第11話 ルネ・デュランの風
幾度目か、紅い刃と槍の柄が交差する。速さ、重さ、その両方を兼ね備えた槍は、リディアがこれまで相手にしてきた達人たちの誰にも劣らない。それが自分より年若い少女によって扱われているものだということに、より圧力を感じさせられる。例え年齢を説いても仕方がない、人でも魔剣でもない存在であったとしても、視覚的な情報は無視できないものだ。
そして、もうひとつ。長い
無表情に、作りものめいた白い顔が槍を突く。リディアは上体を反らして避け、さらにその状態から側宙して距離を取った。
槍の切っ先を避けるだけであれば、最初の上体反らしだけで十分だった。そして、続く動きで反撃し、槍を持つ手元を紅い刃で斬りつけることも出来た。リディアがこれまで相手にしてきたものたちと同じならば。
リディアが体勢を変えた刹那、リディアが躱した槍を中心に、爆発するように風が起こった。風圧も然ることながら、鎌鼬のように皮膚を切り裂くこの風を、身体で受けることは出来なかった。先にあの崩壊した旧講堂で一度、その身で受けて危険であることを理解したリディアは、多少無理な姿勢でもその直撃を避けたのだった。
やり辛い。そんな想いを顔には出さずに、リディアは相手との間合いの取り方を模索していた。
相手はこちらの動きをどう考えているのか。リディアと同じく感情を露にはしない、無表情を貫くルネ・デュランは、手元で素早く槍を回転させると、再び鋭い突きを繰り出してくる。
長物相手に、爆発の分広くなる攻撃範囲。それならば、とリディアはルネの飛び込みに合われて、敢えて一歩前へ出た。
ルネの目が僅かに開かれ、動揺が見て取れた。それでも突き出された高速の一撃を、リディアは紅い刃の腹で受け、そのまま逸らすと、さらに前へと踏み込んだ。
堪らずルネが後退する。槍を中心にした爆風も発生せず、距離を保とうとする。
なるほど、とリディアは自分の理解に納得した。あの爆風はルネが任意に起こしているものだ。だとすれば、確かに厄介だが長物との戦いの基本は変わらない。相手が保ちたいと思っている相手の間合いの内側……自分の剣の間合いへと引き摺り込むことで優位に立つことが出来る。前へ出る見極めと勇気。爆風を嫌う怯えこそが最大の敵だ。
リディアは紅い刃を構え直す。百魔剣を統べるものとして作られた百一本目の魔剣。血のように紅い刀身の剣『統制者』の成すべきは、全ての魔剣を破壊すること。いま、相対するルネもその対象だ。あの風は魔力によって生み出されているものであり、ルネが起こしているに間違いない。
ただ、とリディアは思う。リディアの感じ方が間違っていなければ、あの風を起こしているのは、ルネだ。ルネなのだ。
この感覚に、リディアは自身の中に僅かな逡巡があることに気づいていた。
全ての魔剣を破壊する。魔剣は自分にとっての敵。破壊すべき対象。そうしてこれまで生きてきた。魔剣を握っている相手は、生命を断つことも躊躇しなかった。魔剣を握っている相手には。
理由はどうあれ、この感じ方の通りなのだとすれば、迷う必要はない。これまでと同じだ、とリディアが間合いを詰める一歩目を踏み出した。
その時だ。ルネが自身の背丈と同じ長さの槍を、自身の前で回転させ始めたのは。リディアが更に一歩近づく前に、槍の回転は速度を上げ、槍の柄がひとつの円に見える程になった。
電撃的に、怖気に似た感覚がリディアの背中を走った。三歩目を踏み込んだその足で、リディアはルネの直線上から飛び退る。
次の瞬間、高速回転する槍が、一瞬淡い緑の輝きを見せた。と思った時には、その槍から逆巻く強い風が打ち出された。先の爆風を越える強さの風は、槍の回転と結びつき、その場で横向きの竜巻が発せられているように見えた。
魔法が生んだ竜巻は、寸でのところで避けたリディアが元いた場所をなぎ払い、周囲の円柱形の水槽を次々と破壊する。もはや風の域を超えた暴力は、ルネが槍の回転を止めると、幻のように消えた。
ルネが僅かに足を引き、狙いを付けるようにリディアに向き合う。そして、無表情のまま槍を回転させ始める。
間合いに入れずに勝つつもりか。厄介だ、とリディアは奥歯を噛んだ。だが、迷っている暇はない。あの竜巻を制して、内側へと飛び込む。やりようは、あるはずだ。
再び淡い光があり、ルネの槍から竜巻が放たれる。リディアは何とか前へ出ようとしたが、その隙のない大きさの風の渦に、避けるだけで精一杯だった。
再び円柱形の水槽が割れ、砕ける音が重なり、竜巻の破壊力を伝えたが、そこに混じった異音を、リディアは聞き逃さなかった。
大きな空洞が口を開いたような音。リディアはすぐさま、そちらに視線を向けた。
水槽が並んでいて見えなかった裏側の壁が砕け、奥に部屋らしきものが顔を覗かせていた。中で明かりが灯っているのか、光が射していた。
リディアがそこへ飛び込んだのは、狭い環境のほうが有利になると考えたからだ。ルネの気配が背を追って来る。槍の間合いと竜巻の間合いの奥へ、少しでも早く飛び込めるようになれば、と思った。
だが、飛び込んだ部屋の中にあったものに、リディアは一瞬、戦いを忘れた。
「……女?」
その部屋には、外にあったものと同じ円柱形の水槽がたったひとつだけ置いてあり、水槽の中には、女性と思われる人間の身体が浮かんでいた。
女性は、錫色の髪をしていた。
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