第13話 創造者の終焉
「ここから出ていけ!」
仕掛けて来る様子のないルネに意識を向けつつも、僅かな余裕を感じたリディアは、落ち着いた視線で部屋の中を見回した。
窓はなく、『
「……似ているな」
わざと、リディアはそれを言葉にした。まるで見えない壁に阻まれているように、その場から中に入ろうとしないルネに聞こえるようにだ。
ルネはリディアの言葉に、明らかに驚いた表情を見せた。あれほど人形のように感情を示さなかったルネとは、まるで別人だった。
「似てなど、いない」
「似ている。……いや、同じだ。お前と」
必死に否定するルネに、言葉を被せる。ルネが息を詰まらせた。
「これが、ラザールの……」
「どけ、出来損ない!」
立ち尽くすルネが乱暴に押され、人形のようにその場にただ倒れた。ルネを押し退けて密室に飛び込んで来たのはラザール・シュバリエだった。
「おお……怪我はないか、ルイーズ……」
ラザールは辿々しい足取りで円柱形の水槽に近付いていく。その目は既に水槽にしか向けられておらず、たったいま倒した相手のことも、部屋の薄闇に紛れる漆黒を纏ったリディアのことにも、まるで気がついていない様子だった。
「誰にも……誰にも触れさせはしない。君のことは必ず、必ずわたしが治す……」
「他者の生命を使って、か?」
リディアは問い掛けながらラザールに歩み寄る一歩を踏み出した。意外なことにラザールはリディアがその場にいた事実に驚くことはなく、顔に張り付く黒髪を気に留める様子もなく、自慢げにニヤリと笑って問い掛けに応じた。
「そうだ。それがこの魔剣の力だ。レヴィにだけできる、治癒の力……!」
「死者は、戻りはしない」
リディア自身が嫌というほど知っている現実を突きつけた言葉に、ラザールが弾かれたようにリディアを見た。その顔に羨望の眼差しを受ける若き学院教授としての輝きや柔和さはなく、明らかな狂気が宿っていた。
「ルイーズは死んでなどいない! 彼女は不滅なのだ、わたしがいるのだから!」
「お前がやろうとしているのは
「
水槽に浮かぶ女性を指してラザールは言う。だが生きている人間が液体の中で呼吸し続けられるはずもない。それでもリディアが不思議に思ったのは、水槽の女性の美しさだった。単なる死体とも、
「ルイーズは……聡明で快活な彼女は、わたしの全てだ。似姿を作って魔力を込めただけの『出来損ない』とは訳が違う」
「ルネ・デュランもこの娘の代替だった、ということか」
「代替などになり得るはずもない。聡明であることだけしか達することのなかった『出来損ない』だ。協力者の依頼で百魔剣の力を根として作成したが、ルイーズが持つ明るさはない」
やはりか、とリディアは言いようのない胸の悪さを味わった。ルネと戦いながらリディアが感じていた風の魔力の出所。ルイーズの呼ばれる水槽の中の女性。そしていま、早口に捲し立てたラザールの言葉の意味。それらが導く答えは、ルネの正体を明かしていた。
「だから、今度は快活な性格のアズサさんの生命を使ってルイーズさんを生き返らせようと考えたのですね」
その場にいなかったものの声がして、リディアは出入口となった破孔に視線を向けた。倒れたままのルネの隣に、逆光を受けた人影が二つ。小柄な人影が丁寧な口調で言葉を紡ぎながら歩み寄った。
「生き返らせる? そうではない。これは治療なのだよ、聖女様。ルイーズはレヴィの魔力を受けてこの器から戻ってくるのだから」
「……ルイーズさんがあなたにとってどういう方だったのかはわかりませんが」
円柱形の水槽を照らす明かりの下へ、声の主が歩み出た。青白い魔力の明かりを受けても、聖女シホ・リリシアの陽光色の髪は温かく、美しい輝きを放っていた。
「辛かったのですね、あなたも。心を蝕まれるほどに」
「何を言っている? 辛くなどない。わたしは同情されるような人間ではない。彼女のために自分の持つ才能の全てが使えるのだ。これほど幸せなことはない。彼女は、ルイーズは、ずっとわたしと共にいるのだから」
現実を受け入れられず、壊れた心が支離滅裂な言葉を紡ぐ。賢くあるはずの男の横顔に、リディアは哀れみしか感じることができなかった。
「さあ、もうわたしとルイーズの邪魔はしないでくれないか。立て、『出来損ない』。聖女を殺せ!」
命じられた相手にリディアは目を向けた。よろよろと立ち上がったルネ・デュランは頷く仕草を見せ、手にした槍を構えた。リディアもその動作に呼応して構えたが、ルネは踏み込む一歩を出す様子がなかった。
「どうした!? 早く殺せ!!」
「でも……この部屋には……」
「なんだ!?」
「この部屋には……入るなと……
ラザールはルネに命じていたのだろう。この部屋はルイーズと自分のものだ、とでも話したのだろう。それでルネは動けなかったのだ。生み出したものの命令だ。ルネに背けるはずもない。リディアはルネが仕掛けてこないことに納得した。
だが、当の創造者は、その事に納得してはいなかった。
「だからお前は『出来損ない』なのだ! いま、創造者たるわたしの命令のどちらを優先すべきか、なぜわからない!?」
「あなたの言葉では、届きませんよ」
シホの声は穏やかだった。ただ、どこかに悲しみのようなものと、懐かしさを含んでいるようにリディアは感じた。ラザールに向けて話しながら、誰かを思い出している。それが誰なのか、リディアには知る由もなかったが、もしかしたらそれはシホにとっての創造者、『親』と呼べる存在なのではないか、と思った。
「彼女は、まだ歩きだした子どもと同じですから」
「お前の人造人間たちも、もう来ない。諦めるんだ、ラザール・シュバリエ」
破孔に立ったもうひとりの人影が、そう告げた。子どものように若く高い声音は、イオリアという騎士のものだろう。
「……やはり信じられるのは自分だけ、ということだな。それでいい!」
イオリアの言葉を受けて、ラザールが動いた。投降する意思によるものではないことは、語気の強さからわかった。
手にした細身の杖を、真っ直ぐ頭上に掲げる。
「ルイーズならばわたしと共にある。常に、どんな時でも!」
杖の先を寝台に向けて振り下ろす。寝台に横たわる橙の髪の女性に、ラザールはレヴィの力を使おうとしていた。リディアは無風の密室に、異質な空気の流れを感じた。同じものを感じたのだろうシホが魔剣を構える。
「さあ、ルイーズ、わたしと共に生きよう!」
シホには迷いがあった。止めなければ、という決意は感じた。だが、構えはしたものの踏み出す足は重かった。
それを見て、対してリディアは、この瞬間より前に、この答えを決めていた。
一切の躊躇なく、一切の迷いなく、リディアの剣が閃いた。
水槽を照らし出す青白い魔力の明かりを受けて、刀身そのものが紅い剣が血色の輝きの帯を引く。下段から上段へ振り上げられた切っ先がラザールの喉元を捉えた。
吹き出す血液が、長い帯を引いて伸び、中空に不気味な紋様を描き出した。
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