終章

胎動

第1話 蠢き

「『博士』」

「『学長』ガトらえラレマしタか」


 暗い部屋には、燭台が灯された大きな円卓が置かれている。ゆうに二十人以上が等間隔に円を囲めるほど巨大な机が置かれた部屋にどれほどの広さがあるのか。燭台ばかりが明るく、部屋の隅は完全な闇に閉ざされているため、わからない。


「……既に知っていたか」

「イロイロと、アリましテネ」


 確かに、この男ならどんな情報網を持っていても驚きはしない。神聖王国カレリアのエルロン侯、ジョルジュ・ヴェルヌイユは円卓を挟んで向き合った男にそんな感想を持った。いや、そもそも男なのか。もしかしたら女性かもしれないし、自分より若くも見えるが、老人かもしれない。

 肩までで切り揃えられた光沢のある髪が、燭台の明かりを受けて煌めいている。異文化の匂いを漂わせる前合わせの、丈の長い黒服は背後の闇と同化し、彼の整った、凹凸の少ない小さな顔だけが際立っていた。笑みを作る顔は、まるで新しい玩具を見つけた子どものそれで、老若男女も判然としないが、ただただ美しい。にもかかわらず、不気味さが拭えないのは、その瞳の色が死を間際にし、あらゆるものを手放した老人のように薄暗く、淀んでいるからだ。


「……相変わらずだな」


 この人物と相対する時、ジョルジュはいつも気味の悪い印象だけを強く抱く。こうして直接顔を会わせることは多くないが、できればあまり好んで会いたいとは思わない手合だ。


「『学長』ノコとは、手をウチマス。ソンなこトよりも、『侯爵』閣下ヲお呼び立テシタノは、ホカノコとデス」

「わたしに何を?」


 独特のイントネーションがあり、『博士』と呼ばれるこの人物の言葉は聞き取りづらい。円卓には着座するものにおいて上座下座がなく、上下の関係がない、という意味があるが、その円卓を囲む全てのメンバーの間でも、暗黙に盟主とされる『王』の協力者、という立ち位置にいる存在でなければ、ジョルジュは呼び出しに応じることも、こうして直接話を聞くこともしない、下賎な産まれを想像させた。


「『光の魔導師』のところに、百魔剣ガ集まっテ来マシタ。ただ、少し多クナったな、トオモイマしてね」

「それは貴公にも責任があるのではないか? オードは貴公の遊びに付き合った結果であろう」

「エエ。マサかこちらの使い手タチがミナ負けルとはオモイマセンでした。オカゲでよい研究がデキマシタが」


 そう言ってにこりと笑う。批判も皮肉も、この人物には通用しないらしい。


「……で、わたしを呼んだと」

「アナタなら、ナントかしていただけるのではないかとオモイマシテ。例えば、イタンに掛ける、ですとか」

「聖女を? バカな」


 考え得る中で最もバカげた提案だと思った。相手はあの聖女シホ・リリシアである。神聖王国カレリア最大権力者八人の一人。最高司祭の地位にあり、八人の中でも最も民衆から慕われている、英雄ヒロインである。


「計カクはご用意シマす。アナタはカレリアの内政を動かしてクダサレバよい」

「……承知した、シャド殿」


 ジョルジュはそれだけ告げると円卓を立った。『博士』シャドが計画を口にするとき、往々にしてその計画は既に走り出している。自分たち円卓の構成員は、その駒となって動けばよい。それが、いまの『王』の意思であり、いまの『円卓の騎士ナイツオブラウンド』の総意である。だが……


「……気に入らぬな」


 円卓が置かれた部屋を出たジョルジュは、背後で扉が閉まるのを待って、そう呟いた。扉の両脇で控えていた部下二人を従え、帰路を歩きだしたが、その胸中は穏やかではなかった。

 なぜ『王』はあのような得たいの知れないものを協力者としたのか。なぜあれほどの発言を許すのか。カレリア創世記からの名門貴族であり、生まれついて特権階級にあるジョルジュには、納得しきれていない部分があった。『表』の世界にも、この『円卓の騎士』にも、野心のあるジョルジュには、承服しかねるところがある。しかし『王』は『表』でも十分な権利を有する存在である。それと事を構えるのは、ヴェルヌイユ家の立場を危うくする。


「……『博士』ですか」

「ああ。気に入らぬ。だが、やつの言葉は『王』の意思だ。遂行せざるを得ん」


 だが、いずれ追い落とす。

『博士』も、『王』も。

『円卓の騎士』の崇高なる創設意志は、わたしが継ぐ。 

 アヴァロニアに存在する全ての人類を目覚めさせる。

 そのための『円卓』だ。


「『高僧ビショップ』に連絡を取れ。天空神教会異端審問局を動かす」

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