第7話 叶わぬ願い #1

プレシーズン 第7話 かなわぬ願い #1


[1]ー城下町 ジュリアスの友人マリオの帰路 夕刻


〈すでに暗く空には月。マリオが歩いていると後ろからヒタヒタ足音が聞こえる。振り返ると、サッと何かが闇に隠れたと感じたマリオ。〉


マリオ「何なんだ?」


〈怖くなって走り出す。相手も追いかけてくる。走りながら振り返ると、刺客が持つ剣が月の光に照らされ、一瞬目に入る。〉


マリオ「わ――、誰か助けて!」


〈刺客の剣先がすぐ後ろに迫ってくる。転ぶマリオ。振りかざされる剣。〉


マリオ「やめてくれ――!〈目をつぶる〉」


〈その時、自分を背後から狙う者がいることに気付いた刺客。マリオを斬りつけず、いったん横へ飛び退く。背後で剣を構えていたのは覆面の近衛ウォーレス。〉


影の刺客「誰だ、貴様は……」


〈無言のまま、刺客に向かっていく近衛ウォーレス。影の刺客と壮絶な戦いとなる。〉



[2]ー城 廊下


〈厨房班エレナと一緒に厨房へ向かうポリー。〉


ポリー「本当にいいんですか?」


厨房班エレナ「ええ。姫様にお出しする焼き菓子を作る時はいつも多めに焼くのです。一番焼き上がりの良いものを召し上がって頂くために」


ポリー「うわあ、楽しみです!美味しくて、もう、どれだけでも食べられます」


厨房班エレナ「まあ、そんなに気に入って下さって嬉しいです。お好きなだけ、お持ち下さいね。また、明日は別の風味のお菓子を焼きましょう」


ポリー「私もこんなお菓子が焼けたらいいのに」


厨房班エレナ「では、明日は一緒に焼きませんか?」


ポリー「いいんですか?やった〜!」


〈喜びの舞を踊るポリー。踊る視線のその先。民政大臣が廊下の遠くの方を歩いていることに気づく。〉


ポリー「あっ、エレナさん、先に行っていて下さい。〈民政大臣を指差し〉ちょっと父と話したいの。すぐ追いかけます」


厨房班エレナ「分かりました」



[3]ー城 廊下の先


〈走っていくポリー。〉


ポリー「父様!」


民政大臣「こら、こら、ポリー。廊下で走ったり、大声を出したりするもんじゃない」


ポリー「ごめんなさい。あのね、父様に聞きたいことがあって。昨日、家に帰った時、母様に聞くのをすっかり忘れていたから」


民政大臣「どうした?何か困ったことでもあったのか」


ポリー「ううん、簡単な質問。〈自分の耳のピアスを触って〉この、母様の首飾りからもらった石のことだけど。最初は首飾りに石が何個ついていたか、父様は知っている?」


民政大臣「どうして――お前も知っている通り、六個じゃないか」


ポリー「そうよね、やっぱり。八個なんて変」


民政大臣「どこから八個の数字が出てきたんだ?」


ポリー「姫様がね、亡くなったお妃様から、母様の首飾りの話を聞いていたらしいの。それで八個と覚えているって」


民政大臣「そうか。姫様はきっと昔のことで思い違いをなさっているのだろう。いいか、ポリー。よく聞きなさい。母様には、その話をするんじゃないぞ。お妃様が亡くなられてから、ナタリーは精神的にかなり参っている。だから、お妃様を思い出させるような話はしてはいけない。いいね?」


ポリー「母様、まだ、そんなに悪いの?昨日は笑顔で送ってくれたよ。少し落ち着いたと思っていたのに」


民政大臣「見かけは何とか気丈に振る舞っている。お城で姫様を支えて頑張っているお前たちには悟られぬようにしたのだろう。“日薬ひぐすり”という言葉を知っているか?ナタリーには時間が必要なんだ。辛く悲しい記憶を忘れるために」



[4]ー城下町 マリオの帰路 再び


〈覆面の近衛ウォーレスと影の刺客が互角で戦っているが、近衛ウォーレスが一瞬の隙を巧みにつき、影の刺客は危うくやられそうになる。逃げていく刺客。去ったことを確認し、マリオに近づく近衛ウォーレス。覆面はそのまま被っている。〉


近衛ウォーレス「大丈夫か?」


マリオ「〈震えながら〉あ、あ、有難うございます」


近衛ウォーレス「間に合って良かったよ。狙われたのは、今回が初めてかい?」


マリオ「は、はい。でも、どうして、僕が――?」


近衛ウォーレス「多分、これのせいだ。〈尋ね人の紙を取り出し、見せ〉描いたのは君だよね?」


〈驚いた顔で頷くマリオ。〉


近衛ウォーレス「まず、なぜ君がこの似顔絵を描いたか、話を聞かせて欲しい」



[5]ー城 書架室


〈ポリーは厨房に行き、ミレーネ姫はいったん自分の部屋に戻ったので、ジュリアスだけが、まだ残って調べものをしている。テーブルの上には花言葉の本。〉


ジュリアス「タティアナさんのいう蘭は何を意味しているのか。蘭の代表といえば、胡蝶蘭。その花言葉は“清純、純粋”。クローバーといえば四葉のクローバーが幸運の印とは、よく知られているが。うーむ」



[6]ー城下町の北部 山寄り地区


〈かなり古い貧乏な家。貧しい女と子供三人が晩御飯を食べている。〉


子 その1「母ちゃん、最近おかずが多いね」


子 その2「おかわりしていい?」


貧しい女「ああ、いいよ。いっぱい食べな」


〈小さい子ども達、必死でご飯を食べている。そこへ父親が帰ってくる。〉


皆「お帰りなさい」


貧しい女「今日は売れたのかい?」


女の旦那「〈背中から籠を下ろしながら〉一日中、声をからして歩き回ってもダメだな。〈晩御飯を見て〉ここずっと、旨そうなおかずと飯が続いているが、銭は大丈夫なのか?俺は全然、売り上げが出てないぞ」


貧しい女「ちょっと人助けしたら、思いがけなくお礼がもらえたって、この間も言ったよ。聞いてなかったのかい?」


〈その時、一番小さい子どもが父親のそばに寄ってきて、上着のポケットから紙が出ているのを引っ張り出す。〉


子 その3「父ちゃん、これ、何?」


女の旦那「母ちゃんに渡して。〈妻に向かって〉捨てといてくれ」


貧しい女「〈子どもから渡された紙を見て、ギョッとなり〉これは――」


女の旦那「城下町で尋ね人の紙を配ってたのさ。そのまま入れっぱなしだったよ」


〈紙を持って、隣りの部屋に駆け込んで座り込む女。〉


貧しい女「“白杖の娘”だって?何で、あの子が?あの時は普通に見えていたじゃないか。違う女の子かも。ううん、髪型とかは変えているけど、間違いない。やっぱり、あの子だ。〈震え出す〉」



[7]ー【山寄り地区に住む貧しい女の回想−①】


【回想:〔数日前 一人の知らない綺麗な女の子が訪ねて来ている。〕


貧しい女『1日だけ、お城の下働きに行きたいのかい?』


若い女の子『はい。一度、行ってみたかったのです。誰か知り合いのがないと手伝いの仲間に加われないと聞きました』


〔どんと金銭が入った袋を置く。〕


若い女の子『仲間の方達にもめいが参加するとだけ伝えてもらえれば良いのです』】



[8]ー山寄り地区 貧しい女の家 再び


〈尋ね人の紙を持った手が震えている。〉


貧しい女「姫様の誕生日に、あの子は一緒について来たんだ。手伝いをしていた時は何も変わったところはなかった。だから、帰りも特に気をつけたりしなかったが……」



[9]ー【山寄り地区に住む貧しい女の回想−②】


【回想:〔姫の誕生日の日の夕方 城の西門 城下町北部山寄り地区から手伝いに来た者六名一緒に門番の前を通って外に出る。少し歩いたところで立ち止まる若い女の子。〕


若い女の子『あっ』


手伝いの仲間『どうした?』


若い女の子『すみません。忘れ物をしてしまいました。すぐ取って参ります。皆さん、お先にどうぞ。〔甘えたように〕だけ、待ってて』


手伝いの仲間『じゃあ、お先に』


皆『お疲れさま』


貧しい女『お疲れ様。また』


〔皆が帰っていく。皆の姿が見えなくなったら、金銭が入った袋を再び、貧しい女に渡す若い女の子。驚くが、その重さに舞い上がる貧しい女。〕


若い女の子『今日は有難うございました』


貧しい女『こちらこそ、こんなに良くしてもらって。かえって悪いね。〔袋を抱きしめる〕』


若い女の子『他の人には内緒ですからね。では、盗まれないよう気を付けてお帰り下さい』


貧しい女『あの、あんたは?』


若い女の子『私はお城にを取りに行きますので。〈微笑む〉』


〔お城へ走っていく女の子。その後ろ姿を見送る貧しい女。金銭がずっしり入った袋を抱えて思わずニヤニヤして歩き出す。途中、一度振り返ってみる貧しい女。祝酒で盛り上がったのだろうか、西門の門番がいるあたりで酔っ払い達が二、三人騒いでいる。もう、どこにも若い女の子の姿はない。〕



[10]ー山寄り地区 貧しい女の家 再び


貧しい女「あの日、お城であんな恐ろしいことが起きて。まさかと思っていたけど。何なの、この尋ね人の紙は?この子が怪しいとなれば、手引きをしたのは、まさか、この私?〈ブルっと悪寒がする。首を振って〉知らん、知らん。“白杖の女の子”なんて。忘れるしかない。人違いだ、こんな子。見たことなんかない」


〈台所で尋ね人の紙に火をつけ燃やす。〉



[11]ー城 ミレーネ姫の部屋


〈ミレーネ姫が首飾りの石を触りながら考えごとをしている。〉


ミレーネ(心の声)「お母様、タティアナ、この首飾りの秘密は誰にも知られてはいけないのですよね。でも、ジュリアスとポリーは?二人は、私の頼みを聞き入れて手を貸してくれたのに。それでも言ってはいけないの?」


〈その時、どこからか啓示のように亡きお妃の声が響く。〉


お妃様(声のみ)「ミレーネ、真実を話せば良いのよ。信じている人にだけ、真実を――」


ミレーネ「〈はっとして〉そうよね。お母様、そうすれば良いのよね」


〈呼び鈴を鳴らすと、女官ジェインが入って来る。〉


ミレーネ「ジュリアスとポリー。二人と少しお話したいの。今、どこにいるかしら?」



[12]ー城下町 道


〈一緒に話しながら歩いているマリオと覆面の近衛ウォーレス。〉


近衛ウォーレス「なぜ、君がこの子を探しているかは分かったよ。しかし、検問をそんなに簡単に通ってしまったのは、どういうことか?」


マリオ「それが知り合いと一緒にいたので。それほど疑いもせず通してしまったのです」


近衛ウォーレス「えっ!この子の知り合いを知っているのか?」


マリオ「そ、それが、実は……ちょっと前からお城に上がっている友達の妹なのです」


近衛ウォーレス「まさか、ポリー様?」


マリオ「ご存知ですか!」



[13]ー城 書架室


〈ジュリアスは中に座って本を見ている。ミレーネ姫が入って来る。〉


ミレーネ「ジュリアス、まだ、ここにいたのね」


ジュリアス「少し調べたいことがあったから。〈声を潜めて〉手紙のことで何か話したいことでも?」


ミレーネ「ええ。ポリーはエレナと厨房に行って、まだ戻らないのですって?

ジェインに呼びに行かせたのよ」


ジュリアス「ポリーは美味しいものを逃さないたちなんだ。〈笑って〉エレナさんにすっかりなついてしまったね」


ミレーネ「〈笑って〉じゃあ、ポリーが来るまで、まずジュリアスにだけ、聞いて頂くわ」



[14]ー城の近く 道


近衛ウォーレス「いいかい、ここからは一人で行くんだ」


マリオ「あの、お城の方なんですよね。一緒に行けないのですか?」


近衛ウォーレス「私は事件解決のために、誰にも知られぬよう動いている。実は今度の事件は城に内通者がいる可能性が高い。ひそかに調べていることが公になっては、まずいのだ」


マリオ「分かりました。話を聞いたら、急いで、またここに戻ってきます」


〈城の門を目指して走っていくマリオ。〉


#2へ続く



※作者注:ポリーの母であるナタリーの首飾りの石の数は八個ではなかったのか?民政大臣は六個と言っているが果たして本当にそうなのか?どうぞ心に留めておいて下さい。


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