第10話 違和感
『紅い死神』リディア・クレイに似ている、細面で長い黒髪の人影は、円柱形の水槽が壁となった回廊の奥からやってきた。教授たちに支給されているローブと背の高い帽子を纏い、瀟洒なステッキを突いた表情は優しく、実際リディアと比べても遜色のない美男である。眼から一切の感情を感じないことを除けば。
「ラザール・シュバリエ」
シホが相手の名を口にすると、ラザールは立ち止まって肩を竦めて笑った。
「……貴様が外に避難したのはイオリアが確認したはずだ」
「ああ、避難したさ。あれももちろんわたしだ。だが、ここにいるのがわたしだがね」
「
「理解の早い生徒には好感が持てるね。まあ、サムライ殿は生徒という年齢ではなさそうだが」
両の腕を大きく開いて胸を張り、ラザール・シュバリエは高らかに笑う。美丈夫が笑う姿は絵になるが、シホは特に意識するところはなく、ずっとラザールの輝かない眼を見ていた。見つめて、人間らしきものがあまりにも感じられず、不気味さだけを抱く。
「自己紹介は不要かな? わたしも君たちのことは『博士』から聞いているし」
「『博士』……シャドですか?」
「シャドと繋がりがあるということは、やはりお前が『
「ああ、まあ、協力者、という立ち位置だがね。彼らはわたしの能力を高く評価しているようだから。まあ、彼らだけではなく、この学院も、この世の隅々までも、わたしの能力は高く評価されて然るべきものだがね」
不遜、という言葉がそのまま人の形を成したかのようなラザールは、そう言って笑った。
「自信がおありのようですね」
「ああ、聖女様。これは自信ではないのです。事実を述べているだけにございます。わたしという才能なしにはことが進まないものたちが多すぎるのです」
「認めましょう。あなたには確かな才能がある」
シホの言葉に驚いた表情をクラウスが向ける。しかし、シホはそちらを見ずに笑顔を作った。
「『領主』の百魔剣を扱える、という才能が」
「ほう。流石に知っておいでですか」
「人造人間を作り出し、それを動かす魔力を与え、意のままに使役する。それが出来たのは古き王国の歴史を遡ってもただひとつしかありません。『生命の魔剣』レヴィ。あなたがお持ちなのでしょう?」
「ええ。いまもほら、こちらに」
恭しく頭を垂れたラザールが手にしたステッキを掲げる。なるほど、あれが……
「あの杖が、魔剣レヴィ……?」
「ええ。間違いありません。レヴィは仕込み杖であり、あの中に刃があります。が、剣として、武器としての本質よりも、そこに込められた魔力があまりにも異常であるために、今日に至るまでに、鞘から抜き放たれたことがないと聞きます」
「異常な、魔力……」
ユカに答えたシホの言葉を、クラウスが反芻する。剣でありながら剣としての使われない魔剣レヴィを『領主』足らしめる魔力の異常性。それは……
「
「ええ。だからこそ、わたしの研究を確かなものにしてくれた。この魔剣レヴィが!」
ラザールがステッキを突き上げる。それに合わせ、彼の背後にぞろぞろと人影が現れる。それらは全てエオリアか、アルスミットの姿をしていた。
「……多いな」
珍しく、クラウスの弱音が聞こえた。無理もない。ひとりでも十分な強さだった人造人間が、複数体いるのだ。
「わたしの研究は、まだこれからなのだよ、聖女様。まだ至っていないのだよ。あなた方は捕らえて差し出すように『博士』から言われている。あの男から更なる協力を引き出す為に、ご協力頂きましょう!」
人造人間たちが動きだし、クラウスが、ユカが、魔剣の力を発動させる。シホもまた、ルミエルを抜き、構えたものの、奇妙な感覚が拭えなかった。
この違和感は、なんだ?
シホは自問する。ラザールは間違いなく『円卓の騎士』と繋がっている。『円卓の騎士』の助力を受けて研究をし、『円卓の騎士』に助力してもいるのだろう。だが、だとするならば、この男は、なんだ? いったい、何を目的としている?
そうか、とシホは理解する。目的がなければ自身の研究に対してこれほどの執着、これほどの熱量は生まれない。それがわからないのだ。それが違和感の正体。これほど流暢に、尊大に自身を語りながら、最も大切な部分を最奥に仕舞い込んでいる。
ラザール・シュバリエ。『円卓の騎士』の意思とは別に存在する、この男自身の目的は、なんだ?
「我が研究の礎となれ、聖女!」
ラザールがステッキを振り下ろす。人造人間たちが雪崩れを打って迫った。
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