラ「来てくれたのね」


近衛ウォーレス「〈鍵を差し込もうとしながら〉早く!」


女官アイラ「〈ウォーレスの手を鉄格子の間から止めて〉先にタティアナ様を」


近衛ウォーレス「無理だ。タティアナ様はお年を召している。君一人なら逃げ延びることが出来る可能性がある。さあ、急ぐぞ」


女官アイラ「〈ウォーレスの手をそのまま離さずに〉タティアナ様を置いていけない。〈哀願するように〉」


近衛ウォーレス「頼む、アイラ。二人分の命だぞ」


女官アイラ「でも、この子にとってタティアナ様は命の恩人なのよ。死のうとした私を助けてくれたの。〈涙ぐむ〉」



[28]ー城 女官タティアナの牢


〈タティアナがアイラの牢からボソボソ聞こえてくる声に気付き、自分の牢の鉄格子の扉近くへ這い寄る。〉



第7話 終わり


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